第16話 最愛の人

 一方その頃、ペンデュラム国より遥か東――龍の背骨と呼ばれる山脈地帯を越えた先に位置するラストリア帝国。そのとある荒野のとある洞窟からは、耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が轟いてくる。


「やめぇ……て、たのむ……これいじょうは、むりだ……」


 変異の洞窟と恐れられるようになったことを危惧した冒険者組合から、ダンジョンの調査を依頼されてやって来た冒険者たち。

 しかし、数を増やし進化を繰り返す彼らを前にしては、すでに並みの冒険者たちでは到底太刀打ちできぬほどの脅威となっていた。


 結果、十数人程いた調査団は瞬く間に壊滅。

 運良く生き残った数名の男は、自称ダンジョン一のアイドルことポポコちゃんに捕まり、全裸で張りつけにされている。


「根性ないわね……」


 ポポコちゃんは自身のあふれんばかりの性欲と快楽を埋めるため、人間の男を捕らえては最深部へと引きずり込み、調教を繰り返していた。


「スラちゃん……鞭へ固形変体よ!」


 スライムの使い方を元ダンジョンマスター――ミラスタールから伝授されていた彼女は、巧みに薄緑色のスライムを鞭へ固形変体させ、勢いよく振り下ろす。


 その度に捕まった冒険者は悲痛な呻き声をあげている。


「やっぱりダメね。ミラスタールさまじゃないとあたいを満足させられないわ。あの快楽……あの絶頂が忘れられない」


 いつになったらミラスタールが帰って来るのかと待ち続けるポポコちゃんの元に、新たなダンジョンマスターが派遣されて来たのだが、気に食わないといった理由で、ポポコちゃんに叩き殺されてしまう。


「ま、まずいよポポコちゃん!」

「いくらなんでも魔王さまから派遣されたダンジョンマスターを殺すのは……」

「うるさいわねっ! あたいはミラスタールさま以外認めないわ」

「そりゃみんな気持ちは同じだけど」


 スライムベッドにドンッと腰をおろしたポポコちゃんは瞑想する。どうすればもう一度あの快楽を味わえるのかと。


「ハッ!?」


 そして閃いてしまう。


「そうよ、ミラスタールさまがここへ帰って来れないなら、あたいたちから会いに行けばいいだけじゃない!」


 策を練り考えろ。そして思いついたらなら即行動。これはミラスタールから教わったことである。


 バカだバカだとミラスタールに蔑まれ続けた彼らは、尊敬すべきミラスタールに認められたい一心で才能を開花させていたのだ。


「G軍師、すぐに隊を引き連れここを出るわよ」

「オッホホホ――我らが偉大なるミラスタールさまの元へ馳せ参じるのでございますな」


 G軍師と呼ばれた彼は、ミラスタールにより作戦参謀の指揮官を任された、元はただのゴキブリである。

 彼らは長きに渡り魔王軍からも見放されていた。そんな彼らを救ったのがミラスタール・ペンデュラム。


 彼らにとっては魔王よりもミラスタール・ペンデュラムの方が偉大であり、崇拝する神のような存在となっていたのだ。


「ミラスタールさまが居られるのは……まず間違いなく自国ペンデュラムでしょうな」

「遠いの?」

「かなり」


 G軍師の遠いという言葉に苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべるポポコちゃん。

 しかし、G軍師は行けない距離ではないという。


「我々には崇拝なるミラスタールさまより賜った知恵がございまする。そのなかでもスライムの扱い……これに関してミラスタールさまの右に出るものはおりますまい」

「つまり……どうするのよ。あたいにもわかるように言わないと殴るわよっ」


 岩の塊のような握り拳を見せつけられたG軍師はビクッと体を震わせ、落ち着いてくだされと声をかけ、すぐにミラスタールの元へ行く手段を説明する。


「まずは皆が乗り込むことが可能なスライム戦艦を作り上げ、その周囲をドラゴンスライムの鎧をまといしゴブリン軍団に護衛させます」

「つまり飛んで行くってことね!」

「如何にも! 翼を持たぬ者でも翼が手に入ることを、ミラスタールさまがお教えくださったのです」

「さすがG軍師ね。見事な策だわ」

「いえいえ、すべてはミラスタールさまの御導きによる賜物。思いついたら即行動ですよ、ポポコさん」


 にたっと笑みを浮かべるポポコちゃんは立ち上がり、全身にムキムキと力を込める。その度に地面が陥没していく様は、まさに破壊神。

 火照った身体に彼を思い、いま憧憬を胸に歩き出す。


「天つ彼方に彼がいるわ。あたいを唯一満足させられるダーリンが。どんなに困難な旅路だったとしても、必ずたどり着いてみせるわよ!」



 貴族たちを人心掌握したと一安心しているミラスタールは知らない。彼がもっとも恐れる彼女が、恋慕を抱き迫り来ようとしていることなど……。



 しかし、彼女の一見魔王フィーネに対する裏切りとも取れるこの判断が、後にミラスタール・ペンデュラムの窮地を救うことも――また事実なのである。

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