もちろんどの水着も選ばなかった僕は、いつもどおりの服装でアルコルフとの『散歩』へでかけることにした。

 玄関を開けると、もう既にエア・ローダーが待機していた。四人乗りのエア・ローダーである。アルコルフが用意したのだろう。彼は颯爽とエア・ローダーに乗り込むと、玄関前で佇んでいる僕とリーディーとシルフに向かって『乗れよ』とジェスチャーした。

 「やめとく」

 「断る」

 微笑みながら即答したリーディーと、にべなく答えたシルフを見ていたら、アルコルフのことが不憫に思えてしまい、今さら散歩に行かないなんて言えなくなってしまった。仕方なく四人乗りのエア・ローダーに乗り込み、リーディーとシルフに手を振った。

 『およそ八時間後が帰宅推奨時間だ。アルコルフ、外部情報の評価係数をプラス修正することを提案する』

 エア・ローダー内のスピーカーからシルフの声が聞こえてきた。シルフの提案を聞いたアルコルフが手をガッチャンガッチャン振って、肯定とも否定ともとれるジェスチャーをすると、軽い浮遊感を覚えた。エア・ローダーが出発したようだ。

 「他人の評価に惑わされない、それが芸術の真髄だぜ、ケイスケ」

 どうやら、否定だったようである。


 エア・ローダーが高度を上げて、窓の外、眼下に景色が広がっていく。


 僕の家の赤い屋根の隣に、緑葉が繁る一本の大樹が並び、鮮やかな色彩だ。

 僕の家も、その隣の木も、ニュークが配置や配色を決めた。アルコルフの話す『芸術』と正反対のベクトルだけれど、その普遍的な色彩が、人生とか生き方とか精神活動とか呼ばれているものを豊かにしているのではないかと思う。


 エア・ローダーがさらに高度を上げると、僕の家の周囲に何もないことがよく分かる。茶色い地面と山で構成されたその景観に色彩を求めることはできない。少なくとも、僕が生きている間は。

 オルブに存在している有機物、つまり生命体は、今のところ全て海の中に存在している。AIたちの予想では、生命活動が陸地に広がるまでの時間は、億年単位である。僕は間違いなく死んでいる。オルブの生命が放つ色彩を見てみたいな、とは思うけれど、それは叶わない。


 「ケイスケの家は、いつ見ても綺麗だよな」

 アルコルフがぽつりと言った。

 「うん、シルフとリーディーがいつも綺麗にしてくれてるからね」

 「いや、もちろん日頃のメンテナンスあってのもんだけどよ、そうじゃなくて、あの家と木を作ることにしたニュークの意志のようなもんが滲み出てるというかなんつーか……あれもひとつの芸術なんじゃねーかなって、見るたび考えんだけどよ、まー、結論は出ねーわな」


 アルコルフの言葉に少し泣きそうになってしまったけれど、バレないように我慢する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る