ガッチャガッチャと大きな音を立てながら近付いてきて玄関の扉を開けたアルコルフが、家中に響き渡る大きな声で僕の名前を呼ぶ。


 「おーーい! ケイスケいるかーー?」


 アルコルフは家の中に僕がいることを知っているし、さらに言えば、アルコルフが玄関に到着する百メートルくらい手前から僕がアルコルフの物音に気付いていることも察しているはずだ。それにも関わらず、彼は玄関を開けたあと、大声を出して僕の名前を呼ぶ。嫌がらせだろうか。嫌がらせにしてはフレンドリーだ。苦情を申し立てたことはないけれど、声の音量なら簡単に調節できるはずなので、この機会に進言することにしよう。


 「いるの分かってるくせに」

 自分の部屋で独り呟いたあと、僕は階段を降りて玄関に向かった。


 「いや、分かってねーから呼びかけるんだぜ」

 僕の顔を見るなり相変わらずの大きな声でそう言ったアルコルフには、集音装置もばっちり装備されている。

 「声が大きいよ、部屋まで来ればいいじゃないか」

 「ケイスケの部屋へ行くよりも音声出力した方がロス少ねーだろ」

 「セイロンティー」

 「アールグレイ」

 「アぁルコぉル」

 「アルコルフ!」


 アルコルフが自分の名前を叫びながらポーズを決めた。


 もう百回近く僕の目の前で繰り返されている光景だけれど、一度も同じポーズを見たことはない。今日は、片足を天高く真っ直ぐに上げて、その爪先を片手で持ちながら、コマのように回るポーズだった。たぶん、氷の上で滑るスポーツの真似をしているんだろうけれど、その回転速度は三秒間に一回転くらいのとてもゆったりしたものである。アルコルフの足下を確認すると、いつの間にか、アルコルフは小さな神輿のようなものの上に立っていて、その神輿が回っていた。理解不能である。

 「……今日のテーマは?」

 「夏が来た、冬が来た」

 「え? 北半球、南半球?」

 「どう聞き間違えたらそうなるんだ?」

 「夏と冬が同時に来ることを成立させるためには、それしかないでしょ。あ、北極南極、赤道直下、なんてのもいいね」

 「芸術に野暮は無しだぜ」

 「そうだね。なんたって、アルコルフの芸術は」

 「世界イチィー!」

 アルコルフが叫ぶと、足下の神輿の回転速度が速くなった。二秒間に一回転くらいに。


 ……と、ここまでがお決まりのやり取りであり、いつもどおり、リーディーとシルフは無言で様子を見ているだけである。助け舟というものを出してくれたことは一度もない。たぶん、助け舟を出しても、アルコルフが先に乗って壊してしまうからだろう。


 「気が済んだ?」

 「おう」

 僕の質問に頷きながら答えたアルコルフは、足下の小さな神輿から降りた。その神輿はヨタヨタ歩き始めると、玄関から外へ出て行った。あの子はどこへ行くのだろう。スクラップ場でないことを祈る。

 「用件は?」

 「散歩に行こうぜ」

 アルコルフが答えた。

 アルコルフの散歩が、散歩で済んだことは一度もない。

 今日は、シルフという名の門限に怒られることなく帰ってくることができるだろうか。

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