3
味噌ラーメンの上に鎮座しているナルトを箸でつまみ上げて口へ運び咀嚼しているあいだに気付いた。ラーメンの具材だからといって、どんなラーメンにもあうわけではないことを。
「もしかして、味噌ラーメンにはナルト乗っけない?」
使用した調理器具をキッチンで洗っているリーディーに向けて言った。シンクの水音で声が掻き消されないように、いつもの音量の三割増しくらいで発声する。
「乗っけないほうが多いみたいだね」
リーディーが僕を見ながら答えた。手元を全く見ていないけれど、台所の片付けが止まることはない。
「教えてよ」不満を言いながら、もう一枚のナルトをつまみ上げる。僕は、苦手なものを最初に処理してしまうタイプだ。
「いや、もしかしたら、ケイスケにはぴったりの組み合わせかもしれないじゃん」
全くもってそのとおりである。議論の余地は無い。こういうときには「セイロンティー」と言ってお茶を濁すことにしている。当然、紅茶が運ばれてきたことはない。本当に優秀なAIたちだ。
味噌ラーメンを食べ終えて、セイロンティーではなくミネラルウォーターを飲んでいると、洗濯物を片付け終わったシルフがやってきて、僕の隣のイスに腰かけた。いつもどおり、背筋は真っ直ぐ、手は膝の上、とても姿勢良く座っている。
「洗濯物、ありがとう」
「どういたしまして」
シルフは一言だけ返事すると、僕をじっと見つめ続ける。僕の反応を観察してるようだけれど、シルフの意図が分からない僕はシルフを見つめ返すことくらいしかできない。
「リーディー」
「はいはい、ごめんね」
シルフがリーディーの名前を呼び、リーディーがシルフに謝った。どうやら、シルフとリーディーの会話が一瞬で終わったようだ。何の話か全く分からないけれど、僕の前で会話したということは、このあと僕に対して何らかの説明がなされるだろう。僕に関係ない話なら、そもそも音声出力せずに、データ通信で済ませているはずだから。
「ケイスケ、リーディーが君に会いに行った目的は、ひよっこいという言葉を教えに行くことではなかった。トウモロコシを収穫できない確率が九十九パーセントを超えたことを伝えに行ったんだ。それなのにリーディーは三時間マンガの話だけをして帰ってきた。将来的なケイスケの大きな悲しみと、一時的なケイスケの小さな悲しみを天秤に掛けて、不合理にも、将来的な大きな悲しみを選んだ」
「そんなに怒らないで」
困った表情をしたリーディーがシルフに言った。
「君のその曖昧さや不合理を選択する回路は、君に特異的なものだ。僕にはない」
「シルフにもあるよ。その一連の処理の評価方法が、あたしと違うだけ」
「では質問だ。怒りとは何か?」
「そうやってシングル・アキシャルで考えないで。もっとラテラルでモルティティアドな——」
「あのー」
二人の会話を中断させるために意味の無い発音をして、真剣な表情をしながら、シルフとリーディーの顔を交互に見た。
「僕のトウモロコシの話は?」
三人ともしばらく沈黙。
リーディーが食器洗いしている音だけが響く。
「申し訳ない」
シルフが呟いた。
僕とリーディーは、目が合った瞬間、吹き出してしてしまった。
シルフが、溜息のような音を出す。
リーディーの言うとおり、シルフも充分、曖昧さと不合理を選択していると、僕は思う。
だって、こんなにも処理速度が遅い僕なんかと、こんなにもたくさん付き合ってくれているのだから。
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