第6話 単細胞

 ジャス◯のフードコートに着くと、すでにサツマ様は席に座ってイチゴクレープを食べていた。

 朝より気持ち元気そうに見える。


 俺の姿を認めると、何と嬉しそうに微笑み、小さく手を振ってきた。


 え? 何? 怖いんだけど。


「仕事終わりにごめん。どうしても眼鏡と一緒に買い物したくて」


 あざとく生クリームを鼻先に付けたまま、てへっと笑った。

 誰こいつ。第三の世界からやってきた俺か? それとも、精神的ストレスが悪化して、第二人格目覚めたのか。話し方まで変わってんだけど。


「お、おおう。買い物って何買うんだ?」


「お洋服。お給料入ったし、春物買い足したいなあって。シンプルな服の選び方はこの前教わったから一人でできるけど、かわいい服の選び方はわからなくて」


 かわいい服欲しいの?! 今こいつそう言ったよね! 聞き間違いじゃないよね!

 呆気に取られる俺をよそに、サツマ様はるんるんした様子で続けた。


「これからどんな自分になれば良いのだろうって考えた時に、パピィから『君はかわいいを目指しなさい』って言われたのを思い出したんだ。だから俺、間違えた、僕、かわいいを極めてみようって決めたんだ」


「え? それ言われたの結構前だよね。何で今更?」


 えっとね、とあざとい上目遣いで頬をほんのり朱に染めながらサツマ様は答えた。


「今日、お仕事行ったら、マダムも常連さんたちも、僕の髪見てびっくりしてたんだけど、かなり評判良かったというか、みんなにかわいくなったとか若返ったとか褒められちゃった。常連の川岸市大のBL研究会の子たちには『おそ松さんみたいでかわいい』って絶賛されたし。やっぱ僕、かわいい素質があるんだって気づいたんだ。最初はこの髪型嫌だったけど、よく鏡見たら、キノコみたいでかわいいなあって。眼鏡の言うとおり似合ってるね。どうして今まで変なロン毛にしてたのか、不思議だよ。やっと本当の自分に出会えた。だから、これからは身も心もかわいいキノコでいようと思う」


 えへへ、と照れて公然わいせつカットをかく仕草にゾッとした。


 こいつやべえ。

 どんだけ単純なんだよ。

 半日で洗脳レベルに性格も考え方も変わってる。

 いくら今後の自分のあり方に悩んでいたからって、迷走し過ぎだろ。

 僕とか気持ち悪っ!


「えーと、サツマ様はそれでキツくないの? 話し方とか大分今までと違うけど、無理してない?」


 きょとんと目を見開き、首を傾げた。さらさらとキノコの傘が揺れる。


「無理してないよ。今までの方が無理してた気がするくらい。ねえ、サツマ様って堅苦しいしかわいくないから、さっちゃんって呼んでよ」


 怖い、怖い、怖いよー! 

 今回のことで人並みに落ち込んだり悩んだりしているのを見て、まともなところもあるのかと安心した部分もなきにしもあらずだったのだが、撤回だ。

 こいつやべえ。モノホンだ。

 サイコだ。ホラーだ。


「あ、俺そういや超う◯こしたいかも。ちょっとトイレ……」


 危機を悟り、可及的速やかに撤退しようとしたが、ガシッと軍人らしい強烈な握力で腕を掴まれた。


 きゅるんと瞳を潤ませ、眉毛を八の字にして、サツマ様は甘えるような声を出した。


「お願い、帰らないで。30分で良いから付き合って」


 背筋がゾワっとした。

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