第4話 師団長の帰還

 人喰い川と俺が住む近衛師団本部は徒歩圏内にある。


『今』がルサンチマン王国暦の何年何月何日かは分からぬが、とりあえず古巣に帰るのが一番と判断し、不機嫌な眼鏡を同伴して俺は本部に帰還した。


 門番に立っていたのは、見慣れた顔の若い兵卒だった。

 彼は俺の姿、さらに後ろでやさぐれている眼鏡を見て、息を呑んだ。

 が、すぐにそばかすの散った頬に笑顔が咲き、鳶色の瞳から涙が落ちてくる。


「師団長。よくぞ御無事で。自分はずっと無事を信じていました」


 敬礼の指先が震えてしまうほど、俺の帰りを喜んでくれているのに、胸が熱くなる。


「急に居なくなってしまってすまなかった。少し記憶が混乱しているのだが、今日は何年何月何日か教えてくれるか」


「はい! ルサンチマン暦893年3月20日です」


「ありがとう。そうか、あっちと同じだけ時間が流れている……。長い間留守にしてすまなかった。今までのことを報告したり、現状把握をしたいので、朝になったらカンナギやルドルフら幹部連中を召集したい。今日の夜勤主任を呼んできてもらえないか」


「はっ! 師団長、まずは中へ。お疲れでしょう。えっと、そちらの方……ご兄弟は?」


「こやつは俺の部屋に案内してくれ。俺の部屋はそのままになっているか?」


「もちろんです!」


 コメツキバッタのように礼をする門番に懐かしい気持ちになる。

 あっちの世界にいた時は邪険にされるか、なめられるかばかりだったので、久しぶりに相応の扱いを受けるのが心地よい。痛快だ。


「眼鏡、貴様は俺の部屋で勝手に寝てろ」


 眼鏡は悪態をつこうとしたようだが、門の中から集まってきた部下たちを見、忌々しげに口を閉じた。


「師団長、お帰りなさい」


「信じていました。必ず帰ってきてくれると」


「ああ、お元気そうで何よりです」


 煉瓦造りの門を潜り、本部に続くバラ園を歩いていると、夜にも関わらず、たちまち二十人余りの近衛兵たちが集まってきて、歓迎された。

 皆、俺の帰還を喜び、感極まって涙を流す者も少なくなかった。


 あっという間に眼鏡は輪の外に追いやられて見えなくなったが、今はどうでも良かった。

 少しは痛い目に遭って、あちらの世界での俺の気持ちを味わえば良い。


「師団長、あの眼鏡の安っぽい男は何者なのですか?」


「あれは従者みたいなものだ。田舎者だが一応世話になったので、あまり邪険にはしないように」


 一応、犯罪者顔の眼鏡が不審者として摘み出されぬように部下たちに申し付け、俺は師団長執務室を目指した。

 月光のマダムには悪いが、自分本来の職務に戻れる喜びに、自然と足取りも軽くなった。

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