第2話 ニート侍

「却下。お前にはまだ早い」


 就職したいという俺の申し出を、眼鏡は間髪入れず却下した。


「お前さ、まだ結局戸籍すらないんだから。普通は雇ってもらえないし、仮に雇ってくれるとこがあったら、それはそれでやべえ会社だから。俺一応お巡りさんだからさ、そういうの目つむれないの」


 納豆を超高速でかき混ぜながら、ネチネチと説教をしてくる。うっとうしい。


「眼鏡は俺を働かせたくないのか。そういうのは経済的DVだぞ」


 俺はワイドショーで覚えた言葉を使って反論した。


「ちっ、どこで覚えたんだよ……。あのな、俺は別に働くなとは言ってないの。つーか一刻も早く働いて欲しいよ。けど、世の中のルール的に今はまだまずいってだけ。今のお前が働くのは、高校生が年齢確認しないキャバクラで働くのとか、就労ビザない外国人が在留資格の確認しない職場で働くのと同じな訳。分かる?」


「例えがマニアック過ぎて分からない」


「とにかくもうちょっと待ちなさい。戸籍とかの手続きは今してるんだから」


 同い年で顔も体型も同じくせに、何でこいつはこんなに偉そうなのだろう。

 家主だから?

 働いているから?


 だが、どちらも眼鏡がこの世界の人間だから受けている恩恵に過ぎない。

 ルサンチマン王国に帰れば、俺だって、このアパートの5倍は広い家があるし、近衛師団長という要職にもついている。

 平役人で、どぶさらいしてる眼鏡より、ずっとずっと社会的に成功している。


 言ったら喧嘩になるので言わないけれど。


「心苦しいんだ。眼鏡がどぶさらいして稼いだ金で、俺は高級シャンプーやらを買って、三食昼寝付きの生活をしていて」


「別にどぶさらいだけが仕事じゃないんだけど……。働いたら小遣いは返すって約束だし、いいよ。それにあのシャンプー俺も使ってるし、気にすんな」


 使ってたのか! 妙に減りが早いと思っていたら!

 気にしろ!


「つーかさ、つい聞き流しちゃったけどさ、昼寝してんの?」


 眼鏡は自分の蛮行は棚に上げ、じっとりとした視線を俺に向けた。


「……してる」


「毎日? 何時間?」


「午後に3時間だけ」


「3時間を『だけ』とは言わない。クッソ、うらやましいな、おい」


 確かに寝過ぎだと自分でも思っているが、一応理由なく昼寝をしている訳ではない。


「寝ると、また夢を見られる気がして。この前、気分が悪くなった時に見たやつみたいな。ルサンチマン王国に帰る手がかりが掴めないかと思って」


「で、夢の続き見れた?」


「全然。コンビニの店員に影で『ニート侍』ってあだ名を付けられている夢は見た」


「それ夢じゃなくて現実だよ」


「え?」


「3丁目の交差点とこにあるニコニコマートだろ? 俺あそこの店員に『ニート侍兄』って呼ばれてるもん」


 知りたくなかった。

 この世界に来たばかりの頃に会った、眼鏡の同級生の変態にも俺は『ニートっぽい』と評されていた。ニートという言葉が、どんな人間を指すのか、俺は今なら十分に知っている。


 実際ニートなのだから良いではないかと言われるかもしれないが、見るからにと思われるのは嫌なのだ。


「やっぱり早く働きたい。戸籍どうにかならないのか?」


「うーん、役所のやることだからそんなにすぐにはとはならないけど、一応急いでるって言っとく」


 眼鏡はやる気がなさそうにため息をつき、スマホをいじり始めた。


 この調子だと、俺がニート脱出するまでは時間がかかりそうだ。

 そう覚悟した。


 しかし、この日から1週間後、俺の戸籍やら住民票、それに国民健康保険等の諸々の手続きが完了したという知らせがパピィから入った。

 今まで滞っていたのが嘘のようだ。


 俺は社会の一員と認められ、なんと言っても大手を振って就職活動ができるのが嬉しくて浮かれた。


「早過ぎて怖い」と眼鏡は青い顔をしていたが、俺は嬉しさの方が優って、気に留めなかった。

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