第5話 職業病

 仕事しちゃった。

 休みの日なのに。


 何だよ、仕事熱心な人みたくなっちゃった。


 イオ◯の事務所で、捜査員が現着するまで、俺は万引き少女と食品売り場の責任者のおっさん、警備員、そしてサツマ様と待機する羽目になっていた。


 今日の当直は誰だっけ。


 サツマ様のこと追求してこない人がいいな。

 当のサツマ様は事務所の隅にダンゴムシみたいに膝を抱えてうずくまっている。

 先に帰らせたかったが、車で来たからこいつ一人では帰れないし、一応認知現場に居合わせていたのもあり、これから来る捜査員の許可を得てから、タクシーにでも乗っけて帰らせるのが無難かな。

 やだな。俺とあいつとの関係性とかうまく話せる自信がないし、そもそも俺自身が理解してない。


 こんなところで警察沙汰なんて起こしたくなかったのに、俺の中に眠る警官の血が悪を見流してはくれなかった。


 三十路、ジャス◯のお菓子売り場に感激! 状態のサツマ様に付き合うの飽きちゃったんだもん。


 ついついぼーっとよそ見してたら、あの子が棚から取ったチョコレートを学生鞄の中に入れるとこ見ちゃったんだもん。


 しかもその後、ジュースのペットボトル2本盗ってるのも見ちゃったし。


 万引きに苦しむお店のためにも、健全な青少年の育成の見地からも、見逃すわけにはいかなかった。


 件の青少年はさっきからしくしく哀れっぽく泣いている。

 事務所に行く途中、『大した額は盗ってない。弁償すれば良いんですよね』と開き直ったので、ちょいきつめの正論をかましたらこれだ。俺が泣かせたみたいなのが気に入らない。

 泣くならやるな。


 臨場した当直担当者の中に、唐澤女史がいたことに、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、こんな現場(とか言っちゃいけないけど)に警部補殿自ら真っ先にお出ましとは珍しい。


 店長さんから簡単に事情を聞いた唐澤は万引き少女を連れてきた女性捜査員に任せると、俺に向かって廊下に出ろと顎をしゃくった。


「あの芋ジャージがこの前あんたが言ってた異世界人? 本当にいたんだ。やばいね、一卵性双生児レベルに似てる」


 二人きりになった途端、警部補様の仮面を脱ぎ捨て、唐澤ははしゃいだ。


「俺のイマジナリーフレンド説はどうした」


「ごめん、実物見ちゃったらさすがにねえ。今一緒に住んでるの? 彼戸籍は? 保険は?」


 人ごとだからって随分と楽しそうだ。ムカつく。


「何とかしようにも金と時間が必要だし、何もしてない。このまま近いうちに異世界に帰ってくれないかと期待してる」


「うーん、気の毒だけど、帰らない可能性も結構あるんじゃない? だって彼、濁流に落ちてワープしてきたんでしょう? この前お爺ちゃんに聞いたら、そういう場合は元の世界では既に死んでて、新たに移動した世界で生き直すみたいな話が多いって言ってた」


 相変わらず若者の流行に貪欲な爺さんだ。なろう系とか読んでるのか。

 激動の20世紀を生き抜いた100歳越えの爺さんが、サクッと生まれ変わって人生やり直す小説読んでるってのシュールだな。


「それはラノベの話だろ。それに死んでない異世界転移ってジャンルもあるぞ」


「それもフィクションの話だけどね」


 ごもっともな指摘に口籠ると、唐澤は右手を差し出した。


「?」


「鍵。車の。私がサツマ様あんたの家まで送ってくから鍵貸して。マルモクのあんたからはこれから署で事情聞かなきゃだけど、彼も一緒に連れてくのは避けたいんじゃないの? 詮索する人もいるだろうし。家まで送り届けたら私も署に帰るからさ、そしたら車も返すってのでどう?」


 イケメンだ!


 かっこいい!


 しかも気遣いやべえ! 俺が一番難儀していることを見抜いて、フォローしてくれてる!


 出世する奴ってやっぱすげえ!


 俺は感動しすぎて死滅した語彙力で同期の出世頭を讃えた。

 が、唐澤は眉間に皺を刻んで吐き捨てた。


「キモっ! 代わりに今度何か奢りなさいよ。わざわざこのために出動してきたんだから」


「分かった。今度吉野家行こう」


 ふざけているにしては体重の入ったパンチを俺の腹に叩き込んでから、唐澤は事務室にサツマ様を迎えに行った。

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