不吉な夢
バーネル騎士団長セレナ・ノーサムから敗走の知らせを聞いたライアン・バーネル子爵は小指と薬指のない左手で羊皮紙を押さえ、サラサラと手紙をしたためていた。書き終えるとインクがにじまないよう砂をまぶし丸め、蝋を垂らしてバーネル家の金印を押した。手紙は、執事へと渡され、執事は最も信頼の置ける部下に手紙を送らせた。
王のもとへ。
国王ゲイラード・グローバーは簒奪の王である。
兄である前国王フランツ・グローバーを殺害後、序列第一位であるフランツの息子ジョセフを拘束した。ゲイラードは、フランツ親子は狩猟の際に誤って魔物に殺されたと宣言。側近たちは反発したが彼らを弾圧し地下牢へと閉じ込めた。
国を乗っ取るのはそう難しくなかった。なぜなら、貴族たちが手を貸したからだ。その私兵合わせて4万。この中にはバーネル騎士団も含まれている。
反逆は貴族たちの腐敗から始まり、やがてそこにゲイラードという真っ黒な花が咲いた。貴族たちはゲイラードという無能な王を操ることができる。
ゲイラードは兄フランツにすべての点で劣っていた。彼はそれを幼少期より根に持っていた。貴族たちはそこに目をつけ、ゲイラードに媚びへつらい、傀儡にした。
今や、この国を動かしているのは貴族たちであり、傀儡であるゲイラードは女や酒に溺れている。
貴族に有利な法律を。
そして獣人たちに死を。
獣人は魔境から逃げてきたいわゆる蛮族であり、人間より劣ると貴族たちは考えていた。奴らは村を襲い、食料を略奪するかもしれない。領民はそれを恐れていた。もちろん貴族たちも。実際にはそんなことは一度もなかったにもかかわらず。
今まで大きな事件がなかったために貴族たちは獣人を排除する事ができなかった。しかし今、バーネル騎士団は攻撃を受け壊滅状態にある。
獣人の仲間によって……。
手紙が王都へと到着した。
羊皮紙は王へ渡されることなく貴族院へと渡り、その長が確認中身を見た。
彼はほくそ笑み、ライアン・バーネルに報酬を与えることを決定した。
その日、国民にある王立が公示された。
曰く、
『獣人は見つけ次第、殺害せよ』
◇
ダンジョンでの生活はそれほど悪いものではない。
商人は定期的にやってきてくれる。商人用の扉をダンジョンの裏にひっそりと付ける必要があったけれど。ナオミは相変わらず表情を見せてくれないけれど、服をあげるとまたまぶたを動かした。着るととてもきれいで、俺ははっとしてしまった。
のどかな日常が続いていた。
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夢を見た。
高校時代の夢だ。
伊ヶ崎はわざわざ彫刻刀を持ってきて言った。
「右腕を彫られるのと左腕を彫られるのどっちがいい?」
俺は必至に抵抗した。そして……。
場面が変わる。
昆虫を育て虐待している塚原がティッシュに包んだ幼虫の死骸を持ってきていった。
「カブトムシとクワガタどっちを食いたい?」
口元に押し付けられた感触が蘇る。
選択したくない。
いくらでも従うから。
選びたくない。
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俺は叫んで目を覚ました。下の階からナオミが駆け上がってきた。
「どうされました?」
「いや……大丈夫……大丈夫……」
まるで自分に言い聞かせるように俺は言った。
ナオミは俺の額に手を当てた。おそらくべっとりと汗がついていたのだろう。
「ユキハル様、ご一緒にベッドに入ってもよろしいですか?」
「でも……」
「行為はいたしません。ただ隣に私のようなものでも人がいれば安心できるのはないかと」
俺はナオミの目を見た。彼女は心配そうな顔で俺を見ていた。
「わかった。お願いする」
ナオミが俺のベッドに滑り込んできた。彼女が俺の体に手を回す。俺がそれに応える。細い体なのに、温かい彼女の体から安心が伝わってきた。
ああ。
俺はナオミの頭をなでた。彼女が顔を上げ、
微笑んだ。
俺は驚いて、そして
完全に愛してしまったのだ。
◇
思えばあの悪夢は、現実世界の不吉な予兆だったのだ。
ある日、いきなりアラームが鳴ってPCのモニターが真っ赤に染まった。ナオミは初めての襲撃に驚いて部屋の隅へ行ってしまった。
ダンジョンに敵が侵入したのだろうか?
そう思ってモニターをみると、
獣人の村が騎士たちに襲われていた。
「どうして?」
村には結界が張ってあったはずだ。
俺は慌てて、銭湯を解体しポイントを生成すると、それを使ってバリスタを大量に設置、騎士に向かって乱射した。
騎士たちはわかっていたかのように反転、逃げていった。
獣人たちは……殆ど残っていなかった。
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