初めての選択

 服を脱いでビニール袋に入れる。後で捨てよう。

 彼女たちの服はビニールを敷いてその上においておいた。

 新しい服を0ポイントで出してはたと気づいた。二人の服はどうしよう。

 なぜか知らないが女性ものの下着も0ポイントで買えるようだ。恥ずかしさを隠しつつ二度クリックして、下着を出した。



 風呂の部屋からキャーキャーと黄色い声が聞こえる。

「あったかいにゃ。気持ちーにゃ」

「目に入ったきゅ。痛いきゅ」


 その楽しげな雰囲気と裏腹に俺は緊張していた。

 深呼吸をして、インベントリを開く。

「うっ」

 インベントリの中には『人間の死体』が全部で12。馬の死体も同じ数入っている。どうする、どうする。インベントリを開くたびにこれをみるのは嫌だ。

 俺はマウスカーソルを動かして『人間の死体』を選択する。そして……。

 『解体』にカーソルを合わせる。


 手が震える。今から何をしようとしているのかわかっているのか?

 凶悪殺人犯と言われても仕方がない行為だぞ。

 でも必要な行為だ。

 俺は気づいていた。『売却』できるものでも『処分』は可能なことに。



 3度深く息をして、

 俺は『解体』を押した。



 選択した。

 誰からの指示でもない。俺の選択だ。

 体がゾワゾワとして、鳥肌が立つ。



 いいのか? 間違ってないのか? 俺の選択は正しいのか?



 一瞬ひどい頭痛に見舞われて意識が薄れる。

 瞬時に意識は現実に戻る。



 インベントリには

『鎧』

『馬の肉』

『馬の毛皮』

『馬の骨』

『馬の内蔵』

『鞍』

『人間の肉』

『人間の皮』

『人間の骨』

『人間の内臓』

 その他、人間の所有物。


 その中の一つを見て俺は目を見張る。


『人間の魔石』


「魔石は魔物からしか取れないんじゃないのか?」


 魔石をクリックして、創造ポイントに変換する。


「なっ!」


 驚愕した。一人分が1000ポイント。ブラックウルフの100倍だ。全部で12000ポイントになった。


 所有物の中で硬貨と鎧を一つだけインベントリに残し、残りは『処分』した。

 鎧はなにかのときに身を守ってくれるだろう。

 処分したものがどこにいくのかは知らない。


 知りたくもない。


「人間! お風呂終わったですにゃ!」


 その声で我に返る。


「今行きます」


 タオルとそれから適当に見繕った服を持ってリビングから廊下への扉を開けた。

 そこには一糸まとわぬ二人の姿があった。


「人間! 私達の服はどこですにゃ! 盗んだのかにゃ!」

 二人は俺を睨んでいるが、俺は目をそらしてしまう。なんでふたりとも見られて平気なんだ。獣人の文化か?

 目をそらしたままタオルを差し出した。

「と、とりあえずこれで体を拭いてください! 服はこれを着てください! 汚れた服は別の場所にあります」

 二人がタオルを手に取る感触。


「これすごいきゅ。すぐ水を吸い取るきゅ」

「柔らかくて気持ちいにゃ」


 その後二人は下着を手にとった。

「これなんですにゃ」

「下着です」

「下着! これが人間が着てる下着ってやつかにゃ」

「どうやってつけるきゅ。人間、教えてくださいきゅ」


 試練だ。


 下は履いたようだが上の付け方がわからないらしい。


「向こうを向いてくれますか?」


 二人は指示に従った。


「その輪っかに腕を通して」

「こうですかにゃ?」

「ああ、上下逆さまです」

「こうにゃ」

「そうですそうです。あの今から触りますけど……怒らないでくださいね」

「いいにゃ……はう、くすぐったいにゃ」

 俺は一瞬手を止めてしまう。早く早くと急ぐあまり脇の下に触ってしまった。ホックを付けると今度はうさ耳の方のホックもつけてやる。

 一気にどっと疲れた。なんでこんなことしてるんだ俺。


「おお! なんか大きくなった気がしますにゃ。ちょっときついですけどにゃ」

「後はその服をきてください」

 ワンピースを選んだ。うさ耳は黒、たれ耳は白いワンピースだ。


「おお! かわいいにゃ!」

「それはあげます。僕は使わないので」

「本当ですきゅ?」

「ありがとうございますにゃ!」


 二人はくるくると回ったり、布をつまんでひらひらさせたりしていた。



 俺は二人から話を聞くことにした。この世界に来て初めて直接話ができる。色々と情報を仕入れたい。

 一階にテーブルと椅子を設置して、二人を座らせる。飲み物は水しか用意できなかったがのどが渇いていたようで二人はがぶ飲みしていた。

「私はマーラですにゃ。この子はレイにゃ。ふたりともこの森にある村に住んでいますにゃ」

 垂れ耳の獣人が言った。

「ユキハルです」

 レイはうさ耳を揺らした。

「ユキハル。珍しい名前ですきゅ」

「そうかな、そうかもしれませんね。あの……二人はどうして襲われていたのですか?騎士は国民を守る存在ではないのですか?」

「本当はそうですにゃ。ただ、最近王様が変わって、獣人を虐げるようになってしまったのですにゃ。私達はただ狩りをしていただけなのに襲われたですにゃ。人間の中にも獣人を嫌うものが増えてきてますにゃ。ユキハルが獣人嫌いじゃなくてよかったですにゃ」

「あの、話しにくいなら敬語じゃなくていいですよ」

「ホントきゅ? 実は話しにくくて苦労してたきゅ。村長にも敬語なんて使わないきゅから」

 レイはうさ耳をゆらしてころころと笑った。


 その後、二人から色々と情報を得た。エルフやドワーフなど『指輪物語』に出てくる種族が存在すること。前国王は殺されたのではないかと噂されていること。そして、殺したのが前国王の弟であること。


 二人は夜が近づくと

「そろそろ帰らなきゃ心配されるにゃ」

 そういって帰って行った。

 俺は仮面の笑みを浮かべて彼女らを見送った。

 時たま彼女たちが風呂に入るためだけに俺の家に来るようになったのは言うまでもない。


 俺は風呂に入っていないことを思い出し、ユニットバスの扉を開けた。湯船には恐ろしい色の液体が溜まっていた。そして大量の毛も。これは掃除から始めないといけないな。


 風呂がきれいになったところでジャージを脱ぎ捨て、下着を脱ぎ捨て、風呂に入ったとき、鏡に映る背中に驚愕した。


 俺の背中には見たこともない巨大な入れ墨が掘られていた。

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