House_Management.exe~異世界で魔改造し放題の最強の家を手に入れた話~
嵐山 紙切
第一章 House_Management.exe
社畜やってたら森に左遷された
上司であろうが部下であろうが、それこそ新入社員であろうが、面倒な仕事は俺に押し付けてくる。いや、本当は面倒でもないのだろう。楽をしたい、サボりたい、それは人間の根源的欲求からくるもので俺だってそれは否定しない。
「新入社員くんよ、仕事が終わらないならあいつに丸投げしな。クソめんどくさい仕事も喜んでやってくれる」
部下の一人が俺に指を差してそんなことを言っている。俺に聞かせるように大きな声で。ニヤニヤと笑うその口元、垂れ下がった一重まぶた、陰湿な表情すべてが、アイツらを思い出す。
言われた新入社員は俺の席に近づいてきて、悪びれる様子もなく、これをお願いします、そういって書類を机の上に放り投げた。
俺は引きつった笑みを浮かべて、
「ああ、わかった」
すぐにパソコンの画面へと視線を移した。すでに許容量を超えている。そんな事はわかっているが、仕事を断ることができない。
俺に書類を投げた新入社員は定時になるとそそくさと挨拶もせずに帰って行った。この部署でまともに仕事をしているのは俺だけだ。部下は残業代稼ぎに居残っているだけ。今はスマホをいじりながら片手間にエクセルで数字を打ち込んでいる。
必死になってキーボードを叩いている俺とは大違いだ。VBAやら何やらいくら効率化をはかったところで、作業量が度を超えている。
気づけば終電の時間になってしまっていた。
すでにフロアには誰も居ない。
仕事はまだ残っているが明日始発で来ればなんとかこなせるだろう。
そそくさと荷物をまとめると、階段を駆け下りた。
今日は流石に近道を通るしかない。治安の悪い道だが仕方ない。キャッチの声を聞き流し、悪態をつかれながら走る。
酔っ払った若者が怒鳴り声を上げている。集団だ。一人のおっさんを取り囲むようにしてケタケタ笑っている。怒鳴り声を上げているのは集団の一人で何が気に食わなかったのか、倒れているおっさんに蹴りを入れ、怒鳴り散らしている。
一瞬おっさんと目が合う、助けてくれと懇願している。
俺は……目をそらすとそそくさと立ち去った。
吐き気がこみ上げてくる。胃が萎縮する。目の前がチカチカして、記憶が蘇る。アイツラの顔がサブリミナル効果みたいに、フィルムの一部だけ取り替えられた映画のようにパッと眼前に映る。
そこに座りこんでゲロを吐いているのは俺にカブトムシの幼虫を食わせた塚原じゃないか?
あそこで女にベタベタ触っているのは執拗にみぞおちばかり殴ってきた古田じゃないか?
そして、いますれ違った高そうなスーツの男は、首謀者の伊ケ崎じゃないか?
そうではないとわかっていても、フラッシュバックは止まらない。俺は口を押さえ、全力で通りを駆け抜けた。
家につくと、俺はトイレに駆け込んで嘔吐した。そういえば朝も昼も食べていない。口から流れ出てくるのは水と黄緑色の胃液ばかりだ。
トイレから出るとぐったりと壁に寄りかかった。脳みそを高校時代の記憶が支配していく。
「消えろ消えろ消えろ消えろ」
塚原も古田も伊ヶ崎も。
それに星澤 光良も。
星澤光良は元いじめられっ子だった。俺の前にいじめられていた男子生徒。毎日のように蹴られ、トイレに閉じ込められては水をかけられ、タバコを腕に押し付けられていた。
ある日、俺は星澤を庇った。俺は自ら「助ける」選択をした。
次の日からターゲットは俺に変わった。あろうことか、星澤まで加わって俺に暴行を加えた。
裸にされた屈辱、教師の無関心な目、鼻から信じられないほど流れる血液、虫の味。
もう二度とあんな目には会いたくない。
涙がどっと流れた。
これからも俺は従い続ける。従っている限り、反抗しない限り、選択しない限りあんな苦しみを味わうことはない。
黙って従っていれば父も母も殴らなかった。いくら酔っていようと、指示に従えば殴ることはしなかった。
「殴られたくらいで甘えるな」
「いくら払ってると思ってるんだ」
「学校にいけ」
Fラン大学に入っても俺は周りに従い続けた。死ぬ勇気なんてどこにもなかった。
そして今がある。生きている。
いくら仕事を押し付けられようと部下や新入社員にバカにされようと、あんな目にあうよりは何倍もマシだ。
膝の間に頭を埋めた。スーツのズボンは裾がほつれていた。靴下には穴が空いていた。いつ買ったかわからない。生活費だけでギリギリだ。
時計の音が部屋に響いている。
俺はいつの間にか眠ってしまった。
◇
スマホのアラームで目をさます。廊下で寝てしまっていた。時刻は4:00。
リビングに朝日は差し込んでいない。今起きているのはニュースキャスターと豆腐屋くらいじゃないだろうか。
ああ、スーツのままだ。またベッドで眠れなかった。
俺はシャワーを浴び、シャツを取り替えてまたスーツを着た。
昨日残した仕事をしなければ。
すでに輝きを失った靴を履き、玄関のドアを開けた。
「は?」
……そこにコンクリートの足場はなかった。マンションの3階は消え失せた。土の地面、天井もなく星の輝く空、そしてここは森の中だ。
まだ夢を見ているのだろうか。
近くの木まで歩いていって触れる。ヒノキ? スギ? 鱗のように皮に覆われたザラザラとした感触が手に伝わる。森の匂いがした。どこかでガサガサと何かが動く音。
俺は振り返る。
そこには木の家があった。入り口の扉は紛れもなく俺の家のものだが、外観はまるでコテージの様相。
家をぐるりと回った。徐々に太陽がのぼり始め、森には朝が訪れようとしていた。入り口の扉から右手に周る。何やら業務用ゴミ箱のような大きさの箱がある。そこからさらに回ると窓があって、俺の部屋にあったベランダは消えていた。一周すると部屋の中に入る。家の中は変化がない。玄関があって右手にキッチン、左手にユニットバス。廊下を進んでリビング兼寝室の4畳半の部屋がある。
4畳半の電気をつけて、そこで俺は気づいた。なにかある。PCモニターの乗っている机の下、デスクトップPC本体の横に鉄でできた箱がおいてあった。もちろんこんなものを買った記憶はない。一見すると金庫のように見えるがダイヤルはない。箱を開けると中にはスープとパンが入っていた。
これが夢だとしたらなんの暗示なのかわからない。それとも俺は仕事のし過ぎで精神的な病に侵されてしまったのだろうか。幻覚? それにしては規模が大きすぎる。壁から顔が出てきたりだとか、窓の外を不気味な女が通ったりだとか、そのくらいだったら幻覚だろうと考えるが、家がまるごと森の中にあるなんて幻覚は聞いたことがない。
それにパンとスープなんて。
「あまりにもリアルすぎる」
そんなことを考えても、どうしていいかわからず、状況も飲み込めずぼーっとしていると、PCの電源がいきなりついて画面が光る。俺は小さく悲鳴を上げ、わずかに後ずさった。
画面には一瞬ホーム画面が現れたが、すぐに真っ暗になり、バッファリングしたときのように、ぐるぐると円を描く白い点が表示された。白い円は徐々に大きくなり、画面全体が真っ白になる。
「HELLO」
いきなりPCに接続してあるスピーカーから声がして、さっきより大きな悲鳴上げてしまった。
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