第20話世をしのぶシスコン

「なあ、蒼ちゃん大丈夫なのか?」


 教室で礼と弁当を食べるお昼休み。


 いつもであればなんでもない話をしているのだが、今日に至っては不穏な雰囲気を醸し出していた。


 なんというか、礼のその心配そうな表情の意味がわからない。


「どういう事だ?」


 掴んでいたウインナーを一旦弁当箱に戻して礼に質問してみる。


「どういう事って、お前が今日揉めた先輩の事だよ」


「今日揉めた? ああ、翠を突き飛ばした奴か」


 そういえばそんな奴いたな。というか先輩だったのか。


 やばいな、生意気すぎる口をきいたかもしれない。


「ああ。それも割とたちの悪い先輩だぞ。俺も部の先輩のツテで聞いたけど、気をつけろよ」


 礼が言うには、今日の先輩はそこまで評判の良い先輩ではないらしい。


 珍しくおちゃらけた様子のない礼の言葉に、俺も危機感を覚えた。


「……たちの悪いってどれくらい?」


「そうだな、あくまで噂だぞ? 乱暴された女子生徒がいるとか聞いた事がある。流石に馬鹿げた噂だとは思うけど火のないところに噂ってのはたたないからさ」


 聞けば聞くほどたちが悪い。翠を突き飛ばした時点で結構アウトな人格だとは思っていたが、ここまでとは。


 あくまでも噂と礼は前置きしているが、その表情は真剣そのものだ。心配してくれているのだろう。


「ちなみにだが、その男子生徒の名前はなんて言うんだ?」


「えっと、日堂ひどうだそうだ」


「日堂か。わかった、ありがとう」


 礼に教えてもらい、今日の男子生徒の名前を脳内にインプットする。


 少し黄島先生にも伝えておいた方がいいかもしれない。あと、翠にも注意しといた方がいいだろう。


 俺はスマホからラインを開いて、翠のトーク画面へと飛んだ。シスコンだと罵られようが、翠の事が心配だからな。


【翠、明日から登下校は俺と一緒に行くぞ】


 文章を打ちながら、送信前に手が止まる。本当にこの文面でいいのか?


 切羽詰まったような感じで逆に翠に恐怖心を与えてしまうかもしれない。


 もうちょっとマイルドな文章で、シスコンと思われてもいいから俺が一緒に帰りたいと思わせるか。


【翠と登校して話したりするの楽しいし、帰りも一緒に帰るようにしないか? 毎日一緒だと俺が嬉しいんだが】


 これでよし。良い感じでシスコン感が出た。


 俺は自分で打ち込んだ良い感じの気持ち悪い文章に満足して送信ボタンを押した。


 そして、トーク画面を閉じて食べ損なったウインナーを加えた。


「それにしても、日堂先輩の事もそうだが庇ったお前もなかなか噂になってるぞ」


「礼、箸で指すな。で、何が噂になってるんだ?」


 礼は思い出したように俺を箸で指しながら、俺が噂になってると言う。


 注意しつつも、何の噂か気になり聞き返した。


「いや、蒼ちゃんが妹を守る為に身を呈して庇ったシスコンお兄ちゃんとして噂になってる」


「……なんなんだその不名誉な称号は」


「まあ、こっちは真実だから特に気にしてはないんだけどな」


「身を呈して庇った事だよな」


「それとシスコンなとこ」


 どうやら、礼は俺がシスコンだと思ってるようだ。違うからな。ちょっと心配性なだけだから。


 シスコンっていうのは今の演技メールみたいに必要以上に妹といようとする行為の事だから。


「礼、勘違いしてるのかはわからないけど、俺は断じてシスコンではない」


「泥棒をした犯人は自分が犯人ですとは言わない。それと一緒。シスコンはシスコンと言わないのさ」


「待て、俺を犯罪者と同義のように説明するのはやめろ」


 礼は俺をシスコンと言い切り、俺は訂正を要求する。だが、礼はニヤニヤして俺がシスコンと思い込んでいるようだ。


 やれやれ。まあ、平行線でも仕方ない。シスコンだと思い込ませる演技をしているような俺だ。礼もまた騙された一人なのだろう。


 今の俺は世を偲ぶ仮のシスコン。


 なんて事を考えてると、ラインの通知音が鳴った。先程の返信だろうか。


 俺はスマホからラインのトーク画面を開くと、翠ではなく春野からの通知が来ていた。


 え、なんで春野? 珍しい、何かあったのか?


【皆野さん、翠ちゃんになんかしたっすか? なんかラインを見てから皆野さんがキモいって言ってニコニコしてて。翠ちゃんの方がキモいんっすけど】


 ……さっきのラインは笑える程キモかったんだろうか。


 春野からの文章から察するに、俺から届いたラインを見てから翠は笑い出してるようだ。


 流石にシスコン感を出しすぎたかもしれない。世を偲ぶ仮のシスコンどころか偲べてなかったわ。


【俺がライン送ったからだと思う。嬉しくなっちゃったんじゃないか?】


 まあ、俺の送った文章を送るわけにもいかないので、適当に誤魔化すための返信を送っておく。


 流石に正直に送ったら気持ち悪いっすと言われてしまうのは火を見るよりも明らかだからな。


 春野はすぐに既読をつけて、すぐに返信を送り返してきた。


【シスコンっすね】


 おいおい、春野お前もか。


 どうやら翠だけでなく、礼も春野も俺をシスコンだと思い込んでしまっているらしい。


 俺の演技もここまで来たか。みんなにシスコンと思わせる自分の演技力に脱帽しながら、うるせえ。と一言送り返した。

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