第15話 アプリの理由

 慌ただしい登校の時間が終わって(主におばさんのせいで)、教室にようやく着いた。真澄はどうだったのだろう、と思ったら、早速


『こっちは間におうたよ。コウは大丈夫やった?』


 とのメッセージが。


『こっちも大丈夫』


 とだけ返す。一度遅刻したところで、そんなに罰則はないんだけど、生徒手帳に☆が記入されるあの時間は地味に嫌だ。


 そんなことを思っていると、担任の久保田(くぼた)先生が入ってくる。壮年の、やや小太り気味の男性で、何故かいつもピンクの服を着ていることが生徒の間でネタにされている。担当は数学なのだけど、元々大学で数学を専攻していたらしい。そのせいか、授業は細かいところまで疑問に答えてくれて、わかりやすいという評判だ。


「皆、静粛に!」


 久保田先生の一喝だけで、がやがやしていた生徒たちがあっという間に静まり返る。長年、うちで働いているだけらしいのだけど、メリハリがあるというか。


「今日の連絡だが……」


 久保田先生は、淡々と、事務連絡を済ませて教室を退出していく。


 一限目は化学だ。皆習っただろう(?)、元素記号を使う例のやつだ。今は、原子と電子についての授業だ。教室での講義は退屈だけど、実際に物質を化学反応させて、他の物質を作るところは結構楽しい。


「そういえば……」


 ふと思い出したことがあった。


『真澄はさ、今もLI〇E使ってないの?』


 中学に進むときに交換したのはSKY〇EのIDだった。確か、スタンプとかが好きじゃないという理由だったと思う。ただ、同じ中学高校の友達との会話にはLI〇Eを使うし、真澄のところも同じじゃないのだろうか。僕も、真澄以外とメッセージをするときはLI〇Eだし。


『ん?使っとるよ?』


 そんなメッセージが返って来た。


『やっぱり、他の友達同士だと、LI〇Eは要るよね』

『そやね。皆、普通につこうとるし』


 そうだろうなあ。


『僕とはSKY〇Eだけど、他の友達と連絡先交換するときは、ややこしいよね』


 SKY〇Eは、どちらかというと、大人向けのツールらしくて、僕らと同い年の人間が使っているのをあまり見かけたことはない。以前に検索してみたら、海外で使っている人は結構居るらしいのだけど。


『そのことなんやけど…………』


 やけに長考を示す文字が続いている。言ってもいいけど、言いづらい。そんな感じだろうか。


『何かあるの?』


 せっかくなので、聞いてみることにした。


『SKY〇EのIDを交換したときのこと、覚えとる?』


 確か、卒業式の日だったっけ。これから、違う中学に進むから、いつでも連絡できるようにってことで、SKY〇EのIDを作って交換したのだった。


『覚えてるよ。LI〇Eはスタンプとかが苦手だって言ってたっけ』


 確かそんな感じだった、と思いつつ返事をする。


『実はな。SKY〇Eにしたのは、ちょっとちゃう理由やねん。もちろん、スタンプとかが苦手ってのもあるんやけど……』


 それは初耳だ。ああいう形のやり取りが好きじゃないのは知っていたから、それだけかとばかり。


『それで、本当の理由は?』


 あえて違うアプリにしたのは何故なんだろう?


『SKY〇Eにしとけば、コウからのメッセージだってすぐわかるやん』


 え?なんだか、凄い理由が飛び出して来たんだけど。


『それって、通知のこと?』


 スマホのLI〇Eアプリは、グループも含めて、色々な通知が飛び交う。あまりに通知が多すぎるので、通知を切ったりする友達もいる。


『そや。せっかく、コウからメッセージが来てても、見逃したら嫌やし……』


 なんていうか、とても嬉しい理由だ。


『そうか。それは、本当に、ありがとう』


 当時は、真澄の言った理由に納得してしまったけど、そんな気持ちが裏にあったとは。つくづく、気持ちの示し方が遠回りだなあ。


 そんな、ちょっとした真実を知ることが出来た朝だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る