第13話 夜空と想い出
真澄を送って帰ったその夜。
僕は自分の部屋の窓辺に一人佇んでいた。
「真澄のことならなんでもわかる、なんて思ってはいないけど……」
幼馴染だから、何でもわかる。そんなことはきっとない。
でも、真澄の彼氏としては少し情けない。
窓から空を見上げると、半月が夜空を照らしている。
そういえば……
ふと、昔の出来事を思い返す。
――
それは確か、昔、真澄が家に遊びに来た時だった。
ちょうどその時も、半月で。
「コウはあれ、何に見えるん?」
真澄はそんな事を聞いてきたのだった。
思えば、大した意味はなかったのだろう。
僕は、なんとなく
「お菓子かな」
そう返した。
「お菓子?なんで?」
それはそうだろう。半月とお菓子を結び付けるなんて
発想はそうは出てこない。
「鎌倉半月っていうのがあるんだ。関東のお菓子なんだ」
今思い出しても、なんで、半月と鎌倉半月を結び付けたのかわからない。
単に、知識をひけらかしたかっただけのような気もする。
そんな僕の答えに対して、真澄は。
「ほえー。関東にはそんなお菓子があるんやね」
ただ、なんとなく新鮮そうに返していたのが印象的だった。
思えば、大阪出身の真澄にとってみれば、「関東のお菓子」というのが
なんとなく新鮮だったのかもしれない。
――
特にたわいもない想い出。
そんなことを思い返していると、ふと、着信音が鳴っているのに気づいた。
かけた相手を確認すると『真澄』と表示されている。
こんな夜遅くにどうしたんだろう。
『こんばんは』
スマホを取ると、そんな挨拶が聞こえてきた。
『こんな夜遅くにどうしたの?』
『コウが窓辺に居るのを見かけて、なんとなく、や』
見ると、道路を挟んで向かいの部屋から、真澄が手を振っているのが見える。
僕たちの家は、隣同士の部屋じゃないから、窓から出入りしたりすることはできない。
ただ、窓は向かい合っているので、お互いが窓辺に出ていれば、遠目に相手の姿を見ることもできる。
『真澄も空を見ていたの?』
こちらからでは、真澄の表情を読み取ることはできないけど、夜空を見ている気がした。
『なんとなく懐かしうなってな』
そういえば、昔は、二人で夜空を見上げることがよくあったのを思い出す。
『そうだね』
『……』
しばらく、お互いに無言で、ただ空を眺めていた。
『そういえば。コウが半月のこと、なんていうたか覚えてる?』
少しどきっとした。それはまさに、今、僕が考えていたことだからだ。
『鎌倉半月』
『よう覚えとるやん』
『そっちもね』
今思うと、特に意味もない答えだったけど。
『うちはな』
『ん?』
『あの答え、ちょっと面白かったんよ』
こじつけでしかないと思うんだけど。
『なんで?』
『ウチにとっては、半月は半月ってだけやったし』
『小学校低学年でその割り切りはどうかと思うよ』
ただ、真澄は、昔から早熟、というか、あんまりロマンチックな物の見方をしていなかった気がする。
『うちはな。割れた煎餅、とか。真っ二つになったお餅、とか、そんなのしか思い浮かばんかったんよ』
『半月から、それを連想できる真澄もたいがいだと思うよ』
あのとき、真澄から答えを聞いたことはなかったけど、そんなわけのわからないことを考えていたんだ……。
『でな。そんなところに、「鎌倉半月」なんていう初めて聞いた言葉が出てきたから、驚いたんよ』
『それで、あんな反応だったのか』
今思えば、お互い、ずれたことを考えていたことがわかって、少し頭が痛くなる。
『……』
『……』
しばし、お互い無言になる。
『コウはさ。何考えとったん?』
『いや。真澄のこと、まだ全然わかってなかったんだなって。そう思っただけ』
嘘をついても仕方がないので正直に答える。
『そんなん、気にせんでもええのに』
『僕が気にするんだよ』
真澄が気にしてないのに、そう言っても仕方ないだろうけど。
『コウもややこしいこと考えとるなあ』
『その辺はお互い様だと思うよ』
『そうかもしれんわ』
少し、笑ったような声でそう言う真澄。
『今やから言うけどな』
『ん』
真澄の声が真剣になった気がする。
『コウにはずっと助けられてたんよ。昔から』
『昔から?』
小学校の思い出を掘り返しても、そんなに感謝される程のことをした覚えはないんだけど。
『関西弁ってな』
『ん?』
『関西弁ってな。関東やと、かわってみえるやん』
まあ、それはそうだけど。
『別に、今時、関西弁をしゃべる関東の人は珍しくないと思うけど』
『子どもの頃はな、関西弁のせいでいっぱいからかわれたんよ。覚えとらん?』
朧気な記憶を引っ張り出してみると、確かに、関西弁をしゃべる真澄がよくからかわれていた気がする。
『言われてみれば』
『やろ?ウチとしては、普通にしゃべっているだけやのに、なんでからかわれるかもわからんかったけど』
『子どもだとそうだろうなあ』
関西弁に限らず、方言をしゃべる奴はよくからかいの餌食になってた気がする。
『でな。今も、うちが関西弁を使っていられるのは、コウのおかげなんやで』
『僕の?何かしたっけ』
ひょっとしたら、からかわれている真澄をかばうくらいはしたかもしれないけど。
『そこら辺は秘密や』
クスクス笑う声が聞こえてくる。
『はぐらかされると、ちょっとモヤっと来るんだけど』
ほんとに、何かしたっけ?
『別に、覚えとらんくても、そこは重要やないからええんよ』
『あ、ああ』
なら、何でその話を持ち出したのだろう。
『言いたかったのは、ウチはコウに昔から助けられてる。それだけや。だから、そんな小さいことで悩まんといて』
『まわりくどいなあ』
まあ、それだけ言われても納得がいかなかったかもしれないけど。
『でもまあ、ありがとう。気が楽になったよ』
『それならよかったわ』
なんていうか、真澄はやっぱり不器用だ。
『それで、要件はそれだけ?』
『いや、その、な』
ここまで来て、何故か戸惑っているけど、何故だろう。
『ウチはコウのこと大好きやからな。今も昔も。それだけや』
『あ、ありがとう』
僕たちはもうとっくに恋人なのに。好意を伝えるためだけに、周りくどくて、少し笑ってしまった。
『ほな。おやすみ。早く寝るんやで』
『もうかなり遅いけど。お休み』
そうして、電話を切った。
向いをのぞくと、真澄もカーテンを閉めて、部屋に戻ったようだった。
それにしても、不思議と胸のつかえがとれた気がして、清々しい気分だ。
「真澄には感謝、かな」
今日はぐっすりと眠れそうだ。
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