第19話 顔が赤いのは風邪のせいだから

 王都リンドルの商業区域が立ち並ぶ中心街から少し外れた住宅街。そこにロザリーの家はある。


 この美しい歴史ある街並みはとても美しい景観でただの住宅街と侮ることはできない。ここの住宅街も観光名所として有名で、この美しい街並みを題材にした絵画もあるほどだ。


 それだけ、ここの物件も相当人気なようで地価がとんでもないことになっているらしい。ロザリーはその地区に一人で住んでいるというのか。やっぱり騎士団の団長ともなるとそれなりに貰えるものは貰っているんだろうな。


 僕とロザリーは旧知の仲だ。彼女のことはよく知っている。母親は幼い頃に亡くなったこと。父親は彼女がまだ剣を握り始めた頃にスライムに溶かされて殺されたこと。それ以来ずっと一人で生きてきた。


 ロザリーはあんまり親の愛情というものに触れたことがないのだろう。その愛情欲求の不足が今の甘え性癖に繋がっているのだろう。


 ロザリーの家の前についた。彼女が住んでいるアパートの一室の前でドアをノックする。


 しばらくすると髪がボサボサのロザリーが現れた。


「うぅ……ラインきゅん。一人で心細かったよー」


 ロザリーは今にも泣きそうな感じだった。そうか、風邪で弱っているところにずっと一人だったから精神的に参っていたのだろう。僕は彼女をそっと抱きしめた。


「ラ、ラインきゅん!? ダ、ダメだよ。風邪がうつっちゃうよ……嬉しいけどさあ……」


「ああ、ごめん。思わず抱きしめたくなってね」


 ロザリーは顔を真っ赤にしている。熱が上がってしまったのだろうか。


「ロザリー。夕食はもう食べたかい?」


「まだ……」


「よし、それじゃあ僕が栄養のつくものを作ってあげる」


「うん。ありがとー」


 ロザリーは部屋の中に僕を案内してくれた。キッチンとトイレとお風呂と寝室くらいしかない狭苦しい部屋だ。これでもこの区域の地価を考えると家賃が凄まじいんだろうな。


「ロザリー。ちょっと待っててね」


「うん」


 僕はロザリー宅のキッチンを借りて簡単に栄養がつくものを作ろうとした。鍋の中に牛乳、砂糖、卵、ノンアルコールのカクテルを入れてかき混ぜて温める。コップの中に注ぎ、細かく砕いたシナモンを入れて完成だ。


「ほら、ロザリー。これでも飲んで温まりな」


 僕は特性のドリンクをロザリーに振る舞った。ロザリーはそれを眺めてため息をついた。


「どうしたの?」


「口移しで飲ませてくれないのか?」


 僕はその言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。あの宴会での記憶が蘇る。あれは一時の気の迷いだ。早く忘れたいのに。


「ふふふ。冗談だ。流石に風邪をひいている私とキスなんかしたくないだろう?」


「冗談が過ぎるぞロザリー」


 確かに風邪をひいているロザリーとキスをするのは衛生的にも良くない。ただ、冗談も言えるほどに回復してくれているのは良かった。


「私がため息をついたのはアレだ。その……前にも言ったが、私は猫舌なんだ……」


「あ、そうか。ごめん。忘れてた」


「ははは。いいさ。冷めるまで待つよ。その間適当に話でもしよう」


 僕は痛恨のミスをしてしまった。ロザリーの猫舌のことをすっかり忘れていたなんて。でも過ぎたことを悔いても仕方ない。今は彼女との会話を楽しもう。


「あのさ……ロザリーはさ、戦場で恋にうつつを抜かす奴から死んでいくジンクスって信じているかい?」


 僕は昼間キャロルと会話した内容を何気なくロザリーに訊いてみた。


「ああ。騎士にとっては大切なことだ。戦場はいつ死ぬかわからない世界。藁にもすがる思いでジンクスに頼るのはそんなに変な話か」


「だよなー。普通信じるよなー。信じるしかないよなー」


 僕は自分の考えが間違っていなかったことを再確認した。


「ま、まさか! ライン好きな人でも出来たのか?」


 ロザリーの顔が青ざめる。その瞬間、彼女が僕に抱き着いてきた。


「やだよー。ラインきゅん死なないでよー。ラインきゅんにまで死なれたらロザリーどうしたらいいの……」


 人を好きになっただけで勝手に殺さないで欲しい。いや、別に好きな人は出来ていないんだけどね。


「いや、今日はキャロルとそういう話になってね。キャロルはジンクスとか信じないタチなんだってさ」


 その言葉を聞いて安心したのかロザリーは僕から離れて落ち着いた。


「まあ、信じる信じないは個人の自由だからな。私も団として恋愛を禁止にするわけにはいかない。人を好きになるのを止めることなんて誰にも出来やしないから」


 そう言うとロザリーは冷めたドリンクを一口飲んだ。


「でも、ラインは誰かを好きになっちゃいけないからな! 絶対に生きるんだぞ! わかったな!」


「あーはいはい。僕はロザリーより先に死ぬつもりはないさ」


「そうか……それなら良かった」


 夕日もすっかり沈んでもう夜になった。僕もそろそろ帰らないといけないかな。男とはいえ夜道は危険だ。


「ライン……行っちゃうのか?」


 ロザリーが寂し気な視線を僕に送った。


「うん。あんまり遅くなると危ないからね」


 立ち上がろうとする僕の服の裾をロザリーが掴んだ。


「ダメ……一緒にいて……今日はなんだかとっても心細いの……」


 さっきまで気丈に振る舞っていたロザリーはやはり無理をしていたのだろう。


「……わかった。どこにもいかないよ」


「うん。今晩は泊まっててもいいから傍にいて……」


 こうして、ロザリーの家に僕は泊まることになってしまった。

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