8・似て非なる二人
魔王殿内部に難なく侵入できてしまった三人の勇者は、中枢部だと目される中央の古城を目指していた。
サリシュタールが古城に奇妙な結界が張られているのを探知したからなのだが、その結界は微弱で、大砲などの通常の攻撃でも破るのが可能なほど脆弱な物だ。
その結界がどのような意味で形成されているのか不明だが、手がかりがない以上そこへ向かうしかなかった。
周囲一体は石材と木材を組み合わせて建造された住宅の類らしいが、管理や手入れはされておらず荒れ果てている。
その様子に旅の途中で見かけた遺跡を思い出し、考古学者ならば昔の人々の生活と、戦いの光景を見ただろう。
街の中央部にある、小高い丘の上に建造されている城は、おそらく魔物が現れる前は王城だったのだろう。
魔物が出現する以前の城主がどんな人物だったのか、現在となっては知る由もない。
しかし本当に魔王はあの城にいるのだろうか。
そんな疑念が浮かばずにはいられない。
魔物が現れないのがその根源に位置する理由だ。
魔物が大勢で襲撃を仕掛けてくるのが当然であり、なにもないというほうが不自然で、逆に不安になってくる。
結界も誘き寄せるための餌に思え、罠に陥っているような気がしてならない。
三人の足音が石畳の舗装路に響く。
「なんか本当になにも出てこないな」
ゴードは不安からというより、退屈さから呟いた。
「動いている」
アルディアスの応答は関連性を欠いていた。
「なにが?」
尋ねながらゴードは周囲を見渡した。
特になにかが動いたものは確認できない。
「空だよ」
「空?」
見上げると雲が風に流されている。
ゴードは思わず知らず、アルディアスと同じ言葉を呟いた。
「動いている」
魔王殿周辺は魔王の結界によって天候が一定に保たれ、魔王殿中心は常に薄曇、山脈から海域にかけては暴雨風雪。
そうして外界から断絶され、大軍の侵入を防いでいた。
その固定されているはずの天候が変化し始めていた。
これがなにを示唆しているか、ゴードには一つしか想像がつかなかった。
「儀式を始める気なのか?」
「分からん。だが魔物が現れないことも考えると、状況は我々の予想を大きく逸脱しているのかもしれん」
サリシュタールは足を止め探知範囲を最大限に上げた。
魔物の動向が読み取れないこともあるが、最前の波動の正体も不明だ。
しかし相変わらず古城の結界以外なにも探知できない。
探知不能にする魔術的な迷彩をかけているのか、本当になにもいないのか。
どちらにせよ、事前に立てておいた作戦は破棄したほうが良さそうだ。
「ダメね。なにもいないわ。魔物の記憶を検索して、マリアンヌ様の位置を特定するのは、無理かもしれないわ」
「なぜだ? まだ魔物と遭遇してもいないというのに」
アルディアスの抗議にサリシュタールは逆説的な答えを返す。
「魔物と遭遇しなければ、脳が手に入らない。脳がなければ記憶検索ができないでしょう」
「単純な理由だな」
ゴードは納得する。
単純な答えを彼は常に好む。
複雑な答えなど、ただの屁理屈だ。
「そうか。ところで、先ほどの光の戦士の波動はなんだったのか、正体は掴めそうか」
アルディアスの質問に彼女は首を振る。
魔物にはあの波動を放出するものはいない。
あれは光の戦士特有のものだ。
ならば味方である可能性は高いだろうと、期待しているのかもしれない。
「サッパリ。あれから全然探知できなくなった。それにしても私たち以外の光の戦士が存在していたなんて、予想してなかったわね」
知らずに彼女は嘘をついていた。
一人だけ彼女は自分たち以外の光の戦士を知っている。
しかしその人物はアルディアスとゴードの二人と出会う遥か以前に亡くなっているので、考えに出てこなかった。
「それより気になるのは、あの出現方法だけど」
「気になるとは?」
「自分の居場所を宣伝するような強烈な波動を、魔王殿の中で発生させるなんて、どういう意図があるんだと思う。あんなことをすれば、魔物に総攻撃をかけられかねない。正気の人間なら避けるはずよ」
実際自分たちは魔王殿に接近した時からその力を抑えて、波動を彼らに探知されないようにしていた。
効果のほどは期待していなかったが。
「魔物への宣戦布告。もしくは事故。魔物を惑わすための罠……」
幾つかの可能性を並べる聖騎士に、狩人は単純な考えを述べる。
「なにも考えてないだけじゃないのか?」
「有り得ない話じゃないわね。でも一番違うと思う」
賛成したかと思うと、魔術師は即座に否定した。
「じゃあ、なんだよ?」
「焦るな、ゴード。情報が不足している段階で、予断を下すのは早々というものだ」
「そうでもないわ。今の状況から得られる情報を分析すれば、ある一つの可能性が見えてくる」
艶美な魔術師は講義を始める。
二人は時々思うのだが、彼女が男子生徒の教師になると、生徒は若気にありがちな妄想で勉強に身が入らないのではないかと思う。
ちなみにアルディアスは所帯持ちの愛妻家で、ゴードは彼女が基本的にタイプではないので、魅力に惑わされることはなかった。
「一つ、魔物の姿が全く見られない。
二つ、先程の波動は私たちの誰よりも強力だった。
三つ、古城を結界が覆っている。
そして、波動を発生させた存在は魔物と敵対していると仮定する。
波動を発生させた誰かは、魔王殿の全ての魔物を余裕で殲滅することが可能な力を持っていて、だから自分の存在を隠すことをしなかった。そして魔物はその存在を恐れて古城の中に隠れている。あの結界は防御というより、隠蔽する種類のものだと思うの。この考えはどうかしら」
ゴードは答えた。
「深読みしすぎじゃないか」
アルディアスは答えた。
「簡単に考えすぎではないか」
同時に答えた二人は、互いの顔を複雑な顔で見合わせた。
サリシュタールは可笑しくなってしまった。
この二人は本当に正反対の性格をしている。
ゴードは自己主張が強いのに、自分を特別な存在だと考えていない。
彼の育った環境の問題だろうが、自分を含めて全ては自然の一部なのだと捉えている。
どんなに自分の存在を誇示しようとも、世界そのものから見れば小さな砂粒に等しいのだ。
光の戦士の力もまた、数多の力の微量な一部という程度に受け止め、しかしそれを軽んじるわけでもなく活用してきた。
アルディアスは禁欲的で慎ましく自分を表に出そうとしないにもかかわらず、自分を特別な存在だと考えている。
広大な世界の中で、自分という存在が誕生したことはある種の奇跡に等しい。
どんなに自分が小さな存在であっても、けして軽んじられるべき者ではないのだ。
光の戦士の力もまた、同じように様々な要因が入り組んで構築され、その結果誕生した、神の御業による特別な力なのだ。
それを大切にしつつも出し惜しみすることなく活用してきた。
二人は考え方も思想もまるで違うのに、結局、同じ生き方をしているような気がする。
だからこそ、一時は断絶にも等しい確執が生じた。
自分と同じだと感じたのに、お互いを理解し合えると期待していたのに、それが間違いだと気付いた時、それは容易く嫌悪に変わってしまう。
それを防ぐ手段は唯一つ。
お互いの交流を断ち切ることだけだった。
もう過去の話だ。懐かしくさえ思う。
「まあ、結論を急いでも仕方がないわね。とにかく先へ進みましょう」
闇の中で言葉が交わされる。
闇というには膨大な光量が満ち溢れている。
しかしそれは闇なのだ。
その中で、それらは意思を通じ合わせる。
交流は常に断絶にも等しい隔たりがあったが、現在だけは共通した感情を感じていた。
「アレだ!」
「アレだ!!」
「アレが来た!」
「間に合わなかった」
「ゲオルギウスは?」
「消えたわ」
「彼女も消えた」
「なぜ?」
「不明だ」
「彼らも来た!」
「彼らは問題ない。彼らは自分たちの力の正体を理解していない」
「だがアレは知っている」
「アレが力を与えたのだ。アレは全てを知っている」
「アレと彼らが接触するとどうなる?」
「彼らは知ることになる」
「知れば、脅威は増大する」
「それだけは避けなければならない」
「防がなければならない」
「戦力を投入し、時間を稼ごう」
「それはアレに地点を捕捉されてしまう」
「だが他に方法はないだろう」
「彼らを止めている間に特異点を変更する」
「可能か?」
「ゲオルギウスがいないため、成否は断定できない」
「しかしアレとの接触だけは避けなければ」
「ゲオルギウスはどうする?」
「探す」
「彼女は?」
「探す」
「間に合うか?」
「不確定だ」
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