5-4

 断続的に現れる魔物を排除しながら、荒川までやってきた。

新たに追加された3点バーストは非常に使いやすい。

これは一度の射撃で3発の魔弾丸マジックバレットを撃ち出すモードだ。

威力も上がったせいか、急所にピンポイントで当たらなくても敵を行動不能にできている。

まるでゲームのようで次のレベルアップも楽しみだ。

ただ、ゲームと違うのは魔物を倒してもお金を得ることができないところだ。

乗り捨てられた自動車の中から小銭を拾って稼いでいるところが、我ながらいじましい。

あ、50円玉みっけ!

いつものようにレジをぶっ壊すのもいいのだが、今は木更津に行くことを優先に考えている。



 たどり着いた荒川の河川敷は広かった。

昔は暴れ川だったから、今も氾濫しないように広いスペースが取られているのだろう。

遮蔽物がないせいで風が強くて砂ぼこりが舞っている。


 荒川を目にするまでは歩いて渡河できないかなぁなんて、かなりのんびりとしたことを考えていた。

だけど実際の川を目の当たりにすると、そんな甘い考えは吹き飛んでしまう。

どうしようね、これ?

俺みたいな素人じゃ、ボートでだって危ない気がする。

せめてエンジンのついたものが欲しいよな。

迂回して残っている橋を探すしかないかもしれないが、どれくらいの時間がかかるのだろう。

エルナは魔法で空を飛べるかな? 

飛べたとして俺を持ち上げられる? 

いよいよダイエットの必要が現実味を帯びてきた……。


 呆然としてしまったので「タケノコの村」を食べて心を落ち着けた。

甘いものは脳に力を与えてくれるからね。

あっ、ダイエットのことをもう忘れてた。

これだから太るのだろう……。


 やっぱり、亀戸中央公園コミュまで行って、ボートを貸してもらうのが一番手っ取り早いかな? 

石田君たちにいろいろ上げてしまったから、手土産になりそうなものはライター1つと、缶詰2個、麦茶のペットボトルが1本に、それから食べかけのタケノコの村だけだ……。

これでボートを貸してもらえるだろうか? 

タケノコの村を食べるんじゃなかったな……。

半分以上食べちゃったよ。

交渉材料は乏しいけど、まずは当たって砕けろだ。



 亀戸中央公園コミュニティーの住人は公園横のとある会社の社屋に住んでいた。

コミュニティーの敷地を囲むように廃車が砦みたいに積まれている。

どこから入ったらいいんだろうと思案していたら、頭上から声をかけられた。


「そこで、止まれ! ここに何の用だ!」


 コミュニティーの出迎えはどこでも同じようなものなのか? 

高円寺でもこんな対応を受けた気がする。


「自分は旅の者です。こちらにモーターボートがあると聞いてやってきました。荒川を渡りたいので乗せていただくことはできませんか?」


 ダメもとで聞いてみる。

ここではガソリンだって貴重だろう。

そうやすやすとこちらの希望が通るとは思っていない。

でも、条件が折り合うなら一度向こうの世界へ戻って物資を取ってくる覚悟はある。

あまり重いものは大変なのだが……。


「モーターボートだぁ? お前、正気か?」

「多少の交渉材料は持ってきました。責任者に取り次いでください」


 黄門様の印籠みたいにタケノコの村と缶詰を掲げた。

タケノコの村は半分食べちゃってるけど。


「缶詰か! それにお菓子も! 俺は根っからのタケノコ派なんだ。他にもあるのか?」

「ペットボトルの飲み物とライターなら」

「おお! わかった、入り口はこの向こうだ。リーダーを呼んでくるから少し待っててくれ」


 何とか第一段階はクリアだな。

でも、これだけの品物じゃボートには乗せてくれないかもしれない。

どういう風に話を持って行こうかな。

指定された方向へテクテク歩きながら考えを巡らせた。



 入り口で待たされていると、中肉中背の男が部下を引き連れてやってきた。

年齢は俺と同じで30代の前半くらいのようだ。


「ボートを使わせてほしいだと?」


 男は挨拶もなしに切り出してきた。

コイツが結城真だろう。


「そうなんです」

「見返りは?」


 俺はありったけの物資を出した。

食べかけのタケノコの村は出さなかった。

怒らせそうなんだもん。


 結城は少しだけ表情を和らげて物資を確認している。


「悪くはねえ……。こいつはあいさつ代わりに受け取っておこう」

「じゃあ、ボートは……」

「だからあいさつ代わりだ。乗せてほしかったらもっとたくさんの物資を持ってくることだな」


 なんて奴だろうね。

やらずぶったくりってやつかい? 

本当は交渉するのも嫌なんだけど、背に腹は代えられない。


「具体的に何が必要なんだ?」


 俺の質問に結城はピクリと反応した?


「どういう意味だ?」

「なるべく具体的に言ってほしいのさ。ガソリンなら何リットルか、缶詰なら何個なのかをね」


 眼光鋭く睨まれると結構ビビッてしまうが、どうせ死んでも向こうに戻るだけだ。

そう考えたらリラックスできた。


「用意する自信があるのか?」

「わからないけど、どうしても荒川を渡りたいんでね」


 結城はボリボリと顎を掻いた。


「いいだろう。缶詰なら100個。ガソリンなら20リットルは用意してもらおう」

「わかった」

「その自信から見て、お前のスキルは探索系か?」

「まあね。『嗅覚』ってスキルだ」


 相手を油断させるために嘘をついておいた。

こうしておけば俺の物資にも説明はつく。


「ほう。道理で太った体をしてやがる。まあ、せいぜい励んでくれや。それから……」


 急にあり得ない方角から殴られた。

目の前にいたはずの結城が、いつの間にか俺の真横にいる。

殴られている最中でも目の前にいたはずだぞ。

これが「残影」のスキルか?


「俺と話すときは敬語を使え。わかったな?」


 今は言うことを聞いておいてやるさ。

荒川を渡りきるまではな……。


「わかりました」

「それでいい」


 結城は満足そうに背中を向けた。

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