過去に郵便物を届ける配達人
長月瓦礫
過去に郵便物を届ける配達人
みなさん、こんにちは。
私はライラック・フローレンスと申します。
ライラとお呼びください。
さて、私たちは郵便配達の仕事をしております。
郵便配達というと、手紙や荷物を届ける仕事というイメージがあると思います。
私たちと、あえて複数で表現したのにも理由があります。
郵便配達員は私だけではないからです。他の仲間たちと一緒に長い旅に出るのです。
私たちは『過去』の『魔界』を担当しています。
私たちは時空を超える扉を使って、『過去』へ郵便物を届けているのです。
かつて、魔界と呼ばれていたその世界は、人間たちの住む平和な世界へと姿を変え
誰もが忙しく生活しています。
そんなことを知っている人は、私たちの他に誰もいません。
世界がたくさんの不思議で満ち溢れていた時代に、手紙を届けるのです。
そんなことを言っても、信じられないかもしれませんね。
未知のものなんて何もないように思えるのが、この世界であり、この時代です。
この世界で生きている人々には、分かりづらいかもしれません。
だって、王様はいても、勇者なんて英雄はいません。
新たな科学技術は見つかっても、魔法は未だに見つからないし、大空をかける雄大なドラゴンもいなければ、海を泳ぐ美しい人魚もいません。
そんな世界のどこに、魔界なんてあったんだろう?
そう言いたくなるかもしれません。
それでは、こう考えてみてはいかがでしょう。
まだ、人類の手によって切り開かれていない、未知の世界。
誰にも明かされていない、神秘の世界。
それが『魔界』であると。
かつて、その世界は犯罪者の巣窟と言われていました。
あちらこちらから追われてきた悪党が集まり、『群れ』を成していました。
そう、『群れ』としか言いようがありません。
秩序なんて正しさもなく、契約という信頼もなければ、希望という名の未来もありませんでした。好き勝手に自由にやりたい放題、生きていたのでした。
ある日、彼ら以上の力を持った『悪魔』と呼ばれるバケモノたちが姿を現しました。
悪党たちは『悪魔』の手によって、一掃されてしまいした。
綺麗さっぱり、何もなくなってしまったのです。
彼らはこの場所を『魔界』という名前に変え、人々を支配し始めました。
生活しやすいようにルールを創って、生産しやすいようにシステムを造って、生育しやすいようにモラルを作りました。
彼らはシンプルに、真面目に国を創ろうとしていたのです。
他の国以上に、純粋に人々のことを考えていたかもしれません。
そこに住む人間たちは、外の世界から迫害され、逃げてきた人々ばかりでした。
追われてきた人々は自然と、彼らを信仰するようになったのは言うまでもありません。彼らを英雄と呼び、人々は慕っていました
もちろん、他の国からも忌み嫌われ、邪神信仰と呼ばれていたのも確かです。
国を挙げて彼らを討ち取ろうとしたのも、また事実です。
それでも、そこに逃げた人たちが安心できる場所となったのです。
安らかに眠れるゆりかごとなり、墓場となりました。
今日、私はこの名もなき手紙を片手に、その世界にやってきました。
これが誰に向けて書かれているのかは分かりません。
魔界にいる誰か、としか言いようがありません。
あて名を知っているのは、時空の扉だけです。
扉を越えた先に、届ける人がいるのです。
もちろん、手紙の内容を見るなんて、もってのほかです。
郵便配達員にとって、最大のタブーです。
これは、誰かに伝えたい思いがたくさん込められた、大切な手紙です。
届けるべき人がもういなくても、その思いが無駄になってはなりません。
私は青い便箋を片手に、扉をくぐりました。
その先に、じょうろを片手に、花壇に水を上げている男の人がいました。
チューリップやマリーゴールドなど、色とりどりの花を植えていたようでした。
腰まで伸ばされた長い金髪、同じ色の瞳が大きく見開かれていました。
彼が着ている真っ黒なスーツは、何か悲しい意味を持っているように思えました。
「君、どこから出てきたの?」
時空の扉は私たち以外には見えません。
何もないところから、突然私が現れたように思えたのでしょう。
「郵便屋です。貴方に手紙を届けに来ました」
「なんだ、ポストに入れてくれればよかったのに」
少し驚きながらも、彼はじょうろを足元に置きました。
私の手から青い手紙を受け取ると、彼は微笑みかけました。
「ありがとう。後で読ませてもらうね」
その人はとても綺麗な笑顔を浮かべる人でした。
彼の名前を知ることはないけれど、名もなき手紙は無事に届けられました。
届けたい思いと言葉がある限り、私はここにいます。
だから、心からの言葉とありったけの思いを手紙に込めてください。
きっと、誰かに伝わり道は繋がるはずだから。
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