全てはお客様のために

俺は証券マン

営業復帰

雨がしんしんと降り注ぐ午前中のこと、硬くて重いが少し乾いたような空気が山口を取り囲んでいる。


山口はいま裁判を受けている。生まれて初めての裁判だ。裁判といっても山口が何か悪いことをしたわけではない。


山口は大手証券会社に勤める2年目の社員である。昨年の新人時代、新人としては40年ぶりの株式買付記録を更新し、世界3万人の社員から最も注目される社員の1人であった。


年間新規開拓顧客数348件、株式買付金額865億円は新人の証券営業マンではありえないほど高い数字である。


当然新人賞を取り、社長から表彰をされ、本人も鼻高々になっているところ、最大大手客の三島食品に約100億円購入してもらったITコンサル会社テイカレントコンサルティングの粉飾決算が発表され、6000円の株価が300円になり、三島食品の三島秀夫社長に訴訟を起こされたという流れだ。


三島食品を開拓するために、山口は血の滲むような努力をした。毎朝会社の前を掃除して、帰宅前には同業他社のレポートを1日も欠かさずにポストに入れていた。その努力が認められ約100億円の資金運用を任されたが、運用担当者としてはまだ未熟であったため、新興企業に一点張りして大損をさせてしまったのである。投資の基本は「卵を一つのカゴに盛るな」、分散投資である。


さて、結局裁判は無罪に終わった。山口の勤める川村証券の法務担当者はそっと胸を撫で下ろし、逆に三島食品の社長夫人は1代で築き上げた会社の資産を20分の1にされてしまい、声にならない声を上げていた。山口はそっと目を伏せて法廷を後にしたのである。


山口は川村証券の総務部へ異動となった。通常であればこのような大きな問題を起こした社員は営業をクビになりフロントに戻ってくることはない。しかし、世紀の大記録を記録した山口はその2年後、東京支店にセールスとして復帰することになる。これからの話は復帰後約1ヶ月後の話である。

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