第29話 ヒヤヒヤする


 綾香さんは入社以来一度も無断遅刻した事が無いので、皆が事故にでもあったのかと心配する。いろんな人が連絡手段を取ったけど、そのどれにも既読も返信もつかない。


 もちろん僕にも。


 部署の仲間たちの中で、唯一僕だけが綾香さんの無断遅刻の理由を知っている。


 僕は仕事そっちのけで探しに行きたい……でも、当てがない。


 自分の実家かな。でも、住所は部屋に戻れば分かるだろうけど……どうしてるんだろう。


 社内でオープンに付き合ってる状態だったら、綾香さんが失踪する事態なんて無かったかもなんてタラレバだ。


 でも、付き合い始めてまだそんなに経っていないから不可抗力だ。いや、全てが不可抗力過ぎる。


「ねぇ、要くん、綾香さんの事分かる? 」


 と、「要くんは綾香さん推し」を期待して女の先輩たちが声をかけて来た。


「いくら何でも綾香さんのプライベートまで分からないです……」


「そうだよねぇ〜」


 心の底からションボリと。そして何故か、同情された僕のデスクにお菓子が手向たむけられた。僕は『死に体』か。


 内心、実はみんなにバレてるんじゃないかとドキドキした。バレていたとしたら僕が原因って事だってみんな思うよね? って、焦り始めた。


 一人の先輩が提案する。


「ねぇ、誰か綾香さんのマンションに行ってみる? もしかしたら具合悪くて動けないとか! 」


 えっ! それはマズい……いや、家の中を見られなきゃ大丈夫か。でも、ベランダ見られたら男が一緒に住んでるのがバレるよ!?


 いや、待て……防犯上って事でごまかせるか? そもそも男がいても僕だとバレなきゃ良いんだし。


 綾香さんの身を案じなきゃならないのに、バレるバレないなんて心配しなきゃならないって、本当にマヌケ!


「会社終わったら行ってみる? 」と、先輩たちに声をかけられて、「夕方までに考えときます」と、保留にさせてもらった。同じ最寄駅だから逃げられないかも。


 こんな時にどうしたら良いんだろうと思っていたら、井達さんからLIN□が来た。


「どうした? 綾香に逃げられたか? 」


 ——なんて情報が早いんだ!!


 まだ午前中始まったばかりなんだけど、みんなちゃんと仕事してるの???

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る