仕事始めは禍

 一月六日。今日から仕事だ。そして神崎も出発の準備完了。つまり今から除霊に向かうと言う事だ。俺も珍しく準備完了。つっても小奇麗な格好をしただけだが。

 何故なら仕事始めは年末にあった町内の不動産屋からの依頼だからだ。着替えだけすりゃいいと言うね。一応ノートパソコンとデジカメは持って行くようだが。

 あの入居者不在だったので取りやめになった案件だが、漸く入居者と連絡が付いたとの事で、今日向う事になった訳だ。

「仕事始めが町内からの依頼ってのもなかなか乙だな。つうか今まで連絡取れなかったのかよ?」

「なんでも入院していたそうよ。昨日退院したんですって。しかし気の毒な人よね。年末は仕事でお正月は入院なんてさ」

 確かに気の毒だな。つうかそのアパートの霊障じゃねーのか?

 その旨を聞くと首を横に振る。

「私もそれを疑ったけど、越して来てから部屋に居たのは一日も無いから。強力な悪霊だったら可能かもしれないけど、あのアパートの霊じゃそこまでの障りは起こせないわ。偶然ね」

 恐らくは事前調査で視たのだろう、対峙する霊のスペックを。それを照らし合わせて、偶然だと断言したか。じゃあ偶然だな。神崎が間違う筈もない。

 なんだっけな……確か……前の住人が『拾ってきた』霊だったっけ?なんで拾って来たかと言うと、心霊スポットに肝試しに行った時に憑いて来た。

 そこで自殺した若い女の霊。男に騙されて失意し死んだ、と言う事だ。

 生前の姿は、肩まで伸ばしたフワッとした髪。色白で血管まで見える透き通った肌。多少きつめだが、黒目が大きく見える少し細めの瞳。そしてその右目の下には控えめな泣き黒子。つまり結構な美人らしい。

 そんな美人が男に騙されて自殺とはよく解らんが、兎に角地縛霊となり、前の住人に憑いてきた。

 暫くして、おかしな現象に悩まされる事になった前の住人は、ビビって引っ越して幽霊が出ると不動産に鬼クレームして敷金礼金の全返却を要求。

 ゴタゴタになっている最中に新しい入居者が入ってしまい、御祓いするのを最近思い出した。

 と言う流れだったようだ。

「前の住人のゴタゴタは関係無いとして、除霊すんの?」

「話して悟らせて成仏……で行きたいと思っている」

 まあ、自殺とは言え可哀相ではあるから、それでもいいだろ。

 遠隔で会話も可能だが、その場所に行って話した方が伝わりやすい。なので超近場とは言え、出向くのも吝かじゃない。勿論出張費は出ないけども。

「そう言えば、年末の境内の警備、すんごい疲れていたようだけど、なんで?」

「今更それを聞くのか……もう6日だぞ?」

 あの後家に帰ってぶっ倒れたように寝入った訳だが、神崎は何があったのかすら聞いちゃ来ねえ。因みにご苦労さまも無かったぞ。あんな苦行をやったってのに酷過ぎるだろ。お前はキャンセルで早々に寝やがったようだけど。

「まあ……ぶちのめしたい馬鹿が居たが、ご近所、つうか町内の奴みたいだったから堪えて心労が嵩んだ、ってところか?」

「そうね。町内の人には優しく、穏便にね。これ以上怖がられたくないから」

 だから堪えたっつってんだろ。超我慢したぞ言っておくけど。普段の俺なら速攻でぶっ飛ばしていたわ。

 ともあれ、車に乗った訳だが、町内なので直ぐに到着。荷物を降ろして周りを見る。

 不動産屋と思しき奴が俺達を発見して寄って来た。

「年末は申し訳ありません。急にお願いした事なのに……」

 もう、深々と頭を下げた。神崎も俺もいやいやと。

「入居者に用事があったんなら仕方がない。仕事だったようだしな。そこを責めるのは酷だろう」

「そうですね。年末の深夜勤なんですから仕方がないですよ」

 事実こればっかりはしょうがないしな。遊びに行ったっつうなら超ムカつくが。

「そう言っていただけると助かります。あそこのアパートなので、宜しくお願いします」

 不動産屋を先頭にアパートに突入。二階の201号室だ。角部屋だ。

 そして呼び鈴を押す不動産屋。何やらインターフォン越しでごにょごにょやっている。

 ガチャリ

 開錠の音。それと同時に俺の背筋が一気に冷たくなった。

 何!?なんでだ!?なんで冷水を浴びたように、一気に冷たくなる!?

 ギギギギギギギギ……

 ゆっくり開くドア……

 俺の危機管理能力が警鐘を鳴らした。

 駄目だ!!ここは駄目だ!!引き返せ!!とんでもない目に遭いたくなければ引き返せ!!

「ど、どうしたの北嶋さん?真っ青だけど……」

 神崎の目にも明らかな程、顔色がおかしい事になっている。なんで!?このアパートに居る霊は雑魚なんだろ!?なんでこの俺が此処まで!?

 そして全開するドア!!そこで漸く異変の合点がいった!!

「あ、鹿島さん、こちらは霊能者の北嶋さんと神崎さん……うおっ!?」

 不動産屋をほぼ突き飛ばして前に出て来たのは、元旦の迷惑馬鹿野郎、鹿島 雄大!!

 俺は神崎を守るべく前に立ったが、もう遅かった!!

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!付き合って、貰えますか?好きだ!!」

 俺のデフィンスの隙間から神崎の手を取って告った馬鹿!!

「え?なになになに!?なにが起こったの!?」

 神崎も突然すぎる程突然の事で脳内の整理がつかない様子だ!!

「おい馬鹿野郎!!なんでお前が此処に居るんだ!!」

 俺は鹿島の手をはたき、神崎を抱き寄せて救出した。

 鹿島は叩かれた手をフーフーして苦言を呈する。

「なんだそこの男は?俺と彼女の恋の邪魔をするのか?迷惑な野郎だな、通報されたくなきゃ失せろよ」

 この言葉を聞いて真っ青になったのは不動産屋だ。町内の方々は俺の伝説の数々を知っている訳だから。

「か、鹿島さん!この人は北嶋さんと言って、心霊業界じゃ知らない人はいないって程の凄い人なんですよ!?」

「はあ?心霊業界?知らねえもん俺、そんなモン。あ、君の事は知っているよ?見た事があるし。確か……おい、この女の人の名前はなんだ?」

 事もあろうに、知らねえよそんなモンの俺に神崎の名前を訊ねるとは!!

「なんでお前みたいな馬鹿野郎に神崎の名前を教えなきゃなんねーんだよ!!つうか俺のスマホの待ち受けを見たんだ!!顔は知ってんのは当たり前だろ!!」

「そうだったっけ?まあ、つまりこう言う事だろ?これは運命だ。と言う事は、俺と彼女は付き合ってまぐわうのは当然だと言う事だ」

 凄くいやらしい笑顔を拵えて、へらへら笑う。まぐわうって、マジ殺そうかこの馬鹿野郎!!

「神崎は俺の婚約者だっつってんだろうが!!神崎を性的な目で見るんじゃねーよ馬鹿野郎!!」

 徐々にエキサイトしている俺。馬鹿は平和そうに妄想にふけりながらニヘラニヘラ続行中だ。

「あ、あの、この依頼、キャンセルって事になりませんか……?」

 神崎も俺に抱き付きながら慄いて不動産屋に逆にお願いする形を取った。当たり前だ。普通に気持ちワリィから。

「そ、それは困ります!!おかしな噂が立ったら……」

 不動産屋が焦って神崎を説得する。この馬鹿野郎の依頼だったら考えるまでも無くキャンセルなのだが、依頼主は不動産屋だ。結構な時間説得されて、神崎が渋々ながらも頷いたのは、そう言う事情だ。

「なになになになに?俺の彼女になるから、そのぶっさいくな男と別れるって相談?」

 またまた神崎の手を取って馬鹿な事を言いやがったが、手を思い切り振って握られた手を振り解いた。

「あなた脳が湧いてんの!?本心で気持ち悪いんだけど!!」

 それは結構な凄みで。つか、初めて見たわ。初対面なのに完全拒絶した神崎は。

「またまた~。照れちゃってぇ~。そこもかぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!」

 そんな神崎に全く臆する事無く、アグレッシブに攻め立てる鹿島。

 つか、俺の存在を完璧に無視とは、何と言う恐ろしい男なのだろう…!!

「あーもう!北嶋さん、何とかしてよっ!!」

 堪らずに神崎が俺の後ろに逃げ隠れる。

「ん?なんだ男連れか。じゃあさ、友達紹介してよ!!」

「お前さっき俺と話したよな!?神崎の名前を聞いて来たよな!?俺に手を叩かれたよな!?」

 俺の存在を瞬時に消し去るとは、恐るべき馬鹿脳だ!!つうか話なんて聞いちゃいねーのか!?

「何なのよあんたは!?何で私が友達を紹介しなきゃならないのよっ!!」

「んじゃ俺と付き合ってよ」

「私は婚約してんのよっ!!」

「んじゃ別れるか友達紹介してっ!!」

 堂々巡りで一方的な要求を繰り返す鹿島に、限界に近付く神崎。奥歯を噛み締めてプルプルと振え出した。

「おい馬鹿野郎!!元旦からいい加減にしとけよお前!!」

 最早勘弁ならんかったので、鹿島の襟を掴み上げて突き飛ばす。

「ぐわあああ!!突き飛ばされて首の骨折ったああ!!女の子紹介してくれなきゃこの傷は癒せない!!」

 折ったのは首と言っておきながら押さえている所は左腕と言う、意味の解らない脅しをする馬鹿。

「この野郎……ポリに通報してやる!!脅されたってなあああああ!!」

 左腕を押さえながら転がりまくっていた鹿島の動きがピタリと止まり、徐に立ち上がり、服に付いた土や埃を叩き落としながら言った。

「……除霊の件で来たんですよね?通報とか物騒な話は無しにしましょうよ」

 固まる俺と神崎。そして不動産屋。

 こいつ……

 本当の馬鹿野郎だ!!

 不動産屋がそう呟いたのを、俺の耳はしっかりと捉えていた。

「そ、そう言えば入院なされたとの事ですが、どこかお身体の具合でも悪いんですか?」

 呟いた事を聞かれたかとでも思ったか、不動産屋が強引に話を切り替える。

「あー……えーと……うーんと………」

 一気にしどろもどろになる鹿島。微妙に脂汗まで流している。

 だから真実を知っている(多分だが)俺が、言い難そうな鹿島の代わりに教えてやった。

「こいつ、年始に境内でナンパして限界以上に肉体を酷使したからな。疲労だろ」

 顔色が変わり、俺を見る目があからさまに変わる鹿島。

「……何故それを…!流石は霊能者…すべてお見通しって訳か……」

 ……だから年始に俺と絡んだっつってんだろ!!さっきもそう言ったよな!?それすら忘れたのかよ!!だとしたら、ある意味平和な脳だ。あんな迷惑かけた相手の事を忘れられるんだからな。

 つか、超どうでも良くなったわ。早く仕事を終わらせて、こいつからオサラバしよう。

「まあいいや。取り敢えず仕事に取り掛からせて貰う。中に入れてくれ」

「いいけど……そちらの社員の方に同じ台詞を言わせてくれよ」

 神崎に向かってそう言う鹿島。意味が解らず、神崎と顔を合わせて首を捻る。

 だが、これ以上ゴチャゴチャしたら、また面倒な事になるかもって事で、要望に応える事にした。

「あの……仕事に取り掛かりたいので、中に入れて貰えませんか……うわっ!?」

 言い終えた神崎がビクリとしながら後ずさる。鹿島が何故か頬を赤く染めてニヘラニヘラしながら超気持ち悪く悶えたからだ。

「な、なにしてんのお前……?」

「中に、中に入れてって!!にひょひょひょ!!超エロす!!」

 真っ白になり固まる俺!!プツプツとサブイボが全身に出る神崎!!どう転んでもそっちに話が行くのかよ!!

「あ、あの……やっぱりキャンセルにはなりませんか?」

 神崎は身体を擦りながら拒否った。

「そ、そんな!!気持ちは理解できますがそれは困ります!!」

 慌てふためく不動産屋。対して平和そうに悶え途中の馬鹿。そんな鹿島にムカついた俺は、鹿島を蹴って部屋の中へと押し込んだ。

「神崎、こんなキモい奴の部屋だが、請けてしまった依頼だ。チャッチャと終わらせて早くバックレよう」

「……そうね…北嶋さん、私の事、絶対に守ってね…………」

 渋々ながら部屋に入る俺達。つか、こんなに弱っている神崎は初めて見たかもしれない。

「おい不動産屋。俺達と馬鹿の間に座って壁作れ」

「は、はい。それくらいはさせて戴きます……」

 超申し訳なさそうに承諾した不動産屋に神崎の前に座らせる。馬鹿は胡坐を組みながら思い出したように震え出した。

「……ど、どうですか?やっぱ何か居ます?」

「居るから俺達が来たんだろうが。居ないならこんな所絶対来ねーよ」

 どっかと座る俺。その斜め後ろに神崎が正座する。スカートじゃなくてよかった……と、洩らしながら。

「じ、じゃあ今から霊視を開始します」

 そっと目を閉じる神崎………

「ちょちょちょ!どんな奴がいるの?ヤバいの?俺取り憑かれちゃう?俺死んじゃうの?困るよー!早く何とかしてよ!あ、もしかして俺に彼女できないのはそいつの霊障?つか今日一緒に居てよ怖いからさー!今日だけじゃ無くずっと居てもいいんだよ?何なら俺と付き合う?もういっそ結婚する?」

 こめかみに怒りマークを沢山作りながらも霊視を続行する神崎。

 俺はと言うと、神崎ににじり寄ってくる馬鹿の防御に果てしなく気を遣っていたので、馬鹿の馬鹿話に構っている暇など無い。

 不動産屋も俺と共に神崎の警護で汗だくになっている。

「……ここから……離れたない……居心地は良いとは言えないけど……独りよりは……いい…」

「だったら俺と付き合おうよ!!」

  ビョ~ンと神崎に身体を伸ばして接近を試みる馬鹿。

「誰がお前に言っているんだ馬鹿野郎!!今、霊の声を代弁して教えてやってんじゃねーか!!」

 馬鹿の顔面を鷲掴みして接近を防いで言った。

「何だよ思わせぶりな態度取りやがって!!じゃあ早く祓ってとっとと帰れ!!」

 ……そろそろ限界に来たわ。もう知らねーと思い、神崎に帰ろうと促そうとした。

「デジカメを使わせて貰います」

 帰ろうとした俺を察したのか、神崎がデジカメを額に当てて念写する。

 成程、状況を映像化して馬鹿に危機感を持たせ、大人しくさせようと言う戦略か。今回のクライアントは借主じゃ無い、不動産屋だから、この儘にはしておけない、って事だからな。

「なになになに?俺の写真欲しい訳?」

「お前ちょっと黙ってろ!!」

「え?じゃ、誰か紹介してくれんの?」

「なあああんでそうなるんだ馬鹿野郎!!今この部屋に居る幽霊の姿を写し出そうとしているんだろうが!!」

 言われて黙る馬鹿。それなりに不安なのか、多少汗ばんでいる。

「あの、幽霊に取り憑かれたらどうなるんだ?」

 一応ながら気には掛かっているようだ。だったらあんな馬鹿行動しなきゃいいだろって話だが、それはそれ、これはこれなんだろう。馬鹿的に。

「いくら馬鹿とは言え、やはり怖いらしいな。まあ、一概には言えないが、体調が悪くなったり、頻繁に怪我したり、最悪死んじゃったりだな」

 青ざめる鹿島。漸く危機感を持ったようだな。

「やっぱり……俺に彼女が出来ないのは、幽霊のせいか……」

 神妙な顔で納得して頷いているが、なんで昨日今日越して来たお前に、部屋憑きの幽霊が霊障を起こせるんだよっ!!

 つか、そこに戻んのかよっ!!

 突っ込む価値も見出せない鹿島に、俺は疲労感と憤りしか感じられなかった……

「……終わりました」

 馬鹿の相手で疲労困憊だったが、神崎の邪魔は防いだようだ。少し報われたような気してホロリと来る。

「心霊写真撮れたの?じゃあ早速見せてよ?」

 馬鹿が神崎に手をぬ~んと伸ばすも、それを叩く。

「理由付けて神崎に触ろうとすんな馬鹿野郎!」

「……ケチだねえ…」

 むくれる鹿島。つか、ケチって何だ馬鹿野郎!やっぱ触ろうとしてたんじゃねーかよ!!

 油断も隙も無い奴ってのは本当に居るんだなぁと再認識させてくれてアリガトよっ!!

 神崎は持ってきたノートパソコンに念写したデータを落とす。

「……これがこの部屋に居る霊魂です」

 パソコンをクルンと回し、馬鹿と不動産屋に見せる神崎。

「うえぇぇぇ~…………」

「マジで?こえぇぇ~…………」

 画面に写し出された霊は、蛆虫が身体中に這っている、多少腐乱した肉体。まばたきなんかしないであろう、大きく見開いた目。半開きに開いた口元は、怨み辛みを発しているように見える。

「他数点撮りました」

 事務的に画面を切り替えていくと、床を這うように移動している姿や、狂ったように壁を叩いている姿、抱きつこうとしている姿などが写し出された。

 脅えている不動産屋。流石の馬鹿も、言葉を失い蒼白になっていた。

「これ……ヤバイんじゃ……」

「今はまだいいが、このまま放置していれば、いずれ大変な事になるかもな」

 先程の馬鹿態度と一転し、超深刻になっている鹿島に多少愉快になる俺。

「ど、どどどどど、どうしたらいいんだ?」

 脅えた鹿島が俺の肩を掴んでガックンガックン激しく揺さぶる。

「そそそそそりゃあ俺達がななななな何とかするんだよ」

 その為に呼ばれたんだし。

 つか、揺さぶられ過ぎて脳が揺れるっつーの。

 故に鹿島の手を叩き落とす。

 真っ青の鹿島、俺達からビョーンと飛び跳ねて正座をした。

「どうか、どうかお助けくださいっ!マジでお願いしますっ!!」

 土下座をして懇願してきた鹿島。

 美しい土下座では無かったが、必死さが滲み出ていて、愉快……いや、少し可愛そうな気分になる。

「解ればいいんだ。おし、神崎、説得開始だ」

「了解。じゃあ、これから対話しますので、ここから先には来ないようにお願いします」

 パソコンを多少前に出して境界線を定める。

「どどどどどどどう言う事?」

「要するに集中したいから邪魔すんなって事だ」

「邪魔したらどうなるんだ?」

「取り憑かれても……責任は負わないって事だ」

 ニヤニヤする俺。青ざめた鹿島がウンウン頷いているのを満足になって見ているからだ。

 神崎が目を瞑って対話を開始する。

「邪魔さえしなければ、写った心霊写真見てもいいぞ。暇だろ?」

 また脅かしてやろうと鹿島にパソコンを向ける俺。

「え?見てもいいのか?怖いけど、気になるしな……」

 言われてパソコンを見る鹿島。

「くれぐれも邪魔はすんなよ。心霊写真を見てビビってギャーとか叫ばないようにな」

 更に脅しを掛けてみる。

「が、頑張ってみるよ……」

 カタカタ震えながらクリックしていく鹿島。

 好奇心馬鹿を殺す……か。いやー、愉快!愉快だ!!

 先程の馬鹿テンションがすっかり影を潜めているので、必死さがより伝わってくるのだ。これが愉快でなくて何なんだ?って話だ。

 思わず笑ってしまう。

「北嶋さん、邪魔しない」

 瞑っていた目を微かに開けて俺を睨む神崎。

「おおぉ……悪ぃ……」

 馬鹿を弄る筈が、俺が邪魔してどーすんだ。

 反省して鹿島の方をチラッと見ると、鹿島は、こえーとかやべーとか、ブツブツ言いながら画面を見ている最中だった。

 こいつ、自分に不利益があるなら言う事聞くタイプか。

 まあ、大抵の人間ならそうか。何だかんだ言いながら、ただの迷惑な人間だったか。

 少し拍子抜けした俺。その時、いきなり鹿島が立ち上がった!!

「お、おぉ……な、何?」

 吃驚して鹿島を見上げる。神崎も驚いて対話を中断し、鹿島に目を向ける。

「……少し聞きたい事がある…」

 気のせいか、鹿島のオーラが変わったような……?

 ビビりオーラから、アグレッシブの馬鹿オーラに戻っている?

「な、何ですか?」

 邪魔された神崎だが、驚きからか、咎める事も無く質問を受け付けた。

 鹿島がめっさ真剣な顔になり、パソコンの画面を神崎の方に向ける。

「……この女がこの部屋に居る…間違いないよな?」

 どれどれと画面を覗き込む俺達。

 先程の腐乱一歩手前の女が手を伸ばした状態で写っている。

「え、ええ……そうですが……」

 困惑する神崎。

 何を今更確認してんだ?

 鹿島は更に真剣な顔つきになりながら、心霊写真をクリックしていく。

「じゃあ……これは誰だ?」

 あん?と画面を見る俺達。そこには、なかなか可愛い女の画像……確か生前の女の姿が写っていた。

「ああ、それは部屋に居る地縛霊の生前の姿ですね。昔の私はこうだったと訴えているんですよ」

「成仏する時にはその姿に戻るから、心配する事はないぞ」

 霊の姿を案じるとは、なかなか優しい所があるじゃないか。

 鹿島を見直した俺。

 しかし、鹿島の表情が一変し、いきなり俺達に食ってかかってきた。

「キャンセルだ!!キャンセルキャンセル!!除霊は必要ない!帰ってくれ!!」

 ………………

「「「はあああああああ!?」」」

 鹿島から出た言葉は、いきなりの、いや、まさかの除霊中止発言!!流石に俺も神崎も不動産屋も、驚きの絶叫を隠せなかった。

「こ、困りますよ鹿島さん!!幽霊が居る物件とか触れ回られたら私共が困るんです!!」

 一番驚いているのが不動産屋。元々依頼は不動産屋から請けた物で、そもそも鹿島に決定権は無い。

 それに鹿島の為と言うよりは、会社の為に除霊依頼を出したのだ。鹿島の気分で除霊中止されたら不動産屋が一番困る。

「大丈夫!!絶対に触れ回らないから!!」

 自信満々に胸を張って、親指まで突き出して見せた笑顔全開の鹿島。

 …………笑顔?

 違う、笑顔には違いないが、邪な笑みだ?

「と、兎に角理由を言って下さい!」

 寧ろ食って掛かる不動産屋。

「だってこんな可愛いねーちゃんと同棲している事になるだろ?じゃあ勿体無いだろ!!」

 …………………………

「「「はあああああああああああああああああああああああああああ!!?」」」

 隣の部屋は勿論、外にまで聞こえたであろう馬鹿でかい声を上げた俺達!!全員口を全開に開けて真っ白に固まった!!

 鹿島だけ、鹿島だけは、生前の地縛霊の画像をニヘラニヘラしながら眺めていた!!

「ちょ、ちょっと待って!!それはあくまでも生前の姿であって、今部屋に居るのは……」

「言うな――――――っっっ!!!」

 神崎の説得に、これまた隣の部屋は勿論、外まで聞こえたであろうバカデカイ声を上げて拒絶する鹿島。

「お前どうしたいんだよ?言っておくが、俺達の仕事はあくまでも除霊。それ以外の頼みは却下する」

 目茶苦茶な依頼をする勢いだった鹿島を牽制する。

「だから除霊はいらない。俺はこれからこの子と一緒に暮らすんだ!!」

「暮らすって……今はいいけど、後々絶対障るわよ!!」

「後々絶対に触れるのか~。すげー楽しみだなー!!」

 ……何か漢字を間違えているよな、絶対に。

「姿が見えない相手と暮らす事なんかできないよ!!」

「あっちは俺の姿見えるんだろ?後は想像でカバーするよ」

 ……想像じゃなく妄想の間違いじゃねーかと突っ込みたくなる。

「……そう……解ったわ!!じゃあキャンセルでいいのね!?」

 怒りでブルブル震えながら立ち上がる神崎。

「申し訳ありませんがそう言う事らしいので!!この案件は無かった事にしてもらいますっ!!」

 困ったのが不動産屋だ。

 あの手この手で神崎と鹿島を説得するも、どちらも首を縦に振らない。

 終いには深く、深~く溜め息を付いた不動産屋。

「解りました……そこまで仰るのなら……ですが新しく契約を組ませて貰いますよ」

 遂に折れた、いや、面倒臭くなった不動産屋は、その場で手書きの契約書を作った。

 新たに作られた契約書には、この件を第三者に話したらその日の内に退去して貰う。みたいな事が綴られていた。

 鼻歌を歌いながらそれにサインして判子を押す鹿島。

「これでいいです。北嶋さん、神崎さん、ご足労お掛けして申し訳ありません」

 俺達に深々と頭を下げる不動産屋。

 初めてクライアントを気の毒に思った俺は、気にすんな。としか言えなかった。

 じゃあ帰ろうか、って事でパソコンを閉じようとした神崎。

「ちょちょちょちょっと待って!!」

 慌てて鹿島がそれを止める。

「何だよ!!さっきも言ったが除霊以外の頼みは聞かないからな!!つっても、その除霊すらキャンセルにしたんだ!!何も用事ねーだろ!!」

 ムカムカしながら一応話を聞く姿勢を取った俺。何を言っても却下する事は間違い無いが。

 鹿島はポッと頬を赤らめてモジモジと身を捩る。

「何だってんだよお前!?用事が無いならもう帰るからな!!」

 これ以上馬鹿に構っていても苛々して仕方が無い。

 もう帰ろうと踵を返した瞬間、漸く口を開いた鹿島。

「パソコン閉じる前に、そのねーちゃんの画像をプリントさせて!!」

 神崎は無言でプリントし、それを鹿島に投げるよう渡して、一切振り返る事無くその部屋から出ていった。

 勿論、俺と不動産屋はその後に無言で続いた。


 ムカムカしながら家に帰った俺達。

 家に入るなり、怒り出す神崎。

「あーもうっ!!あんな馬鹿な男見た事ないわっ!!」

 ソファーに乱暴に座り、八つ当たりのようにクッションにボスボスとパンチをくれる。

「まあ、もう関わる事も無いだろ。町内だって言っても、あのアパートとこの事務所は真逆だし」

 例えば俺ん家は神社よりも田舎側(裏山があるからな)。あのアパートはその反対側。気にしなきゃいけない所はスーパーくらいだろ。

「そう言えば、年始に会ったとか言っていたわよね?あの男が何か迷惑行為でもしたの?今なら全部信じる事が出来る。例え常軌を脱した事でも」

 ならば話そう、あの元日の出来事を。

 俺は努めて感情を出さすに話した。言ってしまえば事務的に。ただの報告の方が信ぴょう性は段違いだからな。

「…………それは……なんて言うか……お疲れ様……」

 漸く言って貰えたぞ、労いの言葉を。元日から今日まで6日越しの労いだ。

「まあ、町内の野郎だからな、荒事は拙いだろうし、俺も色々枷が付いた状態だったからいつものようにはいかなかったって事だ。それに、結果だが、神崎が来なくて良かったよ」

 もしも神崎も来ていたら疲労度が×100くらいになっていただろう。警備の神崎を警備するとか意味が解らんようになってしまうし。

「……そうね。ホントそう思ったわ」

 もしも自分も行っていたらと想像して、ぶるっと身体を震えさせて自分を抱きしめる神崎。もう関わらない。姿を見たら普通に逃走する。そう、何度も何度も呟き、漸く部屋に戻った。

 長い、長い一日がやっと終わり、漸く寝られる。

 俺も特に何かした訳では無いが本気で疲れた。

 灯りを消して俺も寝る為に部屋に行く。

 部屋のベッドには、タマが俺達の苦労も知らないで平和に寝息を立てていた。


 それから数日が経過した。

 事務所の電話がけたたましく鳴る。

「依頼かな?はい、北嶋心霊探偵事務所~」

『おい!!あの写真おかしくなってるぞ!おい!!』

 ……聞き覚えのある声だな……

 ガチャ

 取り敢えず電話を切る。

 まさか?まさかなぁ?うん。きっと間違いだ。うん。

 言い聞かせている間、再び電話が鳴った。ビクッとして飛び跳ねる。

 ど、どうしよう?出た方がいいのか?

 それなりの時間、考えていたとは思う。

 その間途切れることの無い呼び出し音……腹を決め、電話を取った。

「も、もしも……」

『なんで切るんだよ!?心霊現象に困っている人を助ける会社じゃねぇのかよ!!』

 いきなり怒鳴る電話向こうの男……確認の為に恐る恐る名前を聞いてみる……

「ど、どなた様?」

『鹿島だよ!!鹿島 雄大だ!!』

 やはり……電話の主は銀河最強最大の馬鹿……鹿島 雄大だったか………

「なんの用だ馬鹿野郎!!お前がどうなろうと知ったこっちゃねーんだよ!!」

 キャンセルさせたのはお前だと。困った事になるぞと言ったのを忘れたのか?と。散々自分が拒否った事を言い続ける。

『そんな事より貰った写真が日に日に変わっていくんだよ!!』

 そんな事よりぃぃぃぃぃ!?ブチブチと俺の頭の血管が切れて行く!!

「だから知らねーって言っ」

『あのさ、貰った日には可愛い女写っていただろ?』

 ……俺の話なんか豪快に無視して自分の話をする鹿島。

「俺に言うな!別の所に相」

『その女がさー、日に日に腐乱していくんだよ!!あの心霊写真の様にさー!!』

 だって元々心霊写真だろうが。

「こっちは聞く気無いって言」

『怖くなってさあ、色んな人に相談したらさ、契約違反だって言われてアパートを追い出されるしさぁ』

 お前不動産屋の手書きの契約書に思いっ切りサインと判子押していたじゃねーか!!

「それは自業自」

『つか、あのアパートおかしいんだよ。夜中に勝手に部屋に入ってくる奴いてさ、部屋の中をウロウロ歩いたり、この間なんか俺に覆い被さって来てさー!!防犯設備甘いんだよ!!』

 それこそがお前が一緒に住みたいって言った女の霊じゃねーか!!

「念願叶って良か」

『おかげで寝不足でさぁ。体調悪いわ、会社はクビになるわで散々なんだよ!!』

 思いっ切り障られている馬鹿。しかし俺には全く関係ない。全て馬鹿の望み通りなのだから!!

 無言で電話を切る。勿論、間髪入れずに鳴る。

「もしも」

『なんで切るんだよ!!何とかしてくれよ!!俺が思うに、あの女の写真が原因だと思うからさ!!』

「よし解った。新しい依頼だな?料金は100万。即金で払ってくれ」

『100万だあ!?暴利過ぎるだろそれは!!』

 当たり前だ。馬鹿の馬鹿な望みの末に起こった事だ。そのくらいの金額じゃなきゃやってられん。

「払えないか?じゃあこの話は終わりだな」

 またまた電話を切る。当然だが、間髪入れずに鳴る電話。

「なんだ馬鹿?」

『……ローンは?』

「無理だな」

 電話向こうで何か考えているのか、押し黙る馬鹿。

『……もう少しオマケしてくれない?』

 オマケと来たもんだよこの馬鹿は。

「んじゃちょっと待ってろ」

 またまたまた電話を切る。そして俺はある人物に電話を掛けた。


 それから数日後……家でマッタリしていた俺の所に、乱暴に入ってきたランクル。

「あれ?葛西?」

 神崎も気付いた様に、訪ねてきた男は暑苦しい事この上無い葛西。

「おう暑苦しい葛西。何か用か?」

 あくまでもフレンドリーに出迎えた。だが、そんな俺の襟首を掴み上げて、めっさガンをくれる。

「おい北嶋!!テメェおかしな客を押し付けやがって!!喧嘩売ってんのかよ!!」

 めっさ憤慨している暑苦しい葛西。流石に神崎が止めに入った。

「ちょっと、いきなり何なの?ちゃんと説明してよ?」

 言われて舌打ちをしながら俺を離す。

「……5日前に、この馬鹿から依頼が回ってきたんだよ!!」

 そうなのだ。俺は鹿島を葛西に押し付けたのだ。

 そして葛西は語り出す。苦々しい顔を拵えながら。


 葛西は俺からの紹介って事で、鹿島の除霊を請けたのはいいが、葛西の嫁を見た瞬間!!

「かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~!!ねぇねぇ遊びに行かない?丁度10万持っているから!!」

 そう言って葛西に支払う依頼料と交通費、宿代を提示。葛西嫁を口説きにかかった。

 勿論断る葛西嫁だが、馬鹿は無視して果敢にアタック。

 ついに苛ついた葛西が、羅刹で馬鹿のツラをぶん殴って、憑いていた霊を除霊したと。

 終わったから帰れと言った葛西だが、葛西嫁に夢中の馬鹿はあれこれ言いながら居座ってしまう。

 最早我慢ならなかった葛西は、無理やり車に乗せてこの街まで送り届けたのだ。

 そのついでと言っちゃ何だが、そんな客を紹介した俺にクレームを出しに来たと。

「なんだあの馬鹿野郎は!!ソフィアを口説いたり、金持って無えからパチンコで増やしてくるとか言って持ち金みんな使っちまったり、雇い主なのに俺に金貸してくれって頼んできたりよぉ!!」

 ……お、思っていたよりも災難だったな……

「葛西……悪かったな…」

 誠心誠意、心を込めた俺の謝罪。

「ふざけんな馬鹿野郎!!結局赤字になったじゃねぇか!!」

 そ、そりゃ5日も居座られた挙句、此処まで送ってきたんだから赤字になるよな。

 普段は全く気の毒とかは思わない俺だが、この時ばかりは本気で申し訳無いと思った。

「か、葛西、お前今日泊まって行けよ。パツキンや小汚い爺さんには俺から話しとくから」

「そ、そうね!!ちょっとゆっくりしていけば!?」

 少し間違ったら俺や神崎に降り掛かったであろう不幸を請け負った葛西。神崎もそれを察知してか、葛西に執拗に気を遣っている。

「そ、そうか?そこまで言うならよ……」

 多少機嫌が良くなった葛西。

「か、葛西、お寿司好きだったよね?出前取る?それとも食べに行く?」

「お、お前今日は疲れただろ?呑みに行くか?」

「……お前等…俺を其処まで歓迎してくれるとはな……ダチっていいなぁ!!」

 負い目があるからもてなしている俺達に向かって逆に感謝する葛西…

 俺と神崎の胸が激しく痛んだのは言うまでも無い……

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