北嶋勇の心霊事件簿15 ~最凶の男~
しをおう
急な依頼
一月一日、あけおめことよろ、北嶋だ。
さて、俺は今、地元の神社に来ている。時間は0時をちょっと回ったあたり。
三日の日は水谷に顔を出さなきゃいけないが、実はそれが仕事始めだと密かに思っているが(霊能者の集まりに参加する事自体が仕事だと痛烈に思うからだ)これが新年最初の仕事だ。
何?元旦の深夜になんで仕事をしているのかって?
話は年末に遡る。今日が終われば年末年始突入と浮かれていた俺の事務所に、一人のオッサンが訊ねてきた。
「あれ?町内会長の……」
そのオッサンは町内会長。ウチの事務所は、つうか俺の家は、過去に大量殺人事件があった家。今はこの俺が住んでいるから全く普通の家になったが、まあ、過去の事件で非常に怖がられて、ご近所さんはまず近寄って来ない。
だけど稀に、この様に誰か訊ねて来る事がある。つまりはそれだけ重要な用事があるのだ。
「北嶋さん、お久しぶりです」
微かに震えながら頭を下げる町内会長。バーコードハゲのてっぺんが実に際立った。
「どうしたんだ珍しいな?立ち話もなんだから、中に……」
町内会長、顔を上げて、涙目になって、首を横に振った。何度も。
「い、いえ!!此の儘で!!」
全力の拒否であった。訊ねて来るだけでも結構な勇気が必要なのに、家の中まで入れないって事だ。
そして外なのにも拘らず、話し始めようとする。
「ちょっと待って。お茶くらい出すから」
他人に気を遣う事など稀有なれど、ご近所さんには義理を通す。ただでさえ怖がられているんだから、少しでも好感度を上げようって事だ。
「い、いえ、お構いなく」
汗をだらだら掻いているオッサンを無視して玄関から神崎に指示を出す。
「神崎、町内会長のオッサンが来たから、お茶出して」
奥から「はーい」と返事が。神崎も家に入れとは言わない。入りたがらないのを俺以上に知っているからだ。
流石にパイプ椅子くらいは出した。突っ立って茶飲めと言いたいが、ご近所さんには言えん。本心ではとても言いたいけど言えん。
座るよう促すと、汗をタオルで拭きながらも従った。外で寒い筈なのに、あの汗はなんだ?
「どうなされたんですか?年末は忙しいでしょうに?」
神崎がお茶とお茶菓子を持って登場。お客様には玉露だ。茶菓子は羊羹か。
「は、はい。実は神主さんから頼まれていた事をすっかり忘れてしまって……」
やっぱり汗をダラダラ掻きながら事の顛末を説明する町内会長のオッサン。
地元の神社は小さいながらも、夏祭りを行ったり、子供神輿などもあったりと、地元に貢献している訳だが、さっきも言ったように小さい神社だ。運営を神主と巫女(バイトだ)だけで行うのはキツイ。
なので、町内も運営に協力して祭りなどを行う。夏祭りの出店の手配やら、神社の清掃、子供神輿の誘導員等々。
今回は初詣客の誘導、警備を町内で引き受けたのだが、その手配をすっかり忘れていたと。
今から警備会社に手配など無理な訳で、町内の役員とか暇そうなお父さんに頼みまくったのだが、やはり元旦の深夜に交通誘導とか警備とか嫌な訳で。
それでも駐車場への誘導員は自分も含め何とか手配できたが、神社そのものの警備をする奴がどうしても見つからないと。
「無理を承知でお願いします北嶋さん。何とか警備を引き受けて貰えないでしょうか!!」
バーコードハゲを隠す事無く、寧ろ見せ付けるように頭を下げたオッサン。
「あーっと。えーっとだな……」
断る口実を探し回る俺。実家のババァがくたばった事にでもするか?と考えていた所……
「いいですよ。確か去年は3時頃まででしたよね?そのくらいの時間までなら大丈夫です」
神崎があっさりと、勝手に決定してしまった。
文句を言おうと身を乗り出したが、俺より先に町内会長が発した。超弾んだ声で。
「本当ですか!!助かります!!あ、勿論お礼は……えっと、依頼扱いでいいのかな?」
既に金の話までしやがった。俺は何も言っていないのに。つか、これから断ろうと思っていたのに。
「いえいえ、お金は結構です。これも地域貢献、私どもの事務所も、この町内の一員ですから。それに、困ったときはお互い様ですよ。ねえ北嶋さん」
満面の笑顔でそう言われちゃ……
「ふざけんなよ神崎。何が悲しくて元旦深夜に働かなければならんのだ。お前昨日まで俺を馬車馬の如くこき使っただろうが。それなのに元旦から働けと言うのか?お前は真正の悪魔か?それとも人間の心など持っていない機械の国の住人か?」
満面の笑顔を向けられようが不満は当然言うのが俺だ。
「所長も応じるそうです。快く」
俺の不満なんか聞きやしねえ。寧ろ後押ししやがった。
「ありがとうございます北嶋さん!!今日の11時に神社に来ていただければ、そこで詳しい説明しますので!!」
立ち上がって握手までされた。いやいや、だからな?そのうんと言ってくれみたいな懇願の瞳はやめろ。
「いやだから」
「そう言えば、神社の巫女さんって北嶋さんのファンなんだよね。そりゃそうよね、北嶋さんは困った人を決して見捨てない温かい心の持ち主だし、神主さんも史上最強、無敵無敗の北嶋 勇が警備してくれるなんて、絶対に心強いと思うわ」
持ち上げたって無駄だ。あの巫女さん、俺のゲーセン仲間なだけだぞ。多分お前よりも話しているぞ俺は。いや、満更でもないけども。
「いや、本当に助かりました!!じゃあ夜の11時に境内で!!」
そう言って礼をして足早に去った。おいと何度も言ったが無視された。
「じゃあ今日は早めに年越しそば食べましょうか」
「おい神崎、俺はうんと言っていないからな!!お前が決めたんだから、お前がやれよな!!」
「はいはい。じゃあ頑張ってね。ご近所さんの好感度ゲットの為に」
ポン、と肩を叩いて家に引っ込んで行った神崎。いや、ご近所さんの好感度はぶっちゃけ仕事よりも欲しいものだけど!!
パイプ椅子を片付けながら考えた。流石にこれは酷いだろ。せめて神崎も警備しなきゃフェアじゃない。
なので家に入ってその旨を言う。
「おい!!お前も警備するんだからな!!好感度が欲しいのはお前も変わらんだろ!!」
「え?当たり前じゃない?当然私も行くよ?」
「え?あれ?そ、そうなの?」
些かどころかかなり拍子抜けだった。まさかの神崎も深夜勤とは。
「流石に北嶋さん一人で警備は無理でしょ。小さいとは言え神社なのよ?」
そ、そう?別に大した事は無さそうだけど……だがまあ、行くと言うのなら文句も言えん。
なんなら神崎一人で行って貰おうか。俺は自宅の警備で多忙だから。
「あ、ちょっと待って、事務所に電話が来たみたい」
そう言ってパタパタと事務所に向かった。事務所に電話とは依頼か?だが、流石に年明けになるんだろう。これから神崎は深夜勤に備えなければならんし。
じゃあ俺は居間でマッタリと寛ごうか。そう思い、居間に向かった。
程なく電話を終えた神崎が居間に来て俺の対面に座る。そして全然申し訳なさそうに言った。
「北嶋さん、悪いけど、警備は一人でお願いね」
はあ?と立ち上がった俺。神崎に指を全力で差した。
「ふざけんなよ神崎!!神社の警備もお前が取った依頼みたいなもんだろが!!それなのに一人であの広大な神社を警備しろだと!!じゃあお前は何をすると言うのだ!!自宅警備か!?それなら俺がそっちをやってやるから代われ!!」
「神社は町内会長さんのお願いで、地域貢献は事務所として当然。無償の奉仕なので依頼にはならないわ。しかも、別に広大じゃないし」
涼しい顔でお茶を啜りながら。いや、確かにご近所さんの好感度は欲しいからしゃーねーなって部分もあるが、俺一人とはなんだって事だよ!!
「だって急な依頼が入ったんだから、しかも夜からの仕事なんだから仕方ないじゃない」
「依頼?さっきの電話か?年明けでいいじゃねーか。何で今日なんだよ」
座り直して話を聞く体勢を取る。所長故に仕事の話は真面目にしなきゃだ。
「なんでもお祓いを忘れていたとかでね。頭の片隅にはあったんだけど、どうせならウチにお願いしようと思っていたようなんだけど、ほら、この家は過去の事件で怖がられているから躊躇している間に……」
ああ、俺ん所なら間違いなく確実に遂行できるが、昔の事件でおっかないから近寄れなかったと。
そうこうしているうちにすっかり忘れて今に至る、と言う事か。
神崎の話は続く。街の不動産屋から管理しているアパートに幽霊が出ると、相談が入ったのはいいが、しかし、今は年末もいい所。
最初は後日伺うとか言っていた神崎だが、昨日新しい入居者が入ってしまい、その新入居者が幽霊被害に遭ってアパートの悪い噂を立てる前に何とかお願いします。と、電話向こうで土下座までしたらしい。
「話しは解った。不動産屋もご近所、つうか、同じ町内だしな。お前の言う通り、ご近所さんの好感度は欲しいから急な依頼は吝かじゃないが、本心としてはやりたくないが、しょうがない部類に入るから諦めるとして、なんで夜?今から向えばいいだろ?」
「否定意見が多いけど、まあいいわ。なんでもこの目で見て納得したいらしいよ。新しい入居者さんが」
見たからと言っても納得できるもんじゃねーだろうが、それが要望ならなるべく叶えなきゃだ。普段は知らねで通すけど、今回の依頼は町内。何度も言うが好感度は欲しい。
回覧板が回って来ない悲しさから逃れたいからな。おかげで生ごみの日が変わったのも知らんかったんだし。
「まあ、しゃーねえか……これもご近所の、いや、町内の好感度アップの為。年越しそば早目に食って寝よう。神崎は何時からだ?」
「私も11時過ぎたあたりから。入居者さん、工場勤めだから、この時間ね」
あー、外れにある工場か。あそこ、確か三交代制だからな。確か8時から17時の日勤、13時から23時の夜勤、22時から8時までの深夜勤のシフト制だった筈だ。入居者は夜勤に該当する訳か。
それにしても、あそこの工場は年中無休なのか?止められないラインがあるらしいからそうなんだろう。
そんな訳で、年越しそば食って早目に寝た。そして打ち合わせして今に至ると言う訳だ。
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