08 元気が出るお誘い

 翌日、やはりこれといったクイズが出来ず、僕は頭を悩ませていた。


 授業を受けるかたわらでずっと考えているけれど……難問を作るどころか、今日はまだ一問も完成していない。


 超難問を作るにはどうすればいいのか、それこそが僕にとっての超難問だった。


 同好会にはできれば手ぶらで行きたくないのだが、時間は残酷だ。たったいま、本日最後の授業が終了した。あとはショートホームルームのみ。


「おう、デグチ。まだ無駄に足掻いてんのか?」


 担任の先生が教室に来るのを待っている間に、桂木がにやにやしながら、話しかけてきた。


「足掻いてるよ。でも、まだ無駄かどうかはわかんないだろ」


 九先輩との勝負が始まって以来、こいつは気分を下げるようなことばかり言ってくる。


 決めた。大学に進学したら、こういうタイプの人間とは仲良くしないようにしよう。


「でも、新作できてねえんだろ?」


「な、何でわかるんだよ?」


 図星を突かれて驚いた。相手が桂木だと思って油断していた。


「観察していればわかるっつうの。元気なさそうってか、悩んでるみたいだったからよ。そういう時に声をかけてやるのが、友達ってもんだろが」


「確かに悩んでたけどさ……桂木と話したら、余計に元気がなくなったよ」


「なんでだよ! まあいいや。それよりもそんなお前に、『元気が出るお誘い』があるから聞いてくれ」


「元気が出るお誘い?」


 桂木の口から出るフレーズとしては珍しい。僕は首をひねった。


「ちょっと、お耳を拝借」


 すると彼は急に声を潜めた。


「今週末、短大生のおねーさんたちとカラオケに行くんだよ。お前も行かねえ?」


「それって、合コンってやつ?」


 桂木は頷いた。


「そうだ。宮本がセッティングしてくれたんだけどさあ。相手がだいぶ良さげなメンバーらしくてな。こっちもそれなりのルックスの奴を集めようってことで、お前にお誘いがかかってんだよ」


 どうせろくなことじゃないだろうと思っていたら、本当にろくでもない話だった。


 ちらりと教室の端に目を向け、そこにいる宮本の様子をうかがった。彼は机に対して横向きで椅子に座りスマホをいじっていたが、僕と目が合うなり笑顔でピースサインを見せた。どうやら本当の話らしい。


「僕、別にそこまでのルックスじゃないんで」


 そう告げると、桂木はおもむろに首を振った。


「いやいや、デグチのベビーフェイスはわりと定評あるんだぞ」


「誰にだよ」


「だからきっと、先方のおねーさんがたにも満足いただけるはずっ」


 彼の語気に力がこもる。よっぽど合コンが楽しみなんだな。


「どのみち行かないって。そういうの、ガラじゃないし」


 そもそも僕にそんなひまはない。九先輩との勝負の方が大事だ。


「えー、行こうぜー。いいだろ、一日くらいさあ。それがきっかけで、新しいアイディアが生まれるかもしれねえじゃん。それに、どうせ同好会に行ったって、ただ無言で過ごしてるだけだろうがよぉ」


 桂木は僕の手を取り、身体をくねらせて懇願した。気持ち悪いなあ。


「そんなことないよ。昨日なんて、先輩とあたまとりをしたし」


「あたまとり?」


「これが解けたら、何のことかわかるよ」


 僕はスマホにメモしておいた【問題Q】を彼に見せた。彼は眉間にしわを寄せ「うーむ」と唸っていたけれど、いっこうに解らない様子だった。本当にナゾ解き同好会のメンバーだったのかと突っ込みたくなる。


 そうだ。これをクイズにすればいいのか。


「ちょっと、スマホ返して」


 僕は渋る桂木からスマホを奪い返し、浮かんだアイディアをすぐメモアプリに入力していく。


「おい、まだ解けてねえんだけど」


「もう覚えただろ。あんなみじかい問題」


 アイディアというものは、気を抜くといつの間にか頭から消えてしまうので、彼に構っている余裕はなかった。


 その時、先生が教室に来た。桂木は席に戻る前に、早口で言い残した。


「と、とにかく例のアレは今週の土曜日だからな。お前のこと、メンバーに入れておくよう宮本には言っておいてやるから。一緒に行こうぜ」


「あーはいはい」


 僕はそれを適当にあしらい、スマホをカバンの陰に隠しながら、入力を続けた。


 こっちはそれどころではないのだ。



【問題19】

『岬君と港君は、しりとりが大好きな小学生です。毎日時間を見つけては、『三文字しばり』や『抜き』のような制約を作ったりして、工夫しながら遊んでいました。


 その日、いつものように二人はしりとりで遊びましたが、一緒にいる時間が短かかったため、勝負は一度きりでした。


 その勝負で、最後に『ん』のつく言葉を港君が答えてしまいました。ですが、彼は岬君にそのしりとりで勝つことができました。さて、それはなぜでしょうか?

※補足:この日二人が決めた主な制約は『か、さ、た行抜き』で、『やり直し』や『待った』は無し、という内容でした』


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