クマさんと、ドンタコスゥコスマイリング その1


 神の耳魔法を使った僕は、ニアノ村からミリュウを呼び寄せました。

『ダーリンのためなら即参上なの!』

 僕のお願いを受けて、ミリュウはすごい勢いで村からやってきてくれました。

 僕が普通に歩いて2.3時間はかかった道のりを、わずか5分でやってきてくれたのですから、そのすごさが分かってもらえると思います。


 最初にミリュウを見たドッド達ドワーフの皆さんはというと、


「ぬぁ!? ら、ラミアじゃと!?」

「なんでこんな魔獣が!?」


 こんな感じで、皆さん困惑しきりだったのですが……


 ミリュウが、嬉しそうに僕に寄り添っていること。

 そのミリュウの首に、使い魔の首輪がはめられていること。

 さらに、

「このラミアはミリュウと言いまして、僕の使い魔なので危険はありません」

 僕の説明が加わったことで、やっと安心してくれました。


 ドワーフのみんなが落ち着いたところで、


「ミリュウ、悪いけど力を貸してもらえるかな?」

『うん、ミリュウ、ダーリンのためなら何でも頑張るの!』


 笑顔のミリュウと一緒に、僕は崖下へと飛び降りました。

 背負っていたアジョイをおろして、ミリュウをお姫様抱っこの要領で抱きかかえて飛び降りたもんだから、ミリュウは、


『ダーリン、このままどこかにランデブーしちゃうの!』


 なんて言いながら頬を赤らめながら僕の首筋に抱きついていたのですが……そそそそんなこと、この年になるまで一度として言われたことがなかった僕は、


「うぇえ!? ぼぼぼ僕なんかとでいいのかい!?」


 思わずそんな言葉を口にしたりしていたわけでして……


* * *


 どうにか崖下に降りたところで、僕はミリュウに


「この一帯を凍らせることって出来るかな?」


 そうお願いしました。


 ミリュウは以前にも息で狼達を凍り付けにしたことがありました。

 それを思い出した僕は、この軟弱な一帯を、ミリュウの息で凍らせて、それから復旧作業を行ったらどうか、と、思ったわけなんです。


 そんな僕の言葉を受けて、


『お安いご用なの!』


 ミリュウは一度大きく息を吸い込み、一帯に向かって冷気を吐き出していきました。

 その冷気によって、その一帯はあっという間にカチンコチンに固まっていきました。


『これで1週間くらいこのままなの!』


 ミリュウは満足そうなドヤ顔を浮かべながら僕に言いました。


「うむ、これなら問題なく工事が出来るわい」

 ミリュウが凍らせた一帯を確認したドッドは、嬉しそうに笑いながらそう言うと、他のドワーフ達と一緒に、早速、復旧工事を開始しました。


「しかしあれじゃな、クマはそのラミアをよく飼い慣らしておるのじゃな」


 ドッドは、作業しながらそう言ったのですが、そんなドッドに僕は、


「いえ、ミリュウは使い魔だけど使い魔じゃないんです……僕の大切な友達といいますか……」

 笑顔で返事を返しました。

 でも、それを聞いたミリュウはというと……


『え~!? お嫁さんじゃないの~』


 不満そうな声を上げながら僕の首に抱きついてきました。

 気がついたら、蛇の下半身で体までグルグル巻きにされていて、ドワーフの皆さんが、


「大変じゃ! クマがラミアに食われてしまう!」


 いきなり大騒ぎし始めてしまって、少し騒動になってしまいました。


* * *


 復旧工事が完了するまでに3日くらいかかるとのことでしたので、僕はミリュウとアジョイと一緒に一度ニアノ村まで戻ることにしました。


『ダーリン、この女の子は誰なの?……まさかダーリンの隠し子だったりしちゃうの!?』


 アジョイを見つめながらミリュウがそんな事を言い出したもんだから、帰り道はその誤解を解くのに一苦労しました。


 そんなこんなで、ニアノ村へと戻って来た僕達。


「く、クマ殿!?」


 そんな僕を出迎えてくれたのは、シャルロッタの悲鳴に近い一言でした。


「どどどどうしたのじゃ、その格好は!? ふふふ服がボロボロなのじゃ、ししししかもこんなに泥だらけになって、いいい一体何があったのじゃ!?」


 シャルロッタに言われて気がついたのですが……アジョイにじゃれられて崖下に落下したり、工事の下準備で崖の周囲を歩き回ったせいで、僕の見た目がすごいことになっていました。


 体中泥だらけだし、服はボロボロになっているし……


 そんな僕を見つめながら、シャルロッタは思いっきり取り乱していました。

 大慌てしながら、シャルロッタをなだめていく僕。

 

「あ、あの……詳しい事は後で説明するとして、とりあえず怪我人の治療をお願いしたいんだけど……」


 そう言うと、背負っているアジョイへ視線を向けました。


 僕の惨状に目を奪われてしまっていて、アジョイのことがまったく目に入っていなかったらしいシャルロッタは、僕の視線でハッと我に返ったみたいでして、


「あ、足を怪我しておるのじゃな。うむ、こっちじゃ!」


 すぐにいつもの冷静な表情を取り戻し、僕を先導してくれました。


 ニアノ村には、僕が元いた世界にあった「病院」のような物は存在していないそうなんです。


「治療魔法を使用出来る魔法使いが魔法雑貨店を営む傍ら治療も行っておるケースが多いのじゃが……ニアノ村にはそのような者はおらぬのじゃ……」


 そう言いながらシャルロッタが案内してくれたのは、彼女の邸宅の一室でした。


 そこには、簡易なベッドが2つと机が1つ、棚がいくつかおかれていました。


「効く薬が残っておればよいのじゃが……」


 そう言いながら、シャルロッタは書物を片手に棚の中の瓶を確認しはじめました。


 その様子から察するに、この村に常備されている薬ってここにある物が全てってことなんでしょう。

 この村の長であるシャルロッタが村人達のために備蓄しているみたいだけど……ひょっとしたらこの薬って、シャルロッタが自費で買いそろえているのかもしれません。


 シャルロッタが薬品の瓶を確認していると、


「あの~、少々お邪魔させてもらってもよろしいですかねぇ?」


 そこに顔を出してきたのは、ドンタコスゥコ商会の会長ドンタコスゥコだった。

 ドンタコスゥコは、後ろに女性を連れていました。


「ちょっと小耳に挟んだのですけどねぇ、怪我人が出たとかでないとか……もしよかったら、うちの商隊の魔法使いに治療を手伝わせてもらえたらと思いましてねぇ」

「ほ、本当なのかの!?」


 ドンタコスゥコの言葉に、シャルロッタがぱぁっと顔を明るくした。


 ドンタコスゥコは、自分が連れてきた女性にアジョイの足の具合を診るように指示をだしてくれました。


「ふぅむぅ……これは思いっきり折れてますねぇい……」


 カレラムーチョと名乗ったその女性、魔法使いらしいのですが、アジョイの足を確認すると、たすき掛けしているバッグの中から薬の瓶を取りだしそれをアジョイに飲むようにと指示しました。


「これを飲むの?美味しいの?」

「美味しいかどうかはちょっとよくわからないですねぇい。でも、これを飲むと治るのがとっても早くなりますねぇい」


 カレラムーチョに即されて、アジョイは薬を一気に飲み干した。


 すると、


「あれ? もう痛くない!?」


 そう言うや否や、アジョイは腰掛けていたベッドから飛び跳ねるようにして床の上に立ち上がってしまいました。


「お、おいアジョイ、あんま無茶しちゃ駄目だよ。骨折がそんなにすぐに治るはずが……」


 おろおろする僕の前で、アジョイは


「だって痛くないんだもん、ホントだよ!」


 笑顔でそう言いながら飛び跳ねています。

 よく見ると、腫れ上がっていたアジョイの右足は、その腫れもすっかりおさまっている用に見えます。


「……え? まさか、ホントに薬を飲んだだけで、骨折が治ったのか……」


 思わず目を丸くする僕。

 そんな僕に、ドンタコスゥコは、


「はいですねぇ、何しろ我々が常備しているのは、この世界最高の魔法使いが作成している魔法薬ですからねぇ。骨折を治すくらいちょちょいのちょいなのですよねぇ」

 そう言いながら、ニコニコ笑っていました。


 そこでドンタコスゥコは視線をシャルロッタへ向けると、


「村長殿、いかがですかねぇ? もしよろしければ我らが商品として持参しております魔法薬をお譲りしてもよろしいのですがねぇ? あ、もちろんこれは缶詰の一件とは別物としてお考えくださって構わないのですねぇ」

「う、うむ、それは助かるのじゃ」


 ドンタコスゥコの申し出に、シャルロッタは嬉しそうに笑っていた。


 最初は、ちょっと警戒して対応していたドンタコスゥコ商会だけど……今の僕は彼女達を見る目がかなり変わっていました。


 缶詰を販売してほしいと申し出たドンタコスゥコは、その事をしつこく繰り返すことはしませんでした。

 僕がドワーフ集落に向かっている間も、荷馬車を利用した青空市を開催して商品を村人のみんなに販売してくれていたそうなんです。


 シャルロッタが、その様子を見に行っていたそうなのですが、

「妾も相場に詳しいわけではないのじゃが……あの者達は相当安く販売してくれていたように思うのじゃ」

 とのことなんです。


 昼にはピリの食堂で昼食を取っていたそうなんだけど、


「ふほぉ!? こんな僻地でこんな美味しい物にありつけるとは思わなかったのですねぇ!」


 そう言いながら、1人平均3回もお代わりをしていたそうです。


 ……ただ


 だからとしって、ピリを「ウチの商会で働かないですかねぇ?」とかいって引き抜こうとしたりはしていないんです。


 ……うん、そうなんだ。


 ミミー商会への評価がちょっと変わってきていた僕だけに、余計そう思ってしまっているのかもしれない。

 ミミー商会のミミーは、確かに缶詰を定期的に購入してくれる契約を結んでくれています。

 でも、この村で品物を販売したりはしてくれません。

 それこそ缶詰だけ購入して、帰っていくだけ……そんな印象しかありません。

 その過程で、ピリを何度も引き抜こうともしていますし……


 僕は、それらの事に思いをはせながら……自責の念に押しつぶされそうになっていました。


 ……そうなんだ

 ……そんなミミー商会に決めようと最初に言ったのは僕なんだ

 ……しかも……ミミーが僕好みの兎耳の眼鏡っ娘だったもんだから、つい我を見失って……


 確かに、あの時は他の商会やお店が名乗りをあげることはなかったわけだし、そこまで自分を責めるのもあれかもしれないとは思うんだけど……いや、駄目だ……やっぱりあれだよね、変な下心と言うか、あの兎耳の眼鏡っ娘に今後も会えることを心のどこかで期待したというか、望んでいたからこそミミー商会を推した自分がいるだけに……

 

 もちろん、ドンタコスゥコ商会にしても、缶詰を入手するために今だけいい顔をしていると考えることも出来るのですが……彼女達からは、人としての温かさを感じるといいますか……

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