クマさんと、ドラコフレンドシップ その2
翌日。
「では、今回はこれで失礼しますね」
ニアノ村で商売の交渉をしていたミミーさん一行がリットの街へ戻るとのことで、朝早くにシャルロッタの邸宅を訪ねていました。
ミミーさんは、
「いくら小さな村とはいえ、まさかこんなに質素な邸宅にお住まいとはねぇ……」
シャルロッタの邸宅を見回しながら改めてそんなことを口にしていました。
確かにそれは僕も思っていました。
シャルロッタは、村を代表する立場にあるんです。
詳しくは聞いていませんけど貴族の家柄のはずなんだし、もう少しそれなりの屋敷に住んでいてもいいのではないかと思ったことがありました。
邸宅の使用人にしても、雇用しているのは騎士が3人だけで、この3人にしても村の警護をするためだけに雇用しているようなものなんです。
さらに、邸宅で食事の準備をしてくれているピリにしても、バイトのような感じで1食ごとにいくらといった雇用契約を結んでいるそうです。
料理こそ苦手なシャルロッタだけど、邸宅の掃除や洗濯などはすべて自分でこなしていて、
「クマ殿も遠慮無く洗濯物を出してくれてよいのじゃぞ」
僕にも気さくにそう言ってくれるシャルロッタなんだけど……さ、さすがにこの村の村長というかですね、僕が好意を寄せている相手であるシャルロッタに僕の着ていた衣類の洗濯をお願いしちゃうなんて、恐れ多過ぎてそんなこと出来る訳がないわけでして、洗濯場をお借りして自分でせっせと洗濯している次第です、はい。
そんなミミーさんの言葉を受けたシャルロッタは、
「この邸宅で不自由はしておらぬのじゃ。以前は防犯の面でちと不安があったのじゃが、今はクマ殿が一緒に住んでおるでな」
そう言って笑ったんだけど……
「あら……お2人はそういうご関係で? へぇ、一緒にお住まいねぇ……」
ミミーさんは、そう言いながらシャルロッタと僕を交互に見つめながらクスクス笑い始めました。
するとシャルロッタは、
「ちちち違うのじゃ、くくくクマ殿とはまだそのような関係ではないというか、むむむ村や妾のためにあれこれ頑張ってもらっている頼りになる御仁と言うかじゃな……」
顔を真っ赤にして、なおかつ声を裏返らせまくりながらそんな言葉を発していったものの、
「あら、『まだ』そのような関係ではないということは、これからそのような関係になるご予定ということですか?」
ミミーさんってば、シャルロッタの言葉の揚げ足をとってそう切り返しています。
そのせいでシャルロッタは、
「あわわ……ちちち違うのじゃ違うのじゃ……そそそ、そういう訳では……」
まるでゆでだこのようにその顔を真っ赤にしながらしどろもどろになっていってしまったわけで……
と、まぁ、最後にそんなやり取りがあったわけだけど……とにもかくにもミミーさんはピリ製の缶詰を荷馬車に大量に詰め込んで、リットの街へ帰って行きました。
ちなみに、今回の取引だけでもかなりの収益が村にもたらされたそうです。
「おかげで、資金不足で作業が滞っておった川の治水工事を始める事が出来るのじゃ」
シャルロッタは嬉しそうにそう言っていました。
その笑顔を見つめながら僕は、シャルロッタの役に立てたことを嬉しく思っていました。
……これからも、シャルロッタのためにもっともっと頑張らないと
* * *
ミミーさんを見送った後、僕は一度自室へ戻りました。
日中の僕は、基本的に自由に行動することを許されています。
シャルロッタには、
「何か手伝える事があったら遠慮なく言ってくださいね」
と伝えてあるんだけど、今のところリットの村への同行をお願いされた以外には、何か頼まれたことはありません。
ひょっとしたら、夜中に魔獣狩りに行っているもんだから気をつかってくれたりしているのかもしれないな……
そんな事を考えながら、僕は自室として使用させてもらっている部屋の窓から外を眺めていました。
「クマ殿、おるかの?」
そんな時、部屋の戸が開いてシャルロッタが入ってきました。
自分の邸宅内だからなのか、シャルロッタは基本、僕の部屋に入ってくる時にノックをすることはありません。
すでに、僕もそれに慣れてきているので、別に問題はないと思っているんですけど、もし今後欲求が高まってあんなことをしている最中にシャルロッタが入ってきたら、なんて事を考えてしまうと少し背筋が冷たくなってしまうのですが……
「し、シャルロッタ、何か用事かい?」
「うむ……」
シャルロッタは、僕の元へ歩み寄ってくると1枚の書類を僕に差し出しました。
「さき程、ミミーと話をしていて思ったのじゃが……クマ殿とも雇用契約を結ばせてもらっておいた方がよいかと思っての……それで、契約書を作ってきたのじゃ」
シャルロッタの言葉を受けて、僕は手渡された書類へ目を通していきました。
頭に『ニアノ村役場雇用契約書』と書かれているその書類の中には、
・勤務形態
・賃金の支払い
・手当の支給
などの内容があれこれ細かく規定されていました。
まだ、この世界の貨幣価値になれていない僕なんだけど、日本のお金に換算して月給およそ20万円くらいの賃金が支給されることになるみたいです。
そのお金は月末締めの翌月上旬に支払われるようですね。
衣食住に関してはすべて村からの現物支給扱いみたいです。
まぁ、この3つに関してはシャルロッタの邸宅に住まわせてもらいつつ、すでにすべて対応してもらっているわけなのですが。
深夜、狩りに従事した際には従事した時間分夜間業務手当が別途支払われることになるみたいです。
基本業務としては、シャルロッタの護衛が僕の主な任務になるらしく、それ以外の業務に関しては特に明記されていませんでした。
「……じゃあ僕は、勤務時間中はシャルロッタの側にいればいいのかい?」
「うむ、そういう事になるのじゃが……妾が何かお願いしていない時はじゃな、村で自由にしておればよい」
シャルロッタはそう言うと、僕の顔を覗き込んできた。
「……どうじゃろう、この契約で……これで、この村にいてくれるかの?」
少し心配そうな顔のシャルロッタ。
そんなシャルロッタに、僕は、
「全然大丈夫だよ、むしろ無給でもかまわないくらいだ」
笑顔でそう答えました。
無給でもいいと言うのは、実は本音だったりします。
衣食住さえ保証してもらえるのであれば、他に必要と感じているものはないしね。
……それに……この世界ではシャルロッタのために頑張ろうと心に決めている僕なわけだし、この契約を受ければ、その願いもかなうわけですから。
そんな事を考えながら思いっきり笑顔の僕。
そんな僕の顔を見つめながらシャルロッタは、
「無給は申し訳なさ過ぎるのじゃ……それよりも何よりも、クマ殿が妾の側……じゃなくてじゃな、村にいてくれることを正式に決めてくれて本当に嬉しいのじゃ」
そう言って笑ってくれました。
気のせいか、その頬が少し赤くなっているような気がしないでもなかったのですが……とはいえ、今の僕は、そのことよりも、シャルロッタが一度言い直した『クマ殿が妾の側……じゃなくてじゃな』の部分がどうにも耳に残っていました。
シャルロッタも、僕が正式に彼女の側で働く事を喜んでくれてるのかな?
そんな事を考えながら、僕は書類にサインしていきました。
……元の世界で勤務していた会社に入社した時にも就労契約書にサインしましたけど、あの会社では規定されていた残業手当が払われたこともありませんでしたし、規程になかった意味不明な引き去りがあったり、と、色々ブラックだったんですけど、その点、シャルロッタはそういった面でも安心出来る相手ですし、彼女の元で働ける事が、すごく嬉しく感じます。
* * *
こうして、正式にニアノ村で働くことになった僕は、深夜を過ぎる頃に森へ向かって駆けていきました。
「正式に契約したんだし、しっかり働かないとね」
今日は、ドラコさんと狩りをする日です。
村を覆っている柵を跳び越え、湖へと駆けていきます。
ドラコさんは、すでに湖畔に出て僕のことを待ってくれていたらしく、
『クマさ~ん!』
僕の姿に気が付くと右手を振ってくれました。
まだ結構距離はあったものの、ドラコさんの体は大きいのでその仕草までしっかり確認出来ました。
さぁ、今夜も頑張らないと……
僕がそんな事を考えていると、
「もう、クマさんったらぁ~今夜も頑張るって、ドラコ期待しちゃいますよぉ~」
「き、期待って……え? あ、そ、そういう意味じゃあ……」
体をクネクネさせているドラコさんを前にして、男女の営みのことを想像しているのは間違いないといいますか……僕は顔を真っ赤にしながら慌てながら誤解を解こうと必死になっていました。
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