クマさんの考えたこと その3

 お互いに真っ赤になったまま、どこかぎこちなく宿へと戻った僕とシャルロッタ。


 借りていた品物を宿のご主人へ返却した僕は、自室へ戻りました。

 シャルロッタには、先に部屋に戻ってもらっています。


「……ふぅ」


 小さく息を吐き出しながらベッドに腰掛けた僕。


 どうやら試食の配布は成功したみたいです。

 次回、缶詰を持参すればそれなりに話題になる、その準備が出来たように思います。

 

 ……しかし


「……はぁ」


 思わずため息を漏らしながら頭を抱えてしまいました。

 

「……なんだったんだ、今日のあのグダグダな営業トークは……僕ってばあんなにあがり症だったっけ……」


 広場での自分の姿を思い出しながら、再び大きなため息を漏らしていました。


 ……元の世界では、営業職としてそれなりに成果をあげていたと思っていました。

 だから今回も十分やれると思っていたのですが、じ、実際に結果はうまくいったようには思うんだけど、その際の僕の言動は、どんなに控えめに言っても最悪でした。


 まともに話せなくなり……

 パニクりまくり……

 動けなくなる……


 シャルロッタがいなかったら、僕は途中から試食を配布することもままならなかったかもしれません。


 そういえば生前……営業先でプレゼンをさせてもらえることになったっていうのに、テンパってしまって30分一言も話せなかったこともあったっけ……


 冷静になって思い返してみると……それなりに成果をあげていたと思っていた僕の営業の仕事って……ほとんどなかったんじゃないかもしれない……

 良質な小売店を見つけきて、結構軌道に乗ったあの件だけは間違いなく僕の成果だと思っている……でも、あの一件にしても、僕が他の仕事でテンパりまくって右往左往するばかりになることがしばしばあって……


 駄目だなぁ……一度思考がネガティブになってしまうと、とことんネガティブに落ち込んでいってしまう……

 僕はベッドの腰掛けると、ふたたび大きなため息をつきました。


 やっぱり僕は、この世界でも駄目なんだろうか……


 ……コンコン


 その時、部屋のドアがノックされました。

「……どうぞ」

 誰だろう……ちょっと今は誰にも会いたくない気分なんだけど……宿のご店主が返却した品物の件で何か確認に来たのであれば、対応しておかないと……そう思った僕は返事をしながら戸を開けました。


 そこに立っていたのは……シャルロッタでした。


「クマ殿、今日は本当にお世話になったのじゃ。妾の村の商品があのように話題になる光景など始めてみたのじゃ。ホンに痛快じゃった」


 シャルロッタはその顔に満面の笑みを浮かべながらそう言うと、僕の手を両手でギュッと握りしめてくれました。


「クマ殿、この缶詰の一件をぜひ軌道に乗せて欲しいのじゃ。そのためなら妾も助力を惜しまぬでな、出来ることがあったら何でも言ってほしいのじゃ」


 シャルロッタは、満面の笑顔でそう言ってくれています。


 ……あぁ


「あ、ありがとう!」


 その笑顔を見ていた僕は……なんかもう胸の奥が熱くなってしまって……シャルロッタの事を思わず抱きしめてしまいました。


「く、クマ殿!?」


 いきなりの出来事に、シャルロッタは慌てた声をあげたのですが……でも、嫌がったり離れようとはしていません。

 どちらかというと、僕のなすがままに抱き寄せられた……そんな感じでしょうか……


 ……ドヤ顔で作戦を立てて広場まで行ったっていうのに、肝心な場面でテンパりまくってまともな行動が出来なかった僕……


 ……これが生前努めていた会社だったら、雷を落とされていたに違いありません。

 実際、30分固まってしまった時には、そうでしたから……


 雷を落とされても当然なことをしでかしてしまった僕だというのに……シャルロッタはそんな僕の事を笑顔で褒めてくれているんです……


「……シャルロッタ……ありがとう」


 僕は、シャルロッタを抱きしめたまま、そう言いました。

 小刻みに体が震えているように思います。

 

 そんな僕を、シャルロッタは優しく抱きしめてくれました。


「クマ殿……それは妾の言葉なのじゃ……」


 身長差がかなりあるため、上から覆い被さるようにしてシャルロッタを抱きしめている僕。

 シャルロッタは、つま先立ちになりながら僕の首に腕を回しています。


「クマ殿……こちらこそありがとうなのじゃ……」


 シャルロッタは、優しい声でそう言いながら僕の頭を撫でてくれました。

 そんなシャルロッタを、僕は抱きしめ続けていました。 

 

 ざわざわ……


 ん? 気のせいでしょうか……廊下の向こうから何か聞こえてくるような……

 そちらへ視線を向けると……抱き合っている僕達を見つけた野次馬の人たちが集まりはじめていたみたいでして……


「し、シャルロッタ、あああ、ありがとう!」

「ううう、うむ、こちらこそなのじゃ」


 それに気がついた僕とシャルロッタは、顔を真っ赤にしながら離れると、慌ててそれぞれの自室へと戻っていきました。

 先ほどまで、シャルロッタの匂いに包まれいた僕……無意識のうちに、鼻から息を吸い込んでいました。 

 僕の心の中には、さっきまでの落ち込んだ気持ちはなくなっていました。


 うん……そうだ。


 僕は、シャルロッタのために頑張るんだ……今までが駄目なんなら、これから頑張っていけばいいだけじゃないか、うん。

 

 僕はそう心の中で呟くと、気合いを入れるために両手で頬を張りました。


 ちなみに、僕の怪力スキルだけど……人を殴るとか、抱きしめるなどといった行為を、普通に行っただけでは発生しないみたいです。


『相手をめいっぱいぶん殴るぞ!』


 とか


『この木を持ち上げるぞ!』


 とかいった具合に、少しでいいので心の中で気合いを入れると発動するという感じなんです。

 とにもかくにも、ちょっと感情的になっていた僕がシャルロッタを絞め殺してしまうという事態が発生しなくてホントによかった、と、今更のように思っていた僕だったわけで……なんか、そんなことを考えてたら、背筋が冷たくなってしまった……

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