クマさん、再び山賊と その1

 荷馬車の脇の倒木に座って、一晩を過ごした僕。


「星が綺麗だなぁ……」


 夜空を見上げながら、僕は思わず感嘆の声を漏らしていた。

 僕が元いた世界の夜空も綺麗だったと思うんだけど……今、僕が見ている星空は比べようがありません。

 夜空に、赤や緑の色彩が星々を彩っていて、それがゆっくりと姿を変えています。

 ホントに、いつまで見ていても飽きがきません。

 

 やがて、山の端が徐々に白みはじめた。


 そのコントラストが、またすっごく綺麗なんです。

 

「……クマ殿、何を見ておるのじゃ?」


 しばらくすると、荷馬車の中からシャルロッタが姿を現した。

 すでに冒険者の服装に着替えているシャルロッタ。


「あ、うん。星空が綺麗だったから、ずっと見ていたんだ」

「ふぅん、そうなのか」


 僕の隣に座ったシャルロッタなんだけど……なんだろう、気のせいか少し機嫌が悪いような気がしないでもない。

 少し頬を膨らませているような……


 ひょっとして、寝にくかったのかな?


 ……もう、待っておったのに……クマ殿ったら


「え? シャルロッタ、今、何か言ったかい?」

「え? あ、い、いや……な、なんでもないのじゃ、うん」


 シャルロッタが何か呟いた気がしたんだけど、うまく聞き取れなかったんだ。

 そんな僕の言葉に、シャルロッタは顔を真っ赤にしながら顔を左右に振っていた。


* * *


 それから程なくして、僕達は朝ご飯を食べました。


 口にしている缶詰なんだけど、これはピリが準備してくれたものなんだ。

 僕の世界にあった缶詰とよく似た薄い金属の入れ物に、1食分ずつ主食とおかずが小分けにされていて、その上部についている取っ手を引っ張ると蓋がとれて、その容器の中身を食べることが出来る仕組みになっています。


 出発前にピリに少し話を聞いたんだけど、なんでも、


「こうして密封しておくことで1ヶ月くらいなら日持ちするんですよ」


 ってことらしい。

 ちなみに、この製法はピリのおばあさんが開発したものだそうで、ピリのお母さんを経てピリに引き継がれているんだとか。


 ……しかし、この缶詰の製法って、魔法というよりも科学に近いんじゃないだろうか?


 僕の世界の中世ヨーロッパで魔女や魔法使いと言われていた人達って、結局のところ錬金術師として科学の発展に寄与していた一面が強いといわれているって何かの本で読んだような気がするんだけど、ピリのおばあさんも案外そういった側面を持った魔法使いだったのかもしれないな、と、缶詰を食べながら思いをはせたりしていました。


 ちなみに、この缶詰に詰められている料理は、先日僕が狩りまくった流血狼の肉を使用した料理でした。

 昨夜はビーフシチューに近い味わいの具だくさんのシチュー。

 今朝はどこか豚汁に似た味のする味噌汁風の具だくさんスープがお椀形の缶詰に詰められていたんだけど、そのどちらもとても美味しかった。

 主食として、四角い缶詰の中から取り出した食パン風のパンを、これらのスープにつけながら食べると、ほんとこれが絶品だったんです。

 さすがはピリ、シャルロッタ達の食事の世話だけじゃなく、村唯一の食堂を切り盛りしているだけのことはあると感心することしきりの僕でした。


 その料理を美味しそうに食べていると、そんな僕をシャルロッタがジト目で見つめていた。


「ど、どうかしたのかい、シャルロッタ?」

「……そ、その……わ、妾もいつかはこれぐらいの料理を作れるように頑張るから……そ、その、気長に待って欲しいのじゃ」


 シャルロッタは、耳まで赤くしながらそんなことを口にしました。

 

 ……そういえば、ピリが不在だった際にシャルロッタが作ってくれた料理……あれはちょっとすごかったもんなぁ……


「うん、期待してるよ」


 そんなシャルロッタに、僕は笑顔でそう答えた。

 するとシャルロッタは、


「う、うむ! 任せるのじゃ!」


 満面の笑顔で、そう答えてくれた。

 その笑顔が、今朝もまぶしいなぁ……うん。


 今の僕は、この笑顔のために生きている……そう、再認識出来た瞬間だった。


* * *


 食事を終えた僕達は、たき火の後に砂をかけたりして野宿の後始末を終えると、すぐに出発しました。


 一晩中起きて寝ずの番をしていた僕は、


「じゃあシャルロッタ、何かあったら起こしてね」


 そう言って、荷馬車の中へと入っていきました。


「うむ、しっかり休んでほしいのじゃ」

 そんな僕をシャルロッタが笑顔で見送ってくれました。


 荷馬車の中へ入ると……そこには、毛布が敷かれていました。

 敷き布団用に広げられている毛布の上に、掛け布団用にと、折りたたまれた毛布がもう1枚おかれています。

 シャルロッタが僕のために準備しておいてくれたのでしょう。

 僕が少しでも快適に眠れるように、と。


 僕は、内心でシャルロッタに感謝しながらその毛布の中に入っていったんだけど……そんな僕の体をすっごくいい匂いが包みこんでいったんです。


 ……ま、まさかこの匂いって、シャルロッタの匂い?……って、ことは……この毛布ってば、昨夜シャルロッタが使った毛布ってこと!?


 僕は、そのことに思い当たると思いっきり目を丸くしていきました。

 即座に毛布を顔にあてがいます。

 同時に、顔中をいい匂いが包み込んでいきます。


 ……ふ、ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 歓喜の声をあげたい衝動を必死に堪え、脳内で雄叫びをあげる僕。

 って、いうか、いい匂いすぎてクラクラしてきた……


 あぁ……なんかこんなのって、すっごく変態だよな、って頭ではわかっているんだ。

 こんな行為をする人間なんてクズだ、最低だって、思ってもいた。


 でも……でも…………でも………………


 僕の脳内をいろんな思いが駆け巡っていきました。

 その思いを、一度思いっきりかき消した僕は、心を無にして毛布を頭から被っていきました。


 その後、僕は何も考えることなく、ただただ呼吸を繰り返していた。

 まるでラジオ体操で行うような深呼吸を繰り返しながら……毛布を頭から被ったまま……シャルロッタの匂いをひたすら肺に吸い込みながら至福の眠りについていったんです。

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