ラミアと料理番と領主 その5
「ぼ、僕でお役にたてるのでしたら!」
シャルロッタのお願いに、何度も頷きながら応じた僕。
そんな僕を、シャルロッタは村の門へ連れていきました。
村の門は、柵の途中に設置されている木製の門でして、元いた世界で鉄製の頑丈な門を見慣れている僕には、とても貧弱な感じを受けてしまいます。
普通、村に出入りするためには、ここを必ず通らなければならないものですから、村に住んでいる人にとっては良く知っている場所ということになるのですが……ジャンプで柵を飛び越えている僕にとっては、とっても珍しく感じてしまう場所でも
あります。
「……あれ?」
門にやってきた僕は、違和感を感じました。
その門は、硬く閉ざされていたのです。
まだ、日が高いですし、いつもでしたら門は開かれていて、シャルロッタが雇用している騎士が守っているはずなのですが、その騎士達は閉ざされている門の方をジッと見つめながら剣を構えています。
……一体何が……
僕がそんなことを考えていると、
「ほれ……聞こえるであろう?」
シャルロッタが、門を指さしました。
……シャルロッタに言われて耳を澄ましてみると……
「ダーリーン! ねぇ、ダーリンってばぁ! 開けてよぉ!」
門の向こうからそんな声が聞こえてきたのです。
その声を聞いた僕は、思わず苦笑してしまいました。
……間違いない……
門のすぐ向こうで声を上げ続けているのは、ラミアのミリュウです。
ミリュウは、門のすぐ向こう側にいるらしく、でひたすら僕をダーリンと呼称しながら呼び続けているのです。
苦笑している僕の横で、シャルロッタが大きなため息をつきました。
「クマ殿を運んでおる最中に目を覚ましたあのラミアなのじゃが、すごい勢いでクマ殿や妾達をおいかけてきおってな……ギリギリで門の向こうに閉め出すことに成功したのじゃが、ああしてずっと門の向こうでうなり声をあげ続けておるのじゃ」
……うん?
シャルロッタの言葉に若干の違和感を感じた僕。
……うなり声? ……あんなにはっきり喋っているのに?
首をひねっている僕の隣で、シャルロッタは腕組みをしたまま門を見つめ続けています。
「あのラミアの目的がなんなのかさっぱりわからぬが……このままにしておくと、門を開けることが出来ぬ。このままでは食料を調達に行けぬから、村が干上がってしまうのじゃ……はてさてどうしたものか……」
「……あの……シャルロッタ」
「なんじゃクマ殿?」
「ミリュウ……っていうか、あのラミアだけどさ、さっきからずっと僕を呼んでるよね?」
「は?」
「え?」
お互いに目を丸くしながら顔を見合わせている僕とシャルロッタ。
「な、何を言っておるのじゃクマ殿、あのラミアはさっきからうなり声しかあげておらぬではないか?」
「え?」
「は?」
お互いに、門の方を見つめ、そしてお互いに目を丸くする僕とシャルロッタ。
そんな僕の耳には、
「ダーリーン!出て来てぇ、ダーリンのお側においてほしいのぉ!恩返しをさせてほしいのぉ!」
門の向こうから必死に懇願しているミリュウの声が聞こえ続けていたわけなのですが……
「うなり声?」
「そうじゃ……ほれ、『うがー』とか、『うおー』とか……のう?」
シャルロッタがそう言いながら周囲へ視線を向けると、門を守っているシャルロッタの部下の騎士達が
「えぇ」
「シャルロッタ様のおっしゃられますように、うめき声しか……」
そう言いながら、何度も頷いています。
……ど、どういうことだ? ……まさかミリュウの声が話し声として聞こえているのは僕だけってことなの?
僕はシャルロッタや周囲の皆を見回しながら首をひねり続けていました。
すると、そんな僕の様子に気が付いたシャルロッタが
「……まさか……クマ殿、魔獣使いのスキルでもお持ちなのか?」
「は? 魔獣使い?」
「うむ、魔獣使いのスキルを持つものは魔獣の声を聞くことが出来ると聞いた事があるのじゃが……」
おそるおそるといった感じで僕に尋ねてきた。
そんなシャルロッタに、僕は、
「……そんなスキルがあるかどうかはちょっとよくわかんないんだけど……とりあえず、あのラミアが何を言っているのかは理解出来るみたいなんだ」
そう、答えました。
その途端に、門の周囲に集まっていたシャルロッタをはじめとした村の人達が一斉にどよめきにも似た声を上げながら僕へと視線を向けてきました。
「わ、わかるというのか?……クマ殿、それで、あのラミアはなんと言っておるのじゃ?」
「あぁ……あのラミアはですね、昨夜僕が流血狼を狩っている際に、偶然なんですけど、その流血狼達に襲われていたところを助けちゃったみたいでして……で、そのお礼をさせてくれっていい続けているんですよ」
「お礼じゃと!? あやつ、昼間はクマ殿を食おうとしておったではないか!」
僕の言葉に、シャルロッタが声を荒げました。
その様子を見た僕は、だいたい事情を察しました。
あぁ……そっか、シャルロッタには僕を追いかけてきたミリュウの姿がそう見えたのか……でも、そりゃそうだよな、ラミアが僕に向かって顔を寄せて来たとなったら、普通僕を頭から食べようとしていると……そう考える方が確かなのかもしれないし……まさかあれが、僕にキスしようとしていただなんて、そりゃ理解してくださいっていう方が無理だ。
「……そうだね、とりあえず話をしてくるよ」
僕はそう言うと、その場で大きく跳躍し、門をひとっ飛びで越えていった。
そのジャンプ力を目の当たりにしたシャルロッタ達は、再びどよめきに似た声をあげていました。
その声に見送られながら、僕は門を越え、その向こうへと着地しました。
そして、その目の前、門の前に……ミリュウの姿がありました。
そんなミリュウは、僕の姿に気がつくと、
「ダーリン!会いたかったの!」
胸の前で両手を合わせながら目をうるうるさせています。
……う
これって、あれだよね……僕が元の世界でよく見ていた漫画のヒロインのラミアがしょっちゅうやっていたポーズと瓜二つなんだけど……い、いかんいかん、そんな仕草にくらっとなんかしてないんだから!
そんな事を考えている僕に、ミリュウは一気ににじり寄ってこようとした。
「まった!」
そんなミリュウに、僕は右手で制止するよう合図を送った。
「ダーリン?」
それを受けて、ミリュウはその場で停止して、首をひねっています。
どうにか言うことを聞いてくれたミリュウを前にして、安堵のため息をついた僕は、改めてミリュウへ視線を向けました。
……服は着ていないけど、背中から胸のあたりにかけては鱗のようなもので覆われている……尻尾を覆っている鱗と背中のその部分の鱗はどうやら別物のような感じだ……とすると、上半身の鱗はひょっとしたら脱げたりするのかもしれない。
ピンクの髪の毛をしているそのラミアの女の子……うん、ホントに、顔だけ見ていればすっごく可愛いんだよな……
ミリュウの事を改めて観察した僕は、一度咳払いをすると、
「なぁ、ミリュウ。君は僕に恩返しをしたいっていったよね?」
「えぇ、そうだよダーリン」
「それは具体的にどういうことをしたいってことなのかな?」
「ダーリンのお側に使えてダーリンのお世話をしてダーリンの言うことを聞いてダーリンの……」
……なんだこれ
なんか、ミリュウってばひたすら「ダーリンのために」を繰り返しているんだけど……
「……なぁミリュウ」
「はいですの?」
「……君が僕のためにあれこれしたいっていうのはわかったんだけど……君はラミアじゃないか」
「はいですの」
「そして僕は人間だ」
「はいですの」
「つまりだね、僕と君は一緒に暮らすとか、そういうのはちょっと……」
「大丈夫ですのダーリン、愛さえあれば種族の壁なんて軽く乗り越えて見せますの!」
「あ、愛って……あのさ、僕は君を救っただけであってだね、いきなり愛と言われても……」
困惑しきりな僕なんだけど、そんな僕の前でミリュウは目をキラキラさせ続けています……気のせいでしょうか、その瞳がハート型になっている気がしないでもないといいますか……
「ミリュウはダーリンに助けられましたの。あのときのダーリン、ってもかっこよかったですの。流血狼を大きな木を振り回して殴っては殴り、殴っては殴り、また殴っては殴り……」
「……そ、それって殴ってしかいないよね?」
「その勇ましいお姿を拝見したミリュウは決めましたの! 一生かけて恩返しをさせていただきますの!って。 ミリュウの愛をこめまくってですの!」
「い、いや……だ、だからあれは、偶然というかたまたまというか……」
「そういう奥ゆかしいところも愛しておりますの、ダーリン」
何を言っても、まっすぐ僕に向かってくるミリュウ。
そんなミリュウに僕は困惑しきりでした。
そんな僕に、ミリュウはさらにまっすぐな瞳を向けているのですが……やっぱりその瞳がハート型をしているように見えなくもないといいますか……
* * *
……その後、僕とミリュウの話し合いは1時間近く続いていきました。
そして……
「……と、言うわけで……このラミアのミリュウは僕の使い魔として、村のお手伝いをしてくれることになりました」
門を開けてもらい、ミリュウと一緒にその中へ入った僕は、そう言ってミリュウをみんなに紹介しました。
そんな僕の横でミリュウは、
「というわけで、ダーリンの使い魔になりましたミリュウですの。よろしくお願いいたしますの!」
満面の笑顔でそう言うと、ぺこりと頭を下げていった。
……もっとも、村のみんなには、ミリュウの言葉は相変わらずうなり声にしか聞こえていないみたいなのですが……
いくら「恩返しなんていいから」と言っても、帰ろうとしなかったミリュウ。
それどころか、
「家族はみんな流血狼に殺されてしまいましたの……ミリュウにはもう帰る場所がございませんの」
と、目をうるうるさせながら言われてしまった日には、追い返す事も出来ないといいますか、もう、この辺りを落としどころにするしかないか、と、思ったわけなんです。
ミリュウを紹介しながら苦笑している僕。
そんな僕を見つめながら、村のみんなは一様に目を丸くしていたのですが、程なくしてシャルロッタが口を開きました。
「……く、クマ殿は、そのラミアを使い魔にしたというのかの? ……に、しては……そのラミアには契約の首輪がないように見受けるのじゃが」
「契約の首輪?」
「うむ、魔獣使いスキルの持ち主が魔獣と使い魔の契約を結ぶとじゃな、その魔獣の首に契約の首輪が出現するはずなのじゃが……」
シャルロッタは、そう言いながらミリュウを見つめ続けていました。
……そ、そんなことを言われても……
その言葉を受けて、今度は僕が困惑する番でした。
確かにミリュウと話は出来ているのですが……そもそも僕が魔獣使いスキルの持ちかどうかも怪しいわけですし……だいたい、使い魔の契約の仕方なんて知ってるわけがありません。
僕が困惑していると、そんな僕の側にミリュウがにじり寄ってきました。
「大丈夫よダーリン、ミリュウね、契約の仕方を知ってますの」
「え?」
そう言うと、ミリュウは僕の手を取り、その手を自らの額にあてがいました。
「ラミア族のミリュウ、ここに宣言するの。ダーリンを主人とし、その使い魔となることを!」
ミリュウがそう言い終えると同時に、僕の手が光りました。
同時に、ミリュウの首にも光が発生していき、しばらくすると、その光は首輪に姿を変えていったのです。
「え? な、なんだなんだ!?」
何が起こったのかさっぱりわからなくて、ひたすら困惑することしか出来ない僕。
そんな僕の横で、シャルロッタが
「おぉ! まさに契約の首輪! クマ殿がこのラミアを使い魔にした証なのじゃ!」
そう言いながら、歓喜の声をあげました。
同時に、周囲に集まっていた村人達も歓声をあげていきました。
「クマ様すごい!」
「伝説の魔獣を使い魔にしちまうなんて!」
「クマ様!」
「クマ様!」
その歓声のすごさに戸惑う僕。
そんな僕の前で、ミリュウはというと、
「この首輪は、ミリュウとダーリンの愛の絆なの。末永くよろしくお願いいたしますの」
そう言いながら、自分の首に巻き付いている頑強そうな首輪を愛おしそうに撫でていました。
その頬は上気し、うっとりとした視線で僕を見つめています……その瞳は、確実にハート型になっていました。
そんなミリュウと、周囲の歓声を前にして、僕はただただあたふたし続けていた。
シャルロッタは、そんな僕の元に歩み寄ると、
「本当にクマ殿はすごいのじゃ……村を襲おうとしていたラミアを改心させてしまうとは……」
「あ、いや、そ、それは偶然といいますか、たまたまといいますか……」
「うむ、その奥ゆかしいところも、素敵なのじゃ」
そう言って、にっこり微笑むシャルロッタ。
元いた世界では、仕事で成果をあげても横取りされたり、難癖を付けられたりして
……いつも嫌な思いをしていた僕なのですが……不可抗力とはいえ、僕の成果を評価してもらえているのが、とっても嬉しかった。
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