ラミアと料理番と領主 その2
僕は、すごいスピードで街道を疾走していた。
元の世界の僕は、ちょっと走っただけで息があがってバタンと倒れ込んでいたと思うんだけど、今の僕はすごい早さで走り続けることが出来ているんだ。
もっとも、走る格好は手足がバタバタしていて、お世辞にも格好いいとは言えません。
とはいえ……
やはりこの世界にやってきた僕は、身体能力が向上していると考えて間違いないみたいです。
おそらく村人達では、疾走している僕の姿を捕らえることは出来なかったのではないかと思います。
それほどの速さで街道を駆け抜けた僕は、一気にジャンプし、そのまま木の柵を越えていきました。
ここまで急いだのには理由があります。
あの悲鳴に、僕は聞き覚えがあったんだ。
はっきり誰の声とまでは思い出せないものの、間違いなくどこかで聞いたことがある声だったのは間違いありません。
それは、宴会の際に聞いた村人の誰かの声だったかもしれない。
そう思ったからこそ、僕はその悲鳴の場所に向けて急いでいるわけです。
もし村人の身に何かあったら、この村の長であるシャルロッタが悲しむに決まっています。
そう思ったからこそ、僕は全速力で悲鳴が聞こえて来た場所へとたどり着いたんです。
……で
現場にたどり着いた僕の目の前に、すごい光景が広がっていました。
そこにいたのは、流血狼の群れだったのです。
夜行性のはずの流血狼達が、集団で何かを取り囲んでいます。
その中心へ視線を向けた僕は、その集団の中央に……ラミアの女の子の姿を見つけたのです。
「……え?」
その光景に、僕は目を丸くしました。
あぁ……そうだ。
思い返して見れば、どこかで聞いた事があると思ったあの悲鳴って、村人じゃなくてこのラミアの女の子の声に似ていたんだ。
ことここにいたってようやくそのことに気が付いた僕。
流血狼に囲まれているラミアの女の子は、その手に僕の靴を抱きしめていました。
それを、まるで守るかのようにして胸に抱きしめながら、ラミアの女の子は体を強ばらせています。
すでに何度か襲われたらしく、その体には無数の傷がついているではありませんか。
流血狼たちは、そんなラミアの女の子の周囲を完全に取り囲み、今まさにとどめをささんとして飛びかかろうとしているところでした。
ラミアの女の子は、為す術がないのか、体を強ばらせてジッとしています。
こ、このままじゃあ、やられちゃう。
僕は、近くにあった木を、
「ふん!」
力任せに引っこ抜き、その木を振り回しました。
その木が、宙を舞っていた流血狼に直撃していきます。
昨夜、何時間も頑張った成果でしょうか、結構狙い通りに木を振り回すことが出来ています。
それに、昨夜気がついたことがありました。
流血狼は、動作を開始する前に少しためをつくる癖がある……ような気がしたんです。
そのタイミングを逃さずにぶん殴れば、容易に狩ることが出来るんです。
もっとも、そのための時間は非常に短いため、今の僕のように怪力をもって木を一瞬で振り下ろせないと実行することは不可能といえます。
先に流血狼たちの怖さ・凶暴さを聞いていたらこんな芸当を身につけるまで、長時間流血狼と戦うなんて、出来なかったと思います。
なんの知識ももたないまま、流血狼と対峙して、散々狩りまくったからこそ身につけることが出来たといえます。
「その女の子から離れろ!」
僕は、そのまま何度も何度も手にした木を振り降ろしていきました。
動きがとても早かったこともあってか、流血狼たちはうなり声をあげる間もなく次々と地面に叩きつけられていきます。
すべてが終わるまのに、1分と少ししかかかりませんでした。
総勢で20匹近くいた流血狼たちは、すべて地面の上に倒れ込んでいます。
「ふぅ……こんなもんか。また村のみんなが喜んでくれるかもしれないな」
僕は、笑顔で流血狼たちを見回すと、その視線をラミアの女の子の方へ向けました。
そんな僕に、ラミアの女の子は笑顔を浮かべながらすごい勢いで近寄ってきて、
「ダーリンってば、またミリュウを救ってくれたのぉ!」
「うわぁ!?」
そんな事を口走りながら、僕に抱きついて来たんです。
僕の視界は、ラミアの女の子~えっと、ミリュウっていうのが名前なのかな? そのミリュウの体で覆い尽くされてしまったんだけど……な、なんだろう、僕の顔になんだか柔らかいものがぶつかっているというか……なんか、すっごく柔らかいな、これ……
ラミアの女の子は両腕を広げて僕の顔に抱きついてきました。
僕が最後に見たのはラミアの女の子の……
……って、こ、これって、僕に抱きついてきミリュウのおっぱいってことなの!?
そのことに思い当たるまでに、そんなに時間はかかりませんでした。
ミリュウは、僕の顔をその豊満な胸の谷間に挟みこむようにしながら抱きしめ続けていたんです。
「ダーリン、ありがとう! ミリュウはダーリンのおかげで2度も命を救われたの」
「い、命を救うって……し、しかも2、2度って……」
「ダーリン、ミリュウは一生かけてこのご恩をかえさせていただきますの」
そう言うと、そのミリュウは僕の頬を両手で優しく包み込むと、そのまま僕へ顔を寄せてきた。
その目は閉じて、唇が少し飛び出している。
こ、これって、いわゆるキス顔ってやつなのだろうか……
目の前に、自らのことをミリュウと名乗っているラミアの女の子のキス顔が迫っています。
目を閉じて、気持ち唇を前に突き出しているその顔……こ、これがキス顔なんだ
生まれて初めて経験する、キス顔の女の子が接近してくるというシチュエーションを前にした僕は、完全に思考が停止していました。
うん……そうだよな、キス顔で女の子に迫られたことなんて今までの生涯で一度もないわけだし、この機会を逃したら、僕にキス顔でを迫ってくれる女の子なんて二度と現れるわけがない。
うん……このまま、この流れに身を任せても……い、一生に一度のチャンスなんだし……
そんな事を考えながら、僕も目を閉じ……ようとしたんだけど……なんだろう……僕の心の中で何かがひっかかってしまって、目を閉じることが出来ません。
……って、ちょっと待てよ?
僕はこのままミリュウとキスしちゃっても……いいのかな?
ミリュウが迫ってくるのにつれて、僕の心の中にモヤモヤが広がっていきます。
そして、そのモヤモヤはやがてある女性の姿になっていって……
「ちょ、ちょっと待った!?」
「むぎゅ!?」
僕は大慌てしながらミリュウの顔面を右手で押し返しました。
僕の右手で、その顔を押しつぶされた格好になってしまったミリュウは、変な声を上げながら後方に引き下がっていきます。
そうだ……いいわけがない……このままミリュウとキスしてしまっていい訳がない。
そんな事を考えている僕の心の中、モヤモヤの中には、シャルロッタの姿がはっきりと浮かびあがっていたんです。
……そうだ……僕は、この世界で……シャルロッタのために頑張ると決めたんじゃないか。
他の女の子にうつつを抜かすようなことをしていていいわけがありません。
例え、キス顔でせ、迫られたとし、しても……
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