おっさんと村と盗賊と その4

 屋根を転がりながらも、どうにか立ち上がろうとした僕なんだけど……いくら屋根が長いからって、当然永遠ってわけじゃない。


 僕の体は、あっという間にその端に到達してしまった。

「な、南無三!」

 一か八か、思いっきり両足をのばしていく。

 どうにか、その先で屋根を蹴ることに成功したらしい。


 僕の体は屋根からまっすぐ転がり落ちることは免れた……ん、だけど……


 僕の体は……空高く舞い上がっていた


 ……僕自身、自分の体に何が起きているのかさっぱりわからなかった。

 ただ、屋根を蹴った僕の体は、今度は空高く舞い上がっていた……これだけは紛れもない事実だった。


 村で一番高いであろう教会らしい建物……その三角屋根よりもはるか上空に舞い上がっている僕は、情けなく手足をばたつかせながら空中を移動していた。


 なんというか……走り肌飛びをして、空を舞っている……その時間が延々続いていると言えばいいのだろうか。


 屋根を蹴り、宙に舞い上がった僕の体は、まだまだ上昇を続けていて、あっという間に村を覆っている木の柵を越えていった。


 下はもう森だ。

 木々の緑が一面に広がっている。


 っていうか、これってばどういう事なの?

 僕の脚力がすごいって事なの?

 学生時代の走り幅跳びの記録が最高で98センチの僕なのに?


 色々考えては見るものの……考えれば考える程こんがらがってしまって、もう何が何だかわけがわからない……


「た、助けて誰かぁ」


 え?

 そんな僕の耳に、あの悲鳴が再び聞こえてきた。

 すごく近いぞ……っていうか、ほぼ真下?

 手足をバタバタさせながら宙を舞っている僕は、足下へ視線を向けた。

 

 すると、木々の合間に数人の人影が目に入ってきた。


 見るからに「山賊さんですよね、あなた達は」的な衣装を身につけている男達が、1人の女性を追いかけている。

 女性は木々の合間巧みにすり抜けて山賊さん達との距離を広げようとしているみたいだけど、山賊さん達もそうはさせじと散開して女性を取り囲もうとしている感じだ。


 ……ど、どうしよう……どうにかして助けてあげなきゃ


 咄嗟にそう思った僕なんだけど……


 助ける? 


 僕が? 


 どうやって? 


 そもそも、宙を舞い続けている僕がどうやってあそこに着地すればいいんだ?


 僕の頭の中をいろんな考えが駆け巡っていく。


 そんな僕の目の前に、1本の巨木が出現した。

 手を伸ばせば、その先っぽを掴めそうそうな距離だ。


 とにかく、僕は必死に右手を伸ばし、その気の先っぽを掴んだ。


 ガシッ


 どうにかキャッチに成功。

 僕の体は、その巨木を中心にしてグルーンと回転していく。


「どわあああああああ!?」


 あまりの急旋回に、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 下の山賊さん達に気付かれてしまうかも知れない。

 でも、今の僕にはそことまで考えを巡らせる余裕はなかった。


 僕の巨体は、巨木を中心にしてぐるんと一回転していった……んだけど、


 メキメキメキ……


 同時に、巨木の幹がすごい音を立て始めた。

 やばい……これ、折れる!?

 そう、僕が思うのと同時に、巨木の幹が折れ、僕の体は真っ逆さまに地上へ向かって落下していった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ」


 僕は、手に持っていた巨木の先っぽを放り投げながら、真っ逆さまに落下していった。


* * *


 僕は恐る恐る目を開けた。


 かなりの高さから落下したんだ……さすがに無傷ってことはないだろう……

 痛みはないみたいだし、意識もはっきりしているみたいだけど……え? これってまさか……僕、死んじゃったとか……

 

 自分の体の様子を確認しながら目を開くと……僕の目の前に女性が立っていた。

 間違いない……山賊さん達に追いかけられていた女性だ。


 そして、その向こうには、この女性を追いかけていた山賊さん達が1,2,3……総勢5人いる。


「て、てめぇ……」

「よくもアニキを……」

「え?」


 山賊さん達は、そんな事を口走りながら僕との距離を詰めてきた。


「ちょ、ちょっと待ってください。アニキがどうのって、どういうことですか?」


 僕は声を裏返らせながら質問していく。

 そのまま立ち上がろうとした……ん、だけど……


 ぐに


 あれ? なんだこの感触?

 足下に何かが転がっている感じだ。

 慌てて足下へ視線を向けた僕なんだけど……そこに1人の男が倒れていた。


 どうやら……落下した僕の下敷きになってしまったらしいこの男……見るからに他の山賊さん達よりも一回り体格が大きいし、多分彼らが言っている「アニキ」っていうのが、この人のことなんじゃないかな……


「あ……えっと、こ、この人がアニキさんですか? あれ、おかしいですね、なんか全然動かないな……あれぇ」


 僕は、両手でアニキさんを抱え上げていった。

 必死に上下に揺さぶってみたんだけど……やばいなこれ、息してない?

 このままじゃ、アニキさんの仇討ちとして、山賊さん達に殺されちゃうんじゃないかな?


 僕の背筋に、脂汗がつたっていくのがわかった。


 ずず~ん……


 そんな僕の耳に、大音響が聞こえてきた。

「こ、今度はなんだぁ!?」

 若干声を裏返らせながら、僕は音の方へと視線を向けた。


 ……そこには、でっかい木が転がっていた。


 多分あれ、僕がさっき落下している最中に放り投げた、あの巨木の先っぽに間違いない……はずなんだけど……


 え、何?

 なんであの木ってばあんなにでっかいの?


 僕が目を丸くしたのも無理はないと察してほしい……

 僕が放り投げたその木は……全長5mはあろうかという代物だったんだ……


 僕は、その木を掴んだまま落下してきて……そして今、その木を放り投げた……


「……放り……投げ、た?」


 僕は、目を見開いたまま自分の両手をマジマジと見つめていった。

 

 思わずアニキさんを手放してしまったもんだから、アニキさんは僕の手から落下して再び僕の足下に転がっていったんだけど……ごめんなさい、今はそれどころじゃなくなった感じです。


 僕は、恐る恐るその木へと近づいていき、それを右手で掴んだ。

 すごく大きくて、すごく重たそうなその木を、僕は、


 ひょい


 ……そう……文字通り「ひょい」だった。

 そんな感じで容易く持ち上げてしまった。


 その言葉以外、あてはまらない。

 それほどあっさりと、その5m近い巨木の先っぽが、持ち上がったんだ。

 しかも、僕はそれを右手一本で持ち上げている。


「う、うそでしょ……」

 思わずそんな言葉が口からこぼれてしまった。

 

 そんな僕の様子を見ていた山賊さん達の様子が、なんかおかしい?

 さっきまで、殺気だって僕に近づいてきていたのに……何故か急に、おっかなびっくりといった感じで後退りしているような……


「ば、化け物か、こいつ……」

「あ、あんなでかい木を、片手で軽々と……」

「こ、こんな奴に勝てっこねぇ」


 僕の耳に、山賊さん達の言葉が聞こえてきた。


 その声は恐怖に震えている。

 僕がそちらへ視線を向けると……山賊さん達は一様にへっぴり腰になっていて、ガクガクと足を震わせていた。


 え?

 何?

 ひょっとして、僕にびびってるの?


 思えば学生時代……図体だけはでかいのに気弱だった僕はしょっちゅうカツアゲされていた。

 愚図でのろまなドン亀としていじめにもあっていた。

 先生にまで「このドン亀」とか言ってぶん殴られたこともある。


 え?

 何?

 そんな僕にびびってるの? この山賊さん達……


 僕は、右手で持ち上げている巨木へ再度視線を向けた。


 重さは全然感じていない。

 そんなに力を込めたつもりもない。


 でも、すごく大きいこの巨木の先っぽは、僕の右手で支えられてまっすぐ持ち上がっている。


 僕は、山賊さん達へ再度視線を向けた。


 山賊さん達は全員さらに足をガタガタさせている。

 なかには、股間が湿っている人もいるようだ。


「……あの……降参してくれるのなら、これを振り降ろすことはしませんので……」

 なんとも締まりの無い言葉を僕は口にした。

 この巨木を、あの山賊さん達に向かって放り投げてしまえば、案外簡単に勝てたかもしれない。


 でも


 ……僕は、やっぱり喧嘩は苦手だ。

 争わないで済むのであれば、それに越したことはない。


 僕は、右手の巨木を振り回してみた。

 やはり重さはまったく感じない。

 でも、僕はその巨木をまるで木の枝でも振るかのように振り回していた。


 そんな僕を見つめていた山賊さん達……


 ガランガラン

 キィン

 ガシャガシャ


「こ、降参だ、降参する」

「命だけはお助けくだせぇ」


 一斉に手に持っていた武器を僕の方へ放り投げると、その場に土下座してしまったんだ。

 僕は、その光景を目の当たりにしながら、安堵のため息をもらしていた。


 ……よかった……戦わずにすんだ


「あんた! すごいわね!」


 そんな僕に、女性の声が聞こえて来た。


 そう、先ほどこの山賊さん達に追いかけられていた女性だ。

 

 その女性は、満面に笑みを浮かべながら僕に駆け寄ってきた。


「おかげで助かったわ、ホントにありがとね」


 その女性はそう言うと、僕の首に抱きついてきた。


 うわぁ……


 そんな僕の鼻腔に、いい匂いが飛び込んできた。

 シャルロッタといい……女の子って、どうしてこんなにいい匂いがするんだろう……


 その匂いを前にして、僕は思わずデレッと鼻の下を伸ばしてしまった。


 同時に、右手から巨木がこぼれていく。


 ずずーん……


「あ?」

 巨木は、僕の眼前に向かって落下していった。

 その先には……あの山賊さん達がいたはずなんだけど……あの、僕ひょっとしてやっちゃいましたか?


* * *


 程なくして、巨木の音を聞きつけたシャルロッタ達が駆けつけてきた。


 幸い、巨木は山賊さん達の間をかすめた格好になっていた。

 おかげで、誰も怪我はしていなかったんだけど……その衝撃のせいで、山賊さん達は全員気絶してしまっていた。

 

 完全に意識を失っている5人と、最初に僕が押しつぶしてしまったアニキさんを、僕は肩の上にまとめて担ぎ上げていった。


 うん……やっぱり重くない。

 

 文字通り、ひょいっといった感じで、僕は6人を担ぎ上げてしまった。


「く、クマ殿……お主なんという怪力なのじゃ……」

 これには、シャルロッタも目を丸くしていた。


 すると、そんなシャルロッタに、先ほど僕に抱きついていた女性が駆け寄っていった。

「そうですよシャルロッタ様、この人すごかったんだから! いきなり空から舞い降りてきたかと思うと、巨木を振り回して山賊達をバッタバッタと……」


 その女性は、身振り手振りを交えながら……って


「ちょ、ちょっと待ってください!? 僕、そんなことしてませんってば」


 有りもしなかった活躍話をでっち上げられかけたもんだから、僕は慌てて首を左右に振った。


 すると


「いいじゃないの。少々大げさなくらいでちょうどいいのよ、お手柄話ってのはさ」


 そう言うと、その女性は再び僕に抱きついてきた。


「あ、あの……!?」


 その女性の行動に、僕は瞬間的に耳まで真っ赤になっていった。

 これが漫画だったら耳から湯気が噴き出していることだろう。


「こ、これ、ピリにクマ殿! は、はしたないのじゃ!」

 そんな僕達に向かって、シャルロッタが声をあげた。

 どこか裏返ったその声。

 その顔も、真っ赤になっている。

 

 そんなシャルロッタへ視線を向けながら、僕に抱きついている女性~ピリさんって言うのかな?


「いいじゃないですか。この人、私の命の恩人なんですよ?」


 そう言いながら、僕の頬にキスをしてくれた。。


 熊野巧、本日40才の誕生日。

 生まれてはじめて女性にキス ―ただし頬― してもらえた記念日として、この日の事を僕は一生忘れないと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る