ダイハード(超一生懸命)なおっさん in 異世界
鬼ノ城ミヤ
序章 太っちょ社畜 the END?
僕の名前は熊野巧(くまのたくみ)
名もない大学を卒業して、今の会社に営業として採用されて今年で18年。
うん……平社員のまま、18年の月日が流れていた。
学歴重視の会社だったし、高望みはしていなかった。
それでも、どんな時も決して諦めることなく、愚直過ぎる程真面目に仕事に取り組み続けてきた。
……ただ、愚直過ぎて、真面目過ぎて……根回しとか、要領よく振る舞うことが出来なくて、成果がともなっていたかと言われると、若干微妙だったと言わざるを得ないかもしれない。
それでも、僕が今までしてきた仕事に胸を張ることが出来る。
だから……せめて係長くらいにはなれるんじゃないかな、と、5年くらい前には思っていた。
そして40才の誕生日を迎えた今日。
僕は上司に呼び出された。
人事部長直々に、だ。
これに心が躍らないわけがない。
部長室へ向かう僕の足は軽やかだった。
いつもなら、22年間の間に蓄積されたお腹まわりが気になるところなんだけど、そんなものまったく気になりもしなかった。
そんな、喜色満面の僕に、人事部長は言った。
「すまないが、来月末で辞めてもらいたい」
「……はい?」
思いがけない言葉を前にして、僕は目が点になるのを感じていた。
次の言葉が、出てこない。
そんな僕を見つめながら、人事部長は言葉を続けた。
「ウチの会社なんだが……ちと業績がふるっていなくてね。上からのお達しで人員削減(リストラ)することになったんだよ」
「……それで、僕……です、か?」
「まぁ、そういうことだ。今までご苦労様。多少だが退職金に色はつけさせてもらうから」
……その後も、人事部長があれこれ話をしていた気がするんだけど……
正直、何も耳に入ってこなかった。
部長室を出た僕は、廊下を歩いていた。
端から見たら、情けないくらい前屈姿勢になっていたことと思う。
でも、今の僕はそんなことを気にする余裕もなかった。
部長室に向かった時は、意気揚々と延びていた背筋……
今は、惨めに前屈みになっている……
先ほどは気にならなかったお腹周りというか、ベルトが妙に食い込んでいるような気がしないでもない。
……昇進どころか……首、か。
一ヶ月の猶予があるのは、会社都合で首にする場合、そういった期間を設けないといけないとかなんとかかんとか……そんな話を聞いたことがある。
結婚もしてないし、両親はすでに他界していて兄妹もいないし、結婚もしていない独り者だから選ばれたのかも知れない……
彼女いない歴=年齢で……かろうじて、プロのお姉さんに相手をしてもらったおかげで妖精にはならずに済んだものの、独り者には違いない。
貯金は……いくら残っていただろう。
酒と煙草、ギャンブルとは無縁だったものの、10代の頃にはまった漫画とラノベ、それにゲームと食べることにはとことんつぎ込み続けてまくってきたからなぁ……まぁ、合コンも断ってそんな生活を続けていたわけだから、彼女なんて出来るわけもない。
あ、そういえばあのゲーム、今日からイベントじゃなかったっけ。
事前に告知されてたあのキャラは絶対に欲しいかったから、今回は50万まではつぎ込むつもりだったけど……それどころじゃなくなってしまったというか、なんというか……
◇◇
席に戻った僕。
営業三課
ここが僕の今の職場……一ヶ月後には元職場になる場所だ。
課長が、席に戻った僕へ視線を向けた。
僕より10才若い女性の上司。
大卒の、いわゆるキャリア組。
あと2、3年もしたらさらに上の役職に上がっていくのが既定路線なんだよな。
この営業三課のメンバーはみんな20代。
僕だけ30代だった……昨日まで。
「熊野さん、人事部長から聞きました?」
「あ、はい」
その口調からして、課長は知ってたんだな、この話……
そんな課長の前で小躍りしながら部長室に向かって行ったのか、僕ってば……とんだピエロだな。
「……まぁ、そういうことだから、今日はもう帰っていいわよ」
それだけ言うと、課長は視線をパソコンへと戻していった。
同僚のみんなはほとんど営業に出ていた不在だ。
残っている数人へ視線を向けると……明らかに僕と目を合わせないようにしている。
……まぁ、いつものことだけどね……
出世コースから外れている僕の事を、他の若い同僚達は
お荷物
無能デブ
役立たず
そんな陰口を囁きあいながら絶対に目を合わせようとしなかった。
みんな後輩なんだけど……僕のように何度も顧客の元に足を運んで注文を取ってくるような昔ながらで、かつ効率の悪いやり方を学ぼうとする人なんているわけもないし、当然のように僕はいつも浮いている存在だったもんな……
僕は、自分の机の荷物を鞄に詰めると、
「お先に失礼します」
そう言って頭をさげた。
当然、返事はない。
* * *
こんなに明るい時間に帰路につくのって、いつ以来だろう……
要領が悪いせいで、毎日遅くまで残業してたからなぁ。
要領の悪さを理由にされて、残業代も払ってもらえなかったわけだけど……
ま、しょうがないか……
僕は、胸ポケットからスマホを取り出した。
歩きながらゲームアプリを起動させていく。
『姫騎士大戦』
ここ数年、僕がはまっているゲームアプリだ。
若い頃から仕事にどっぷりでゲーム全くしたことがなかった僕が、目下はまりにはまっているゲームだったりする。
自分好みの姫騎士を育成するゲームなんだけど、メインとなる姫騎士の周囲に、その部下を配置することが出来る。
その部下達というのが、
騎士
女騎士
暗殺者
狂戦士
白魔道士
と、まぁ、様々準備されているんだけど、そのキャラ達がどれもすごく魅力的なんだ……
で、その部下達を入手するためには、ガチャを引く必要がある……もちろん有料だ。
このガチャが、また巧妙というか……
定期的に新しいキャラが追加されるのは当然で、同じキャラでも季節イベントによって水着になったり浴衣になったり制服になったりと多種多様な姿で出現してくる。
お気に入りのキャラ……まぁ、男の僕の場合、当然それは女性キャラになるわけだけど、そのキャラ達を集めるために、今までいくらつぎ込んだことだろう……
まぁ、僕としてはそういったキャラを入手するのが楽しいわけであって、そのキャラ達を使用した戦闘なんかは一切おこなったことがないんですけどね。
興味がない人に言わせれば、
「形のないものにお金をつぎ込むなんて」
だの
「なんにも残らないものに何を本気になっているんだ」
だのと、まぁ、ほんと好き勝手言われるわけだけど……そういうのじゃないんだよな。
このキャラのために、僕は頑張れるというか……
アプリが起動し、タイトル画面が表示される。
次いで、僕がメインに設定している姫騎士の上半身がアプリに表示された。
シャルロッタ
通称は『高貴なる姫騎士』
金髪ツンデレロリ巨乳の、のじゃっ娘だ。
『な、何を見ておるのじゃ、そんなに見つめても何もでないのじゃ』
もう、何百回と聞いた台詞を聞きながら、思わず顔がにやけてしまう……っと、いけないけない、ここは街中だし、歩きスマホは駄目だからね。
こんなどうしようもない僕だけど……シャルロッタはいつものように話しかけてくれる。
今の僕には、その事がたまらなく嬉しかった。
同僚達に知られたらさらにドン引きされるだろう……でも、いいじゃないか。好きな物は好きでさ……
今日は、家に帰ったらシャルロッタの声をいっぱい聞こう。
スマホを胸ポケットに戻しながら、思わず笑顔を浮かべる僕。
そんな僕の耳に、急ブレーキの音が聞こえてきた。
顔を上げると、歩行者用の信号機が赤く光っているのが見えた。
その横断歩道の中に、女の子の姿があった。
小学生くらいだろうか・
女の子は、歩きスマホに夢中になっていて、信号が赤なのに気がつかなかったみたいだ。
「あ、あぶない!」
僕は無意識のうちに、横断歩道の中に駆け込んでいった。
……なんだろう。
助けないと!
その言葉が脳内いっぱいに広がった気がして……気がついたら、僕は女の事抱きかかえて歩道へ放り投げていた。
でも、それが精一杯だった。
力には自信があったけど……40代になって足腰がちょっとアレになってきている僕は、女の子を放り投げたところで、横断歩道に倒れ込んでしまった。
女の子が、呆然とした表情で僕を見ている。
倒れ込んだままの僕は、女の子に笑顔を向けた。
「……もう、歩きスマホをしちゃ駄……」
次の瞬間……僕は激しく吹き飛ばされた。
空中に放り上げられた僕の視界の端には、突っ込んできたトラックの姿が映っていた。
なんだ、これ……
僕は、何も考えられないまま……ただ、手のスマホを抱きしめていった。
……この後に及んで、スマホを……その中のゲームのキャラを守ろうとしているのか、僕ってば……
はは……なんだか、僕らしいのかもしれないな……最後に女の子を救えたんだし……
ラノベとかだと……この後、異世界に転生して第二の人生を歩み始めたり出来るんだよね……
今度はこんなデブじゃなくて、もっとスラッとして格好いい姿になって、チートな能力をバンバン使えたりして、さらに女の子にもモテモテで……
……いや
そんな事はどうでもいいや。
僕は、薄れゆく意識の中で……スマホの画面を見つめていた。
「……もし生まれ変わることが出来たら……シャルロッタと一緒に……」
「……うん?」
目を覚ました僕は、周囲を見回した。
森の中?
上半身を起こすと……僕は素っ裸だった。
???
頭の中を、いくつものクエスチョンマークが飛び交っていく。
どういうことだ、これ?
僕はさっきまでいつもの帰り道を歩いていたはずだ。
そこで……そうだ、確か、車にひかれて……
慌てて体を確認していく。
……不思議なことに、どこにも怪我はない。
痛みもない。
普通に動けるみたいだ。
立ち上がると……うん、やっぱり素っ裸は恥ずかしいな。
僕は股間を押さえながら周囲を見回していった。
無駄に立派な息子は、両手でも若干隠しきれていなかったりする。
僕の周囲は見渡す限り森・森・森。
人の気配などまったくない。
「……えっと……こ、これって、どういうことなんだろう……」
周囲を見回しながら、僕の頭の中にはいくつものクエスチョンマークが飛び交い続けていた。
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