49.先輩とけじめ

 文化祭二日目、恐らく本物の恋人同士になったであろう俺と四葉だが、特に日常の変化はなく普段通りのテンションで校内の廊下を歩いていた。今日は文化祭の二日目、一般公開ということもあってか一日目とは違い活気に溢れている。


「あっ凛君、あそこにフランクフルトがありますよ! あれも食べましょう!」

「それはいいけど、どれだけ食うんだよ……」

「何を言ってるんですか、凛君。お祭りと言ったら出店です。出店を制覇しなければお祭りは百パーセント楽しめませんよ」

「それはもしかして出し物で飲食店をしてるクラス全部回るってことか?」


 四葉は返事の代わりにニコッと笑みを浮かべる。出来れば嘘だと言って欲しい。


 数時間後に食べ過ぎて歩けなくなった自分を想像してため息を吐きつつ、フランクフルトを購入する。

 彼女の体の一体どこに食べた物が入っていくのかは謎だが『甘いものは別腹』だとよく聞く、それと同じような感じで彼女の場合もきっと出店の食べものは全て別腹に入っていくのだろう。

 とりあえずそう自分を納得させて彼女を見ると、彼女はいつの間にか少し先で別の出し物の店に入ろうとしていたところだった。


「今度は喫茶店を見つけましたよ。そこでケーキを食べましょう! モンブランはありますかね」


 つい先程買ったフランクフルトをいつの間にか平らげていた四葉に驚きつつも、俺も同じようにフランクフルトを片付けて彼女を追いかける。というかこのまま食べ続けていたら、食べ過ぎて歩けなくなるというのが本当に現実になりそうで少しだけ背筋に冷たいものが走った。



 それから食べ物を摂取し続けて、ようやく四葉が満足した頃、人気がない学校のベンチで休憩していると四葉が俺の顔を横から覗き込んで心配そうな表情を浮かべる。


「……凛君、本当に大丈夫ですか? 私も調子に乗りすぎました」

「いや、本当に、もう駄目かもしれない」


 案の定、俺は食べ物が原因で動くことが出来なくなっていた。それにしても胃袋がブラックホールと繋がっているのではないかと思うほど四葉の見た目に変化がない。普通あれだけ食べたらどんなフードファイターでもお腹が少しは出ているはずだ。それでも変化がないということはもしかしたら本当に彼女の胃袋がブラックホールに繋がってたり、彼女そのものがブラックホールだったりしてもおかしくはない。


 自分の考えていることがよく分からない域に達し始めた時、四葉が何か閃いた様子でポンと手を打った。


「そうです、私飲み物を買ってきます! きっと喉が乾いていますよね。凛君はここで待ってて下さい。すぐに戻りますから」


 恐らく食べ過ぎて瀕死一歩手前の俺を気遣ってくれたのだろうが、この状態で液体を体の中に入れたら食べたもの全てが出かねない。


「お、おい! ちょっと!」


 慌てて止めようとしたのだが四葉の姿はいつの間にか遠くに小さく見えるものとなっていた。


「……仕方ないか」


 四葉を止めるのを諦めて、再びベンチに座る。


「今大丈夫かしら?」


 そうしているとどこかから聞き覚えのある声が聞こえて来た。声がした方へと視線を向けると、こちらに向かって歩いてくる月城先輩の姿が見えた。


「先輩、こんなところで何してるんですか?」

「何ってただの軽い運動よ」

「軽い運動? どうして今……」

「そんなことはどうでも良いのよ。それよりも今少しだけ時間良いかしら?」

「まぁはい」


 気まずさから会話がぎこちなくなる。というのも四葉が倒れてからコンテストに俺は出ていない。つまりコンテストは棄権扱いだったわけで、そこで言うはずだった月城先輩に対しての返事もしていなかった。普通にどんな顔で彼女の前に立てば良いのか分からない。

 ちなみに言うと四葉と先輩はコンテストの順位としては最下位だった。関係ないことをアピールしたのだから必然の結果だろう。


「その少し話したいことがあるのよ」

「……はい」


 突如として場に緊張感が漂い始める。聞こえるのは自分が呼吸をする音だけで、それも次第に大きく、速くなっていく。だからだろうか、俺は耐えきれず先輩よりも先に言葉を発した。


「えーと、昨日はすみませんでした。でも昨日はいきなり四葉が倒れて、それで……」


 そんな俺のいきなりの言葉に先輩は少し驚いた表情をするも、すぐに首を横に振る。


「確かに話したいことっていうのはまさに今話してくれたことなのだけど違うのよ。別に後輩君を責めたかったわけではないの。寧ろ……」


 先輩は言葉を切ると深くゆっくりと頭を下げる。そんな彼女の予想外の行動に俺が拍子抜けしてしまうのも一瞬、彼女は頭を上げると俺の目を見てポツリと言葉を漏らした。


「ごめんなさい、あの時は少し暴走してしまって。それに祝さんのことも私の早とちりだったみたいで。二重の意味で迷惑をかけたわね」

「いえそんなことは……」

「気を使わなくて良いのよ。きっとあのときの私は私なりのけじめを付けたかったんだと思うわ、今思えば本当に迷惑な話なのだけどね……」


 先輩なりのけじめ、彼女自身は迷惑な話だと言っているが経緯はどうあれ、あの時彼女がとった行動は恐らく彼女自身が後悔をしないためにとったもので、彼女が考えに考え抜いて出した結論なのだ。そうして出した結論を迷惑の一言で片付けることなど俺には出来なかった。


「俺は迷惑だなんて思ってないです」


 それより俺は寧ろ先輩のけじめに答えを出さなければいけない。そうしなければ彼女のけじめはいつまで経っても終わらないのだ。


「もう遅いかもしれませんが今ここで返事をさせて下さい」


 だから俺がこの状況でしなければならないことは既に決まっていた。

 一呼吸してから、先輩を見据えて心の中で組み立てた言葉を吐き出す。


「俺は先輩の気持ちに答えられません。俺が好きなのは四葉ですから」


 そう宣言した直後、後方から物が地面に叩きつけられる音が聞こえてくる。誰かいるのかと咄嗟に背後を確認すると、そこでは顔を真っ赤にした四葉が先程買ってきたのだろう飲み物を慌てて拾っていた。


「わ、私は何も聞いてないですからね!」


 四葉の反応は確実に聞いた人の反応で、俺は自分の頬が熱くなっていくのを抑えきれない。


「え、いやこれはだな。なんというか……」


 ほとんど条件反射で四葉に言い訳をしようとするも何も出てこない。そんな俺の焦った様子を見ていた先輩は一人クスクスと笑っていた。


「そうね、こんな様子を見せられたら私に勝ち目なんてないのが丸分かりね」


 一通り笑うと先輩は小さく呟く。


「でもありがとう、これでようやく終われるわ」


 先輩はそれだけを言い残すと静かに去っていく。

 その時の彼女の表情は悲しそうでも、嬉しそうでもなく、いつしか見た清々しい表情をしていた。

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