46.彼女と俺の決心

 ミスコンも残すは最後の一人となった頃、俺は先程と同じようにステージの舞台袖でミスコン参加者を見守っていた。


「あとは四葉だけか」


 エントリーナンバー十二番という声が司会の男からすると同時に俺とは反対側に位置するステージの舞台袖から四葉がゆっくりとステージに上がってくる。

 彼女の様子は至って普通、先程の月城先輩の宣戦布告を聞いていなかったのだろうかと思ってしまうほど平然としていた。

 だが司会からの紹介を受けた彼女はすぐにマイクの前に立ち、軽く頭を下げる。


「いきなりで、それに全くコンテストとは関係ないですが、この場で言わせて下さい。……私にはずっと気になる人がいました」


 深呼吸の後に堂々とまっすぐ観客を見据えた彼女はいつになく真剣な表情をしていて観客同様俺も思わず息を呑んでしまう。

 きっと先輩と同じように本気なのだろう。彼女からはそう人に感じさせるような気迫を感じた。


「彼に初めて会ったのは本当に偶然でした。別に特別な出会いとかそういうわけじゃないです。それに彼が気になり始めたのも特別な理由ではなかったです。こんな私のことを見ていてくれた、ただそれだけが理由だったんだと思います」


 四葉の話は俺が今まで聞いたことのない話だった。今思えば彼女から色々とアプローチを受けることはあっても、彼女が俺に拘る理由はまだ一度も聞いたことがなかった。

 彼女とは気づいたら一緒にいて、だから今まで俺に拘る理由なんて特にないのかと思っていた。


「本当にそれだけ、でもそれが嬉しかったんです。少し前まで私のことを見てくれる人なんて家族以外に誰もいなかったから。誰も私を見てくれなくて、私は誰にも話しかけられなくて。正直諦めていました。私には無理なんだって」


 四葉が俺に親しくしてくれるのはただ俺が彼女にとって接しやすい人間だから。結局は接しやすければ誰でも良かったのだろうとそう思っていた。

 事実、それはあながち間違いでなかった。きっと俺とは違う別の人に彼女が話しかけられていれば、彼女の気持ちの向け先も変わっていたのだろう。


 ──チクリと胸の奥が痛む。


「でも彼はこんな私をずっと見ていてくれた。話しかけようとしてくれた。私に関わろうとしてくれた」


 それに俺もこれまで普通と少し外れた行動をする彼女がなんだか危なっかしく思えて、放って置くことができなかっただけだ。おそらくそれは家族を心配するような感覚と似ている。


「だから彼はもうただの気になる人ではなくなったんです」


 だから俺には四葉に対しての恋愛感情なんてものは全くないと思っていた。


「今までは曖昧でよく分からなかったですが、今ならはっきりと分かります」


 ずっとそう思っていた。だが今は違うのだとこの胸の痛みがはっきりと伝えてくる。

 そう、俺はきっと四葉のことが……。


「私はきっと彼のことが……」



 ──好きなんだ・です。



 いつの間にか俺の心の声は口から漏れ出ていて、ステージ上にいる四葉の声と重なっていた。

 その事実を理解した直後から恥ずかしさで俺は彼女を直視することが出来ない。


 だがしかしこれでようやく自分の気持ちに答えを出せた。俺が彼女と今までずっと関わっていたのは危なっかしくて放って置けなかったとか、そういうことではない。きっとそれは俺が彼女に恋心を抱いていたからなのだろう。


 少し経って恥ずかしさが引いたところでふとステージの方に目をやると、そこでは四葉が最後の言葉を言おうとしていた。おそらく俺の言葉は彼女の耳に届いていないのだろう。


「……だからどうか私を選んでください」


 いつもなら聞こえなかったと安心するところだが今回ばかりは聞いてもらわないと困る。四葉が一礼をした後、こちらに戻って来るのに合わせて俺も彼女の方へと移動を始める。


「その四葉。少し話が……」


 四葉がステージから捌けきったのと同時に俺が彼女に声を掛けたその時だった。


 スッとまるで全身の力が抜けたかのように彼女の体は前方へと倒れる。そんな彼女のもとに俺は無我夢中で駆け寄り、倒れる彼女の体を受け止めた。


「おい四葉!? しっかりしろ! おい!」


 必死に呼び掛けても返事どころか何も反応がない。

 どうする、一体どうすればいいんだ。

 まさか彼女とはこれで最後になるのだろうかとそういった考えばかりが頭の中を巡る。


 ようやく俺は自分の気持ちに答えを出せた。にも関わらずもしかしたらその気持ちを伝えられないまま全てが終わってしまうかもしれない。そんな底知れぬ不安が俺を襲っていた。


 ──凛君はもし私が困ってたら先輩みたいに助けてくれますか?


 ふといつかの彼女の言葉が頭の中で流れる。これは困っていたら助けてくれるかという彼女の何気ない問いかけ。だがそのときの彼女は不安げな表情をしていた。きっと彼女の問いかけは彼女自身が安心したかったためのものだったのだろう。不安を消したくて、だから俺に頼ろうとした。


 それに対して俺は彼女に言った。助けるとそう約束した。だったら今ここで悲観している場合ではない。こんなところで終わらせて良いはずがないのだ。


「今出来ることしろ!」


 自分自身を戒めるために自分の頬を一度強く叩く。ここは学校、ならばまずは保健室だ。


 ──絶対にここで終わらせなんてしない。


 そう決心してから四葉を担ぎ上げ、俺は保健室へと急ぎ向かった。

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