40.文化祭の準備

 文化祭が間近に迫った月曜日の放課後、俺達のクラスは着々と文化祭の準備を進めていた。


「おーい、そこの板取ってくれ!」

「ちょっと、誰かこっちにまわれる?」

「買い出し行くけど必要なものあるか?」


 一口にミス・ミスターコンテストをするといってもチラシの作成やステージの装飾作成など色々やることは山積みだ。そんなこんなでこの慌ただしさなわけだが、その中で俺はというとチラシ作成やステージの装飾を作るなんてことはすることなく、四葉と一緒に教室の外で待機していた。それも何故か俺が執事服姿、四葉がメイド服姿という装いで。

 クラスメイト達が忙しそうに動き回る中で何も好きでこの格好をしているわけではない。というのもついさっき文化祭実行委員である柏木に『この衣装に着替えて』とだけ言われて更衣室に放り込まれたのだ。

 着替えて教室に戻ってみれば四葉もメイド服姿で待っていて、今に至る。


「よし二人とも着替え終わったね、じゃあこれから二階堂君と祝さんはこの看板持って学校を回ってね」

「えーとその前に一つ質問良いか?」

「いいよ、分からないことがあったら何でも聞いて」

「だったら聞くけど、何で俺達こんな格好してるんだ?」


 俺の疑問に対して文化祭実行委員である柏木は『良いところに気づいたね』と言いたげな表情で答える。


「それはもちろんコンテストに参加する人を集めるためと、このコンテストのコンセプトを伝えるためだよ!」

「コンセプトってこの服のことか?」

「そう、その服今回の執事とメイドをイメージしたコンテストにピッタリでしょ? それにしてもよくこんなこと思いついたよね、祝さん」

「私は凛君のそういう姿が見たいと思っただけで……」

「でもそれで思い浮かんだのはすごいよ。そうそう祝さん、あとこれ忘れてるよ」


 柏木がそう言って教室から持ってきたのはレース付きカチューシャだった。確かにイメージの中ではメイドにレース付きカチューシャは付き物だが、だからといってそこまで再現する必要はまったくない。まぁ四葉もまんざらではなさそうなので何も言わないが。


「よし、これをつければ完璧なメイドだね」

「はい、ありがとうございます」

「それと二階堂君にはこれね」


 続けて柏木が俺に渡してきたのはただの紙だった。


「これをどうするんだ?」

「さっき言ったでしょ? これはコンテストの参加者を集めるためにやるって。だから希望者が来たらこの紙に名前と学年、一応クラスも書いてもらって欲しいの。目標は男女それぞれ十人くらいかな。じゃあ、あとはよろしく!」


 その言葉と共に柏木に勢いよく背中を叩かれて送り出される。出し物に気合が入っているのは結構だが俺の背中にまでその気合をぶつけるのはどうか遠慮してもらいたい。俺は自分の背中を擦りながら、まずは校舎一階へと向かった。


◆◆◆


 校舎一階の廊下にきたところで先程の柏木のことを思い出す。


「それにしても柏木って実際はあんなに元気だったんだな。出し物を決める時とはえらい違いだ」

「そうですね、私もあんな柏木さんを見るのは初めてです。そもそも凛君以外のクラスメイトとあまり関わっていないので普段がどうなのかまでは分かりませんけど」


 四葉がこうなってしまったのはきっと普段から俺ばかりといるせいなのだろう。なんとなく申し訳ない気持ちになる。


「まぁこれから関わっていけばいいさ」

「これからですか……。そうですね、頑張ってみます」


 そう言う四葉は暗い表情をしているように見えたが、それは一瞬で俺が一度視線を外して再び彼女を見たときにはいつもの表情に戻っていた。


「とりあえず人集めるか」

「はい、そうですね」

「それと四葉のメイド服姿似合ってる」

「はい、ありがとうございます……っていきなりなんですか!?」

「いや感想言うの遅れたと思ってな。素直に四葉はメイド服が似合うと思っただけだ」

「……それでもいきなり過ぎます」


 俺の言葉を聞いて、急激に顔を赤くした四葉は手のひらで覆うようにして自らの顔を隠す。それにしても彼女が不意打ちに弱いとは意外な弱点である。


「……だったら凛君だって執事服似合ってます」


 どれくらい経っただろうか、気づくと四葉は顔を上げていた。彼女の顔はまだ赤いが少し前と比べると幾分か色は薄くなっている。


 どうやら彼女は俺に反撃したかったらしいが、その程度で普段から彼女の言動に慣れている俺が動じるはずがない。


「それはどうも」

「なんでそんな平常心でいられるんですか!?」

「まぁ普段の四葉の言動に比べたらな」

「普段の私の言動ってなんですかっ!」

「例えばこういうこととかするだろ?」

「……!?」


 俺が四葉の頭をポンポンと撫でると彼女の顔はみるみる赤く染まっていく。


「私は凛君に頭ポンポンした覚えはありませんよ!」

「だったらこういうことはしてただろ?」


 今度は四葉を前から抱き締めた。

 しばらくそうしたところで自分がとんでもないことをしているのに気づき、恥ずかしくなって慌てて彼女から離れる。


「……わ、悪い。やり過ぎた」

「……」

「……四葉?」


 四葉に何度も呼び掛けるが、彼女が反応することはない。それでも呼び掛け続けていると自分達が歩いてきた方から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「二人とも一体ここで何やってるの?」


 足音の正体は先程俺達を送り出した柏木、彼女はとても慌てた様子で俺に迫る。


「何って人を集めようと思って」

「じゃあこれってその人を集める一環ってこと?」


 そう言って見せてきたのは柏木のものだろう携帯、そこには俺達の教室前の廊下辺りから撮った俺と四葉が抱き合っている写真が写し出されていた。

 そういえばこの場所は他の階から見ると丸見えな中庭近くに位置している。ここまで考えれば自ずと答えが導き出された。


「もしかして全部見えてたのか?」

「窓の近くだったからバッチリ見えてたよ」


 ヤバい死にたい。しかもよりにもよって俺から四葉を抱き締めたところを見られたらしい。


「ちなみに私以外にも結構見てたと思うよ。ここ目立つし」


 その柏木の一言で今まで無言を貫いていた四葉が突然歩き始める。


「えーと四葉さん、どこに行くんですか?」

「……お手洗いです」


 今まで見たことないほど真っ赤な顔を見るに目的は絶対にお手洗いではないだろうが止めはしなかった。

 普段は寧ろ自分から恥ずかしいことしている四葉だからか、彼女のこういった反応はとても新鮮だった。

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