34.夕日と彼女

 とある日の放課後、俺は四葉と月城先輩によって突如結ばれた規約に従って図書室に赴いていた。図書室について早々先輩が俺の存在に気づいたのか本のページを捲りながら俺に話を振ってくる。


「私達が勝手に決めたことなのに毎回よく来るわね」

「先輩がそれを言いますか」


 確かに四葉と月城先輩の二人が決めたことに律儀に従っている俺も俺だが、それについて主な元凶である先輩が言うのは違うだろう。

 だが先輩はそのことを全く気にしていないようで何でもないように言葉を続ける。


「だってそうじゃない。後輩君には私に付き合うメリットがないわ。それとももしかして後輩君も私のことを好いてくれているのかしら?」


 多分これは俺のことをからかっているのだろう。反応してはいけないと分かっているのだが、顔はどうやら正直なようで段々と熱くなっていくのを感じる。


 しばらく月城先輩の言葉に何も反応出来ないでいると、一通り俺の反応を楽しんだのだろう彼女は『冗談よ』と一言呟いた後、別の話題を口にした。


「そういえばあの話聞いたわよ」

「あの話ですか?」


 あの話とは一体どの話なのか。そう思っていると月城先輩は今まで読んでいた本を閉じる。


「そうあの話、ミス&ミスターコンテストの話よ。後輩君達のクラスはそれをやるのよね?」


 何かと思えば文化祭の出し物の話だった。


「もしかして先輩もミスコンに出るつもりなんですか?」


 月城先輩なら出てもおかしくないとそう思って問いかけると先輩は不思議そうに首を傾げた。


「も、ってことは後輩君はミスターコンに出るつもりなのかしら?」


 どうやら俺の言葉に引っ掛かったらしい月城先輩に俺は事情を説明する。


「……そう、あなたも苦労するわね」


 事情を説明して早々に同情されるのは少し複雑な気分だったが、俺は何も言わなかった。これくらいの苦労は今更で、もし今の俺のような状況を他人の口から聞いたら俺だって同じように同情する。


「それで先輩は結局どうなんですか?」


 そういえばまだ問いかけに対する答えを聞いていないと月城先輩に再び問いかけると彼女は少し考える素振りを見せてから口を開く。


「そうね、後輩君がどうしても出て欲しいって言うのなら出ても良いわよ」

「別に俺はどっちでも良いですけど……」

「そう、そこまで出て欲しいって言うのなら仕方ないわね」


 軽く微笑みながらそう言う月城先輩の様子を見る限り、元々彼女はミスコンに出るつもりだったのだろう。


「とりあえず頑張って下さい。応援してます」

「後輩君もね。それとこれは私からの選別よ」


 そう言われて月城先輩から渡されたのは彼女が先程まで読んでいた本。彼女は本を渡すとすぐに席を立つ。


「今日はお父さんのお見舞いに行く日なのよ。じゃあね、後輩君」


 月城先輩は荷物をまとめると、一度俺に微笑みかけてから図書室を出ていく。


「ていうかこの本どこから持ってきたんですか……」


 その時残された俺はというと月城先輩から渡された本を戻そうにも戻せず、一人ため息を吐くことしかできなかった。



 月城先輩がいなくなった後もしばらく図書室に残り、四葉の委員会が終わるのを待つ。ちなみに先程月城先輩から渡された本は本棚という本棚を探し周り、自力で戻していた。


 四葉を待ってからどれくらい経っただろうか。携帯を弄っていると図書室の入り口の方からパタパタと人の走る音が聞こえてくる。普段から図書室近くを通る人は滅多にいない。それも放課後となると皆無に近いのでこの音はきっと四葉なのだろう。


 帰る準備を進めていると予想通り、四葉が図書室へと入ってきた。


「すみません、お待たせしましたか?」

「いや、大丈夫だ」

「それなら良かったです。……そういえば先輩と一緒じゃないんですか?」

「先輩なら一足先に帰ったよ。お見舞いだとさ」

「そうですか」


 四葉はそう一言発した後、『では私達も帰りましょうか』と下校を促してくる。それに従って学校を出たとき、四葉は突然こちらを見て言った。


「凛君、文化祭楽しみですね」

「あ、ああ」


 いきなりだったのでまともに反応することが出来ず、脊髄反射で返事をすると四葉は可愛らしく頬を膨らませる。


「もう、ちゃんと話聞いてましたか?」

「聞いてはいたけどいきなりだったからな。文化祭は本当に楽しみにしてる。嘘じゃない」


 そう、文化祭自体は楽しみだ。授業はないし、土曜日に開催した場合は振替休日がある。まぁどちらかというと直接的に楽しんではいないのだが、それでも楽しみだということに嘘は吐いていない。


「それってまさか授業受けなくていいからって理由じゃないですよね」

「何故それを……」


 そういえば四葉はエスパーだったと後になって気づくも時は既に遅く。口から出てしまった言葉はもうなかったことには出来ない。


「本当にそんな理由なんですね。凛君はもっと素直に文化祭を楽しんだ方がいいと思います。今年が初めてですよ」


 まさか四葉の口から説教じみた言葉を聞くとは思わなかったが、不思議と怒られている気がしないのは俺の気のせいだろうか。

 どちらかというと彼女からは優しい目が向けられていてなんとも居たたまれなくなる。


「まぁ善処してみる」

「お願いしますよ、凛君」


 今度は満面の笑みでそう言われて耐えきれず目を逸らしてしまう。それからすぐ後、ふと無意識に俺は今までずっと気になっていたことを彼女に聞いていた。


「どうして俺なんだ?」


 聞いたのは何故四葉は俺を選んだのかということ。俺は別にイケメンではないし、勉強や運動も出来るわけでもない。それに彼女にそれほど優しくした覚えもないのだ。普通だったらそれほど深く関わることがなかった者同士。にも関わらず彼女がこうして俺を慕ってくれていることがずっと気になっていた。


 言葉の理解に少し時間がかかったものの、彼女はしっかりと俺の問いに答えてくれる。


「……前にも言いましたが凛君は丁度良いんです。一緒にいて居心地が良いんですよ。だからえーと、とにかく私達は運命で結ばれてるってことです!」


 最後は微妙にはぐらかされている気がしなくもないが、とりあえずはそれで納得する。

 四葉が若干赤面しているのを見る限り、それ以上は限界なのだろう。それに俺もこれ以上は無表情を保てない。


「……その、ありがとな」


 辛うじて答えてくれたことに対するお礼を返せば、彼女は不満げに小さく呟く。


「凛君からは何もないんですか?」

「……まぁ俺も四葉といるのはそんなに悪い気はしない」


 素直な、それでも恥ずかしさからほとんど誰も聞こえないであろう言葉だったが、四葉の耳にはしっかりと届いていたようで彼女の表情がパッと明るくなる。


「なんですか? 聞こえないです」

「やっぱりなんでもない」


 何故答えてしまったのか、後になって後悔するも遅い。答えてからずっと向けられている彼女の何かを求めるような視線に対して俺はただ深呼吸をして気を落ち着かせることしか出来なかった。


 そんな感じでしばらくの間彼女の視線を受けを続けていると、いつの間にか家のすぐ近くまでたどり着く。


「じゃあまた明日な」

「はい……また明日です」


 何も言わずに別れるというのも変なので一言挨拶すれば、彼女も笑みを浮かべてから俺に挨拶を返す。

 別れるとき四葉は確かに笑顔だった。


 だが彼女が俺から視線を外す直前、彼女の頬辺りに夕日を反射して微かに光る一筋の涙があったのが俺には見えた。

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