27.彼女宅の訪問②
四葉の父親との会話が一段落したところでタイミング良く四葉がお茶を持って現れた。
「凛君、お父さん、お待たせしました」
「ありがとう、四葉」
「どうも」
「そういえば二人の話し声が若干こっちにも聞こえてましたよ。凛君、早速お父さんに気に入られちゃったんですね」
「そうだね、凛君は中々良い男の子だと思うよ」
困ったように四葉を見ると彼女は何故か誇らしげに胸を張っていた。
「そうです、凛君はとても良い人なんです。私の自慢の凛君です!」
四葉の言っていることが一体どういうことなのかはよく分からないが、とりあえず機嫌は良さそうだ。
「そうかい、四葉が気に入った人だ。離れないようにしっかり掴んでおくんだよ」
「当たり前です。凛君は私がずっと大切にします」
まるで扱いがぬいぐるみに対するそれだが、一応この四葉が言っているのは俺のことなのだ。なんというか複雑な気持ちである。
「じゃあ僕は部屋に戻るよ。四葉に入れてもらったお茶はちゃんと部屋で飲むからね」
「そうですか?」
「ああ、すまないね。じゃあ四葉を頼んだよ、凛君」
四葉の父親にそう言われて肩を叩かれる。これは一体どっちの意味なのだろうか。いや、考えるまでもなく結婚とかそういう話だろう。いくらなんでも気が早すぎるが。
「凛君、これからどうしましょうか?」
「……って言ってももう目的は果たしたからな」
「もし暇だったら私の部屋に来ませんか?」
「部屋にか?」
四葉の部屋に入る、それを聞いた瞬間に胸がドキドキと鼓動を速め始める。ここは初めて女の子の部屋に入るからと言いたいところだが、実際は監禁されないか、彼女の暖房器具にされないかという心配から来るものだった。
「はいそうです。二階ですよ」
「……ちょっとまだ心の準備が」
「何の心の準備かは分かりませんが、準備は私の部屋でしてください」
ぐいぐいと俺の手を引く四葉に連れられるがまま俺は階段を上がる。そうして着いた部屋の前、彼女はこちらを向いて一言を発した。
「ちょっとここで待ってて下さい。すぐに終わりますので」
そう言って勢い良く自分の部屋に入っていく四葉。しばらくして部屋の中から物音が聞こえてくる。多分部屋の片付けでもしているのだろう。しかし彼女が部屋の片付けをしているというのもおかしな話だった。だってそうだろう、イメチェンした彼女を初めて家に上げた時、彼女には家の掃除を手伝ってもらった。そんな掃除を率先してやる人が部屋を散らかすはずがないのだ。
「お待たせしました。私の部屋へどうぞ」
そんなことを考えているといつの間にか四葉は部屋の扉の隙間から顔を覗かせていた。彼女の表情はいつも通りで別に疲れたような表情をしていない。部屋の掃除をしているというのはどうやら俺の勘違いだったようだ。
「じゃあお邪魔します」
だとしたら四葉は先ほど何をしていたのだろうか。その疑問は俺が部屋の中に入ると同時に解消された。
「凛君、どうしたんですか?」
俺の目の前に広がる光景、それは部屋一面に貼られた四葉の写真だった。自分の部屋に自分の写真など相当強い自己愛を持っていないと出来ない芸当である。
「えーと、この壁一面の写真は一体?」
「これですか? これは凛君に私のことをもっと知ってもらうために今準備しました」
選挙に立候補した候補者のようなことをやっているが、もしかして俺を写真で洗脳でもしようとしているのだろうか。
「そんなことしなくても四葉のことは十分知っているような気がするんだが」
「いいえ、知りません。だって凛君たまに他の女の子と話してますよね?」
「それはそうだな。でも普通に生活してたら話くらいするだろ」
まぁ話すというか移動教室や掃除の振り分けなどの単なる事務連絡だけである。
「だとしたら凛君は私のことを全然知りません。私のことを全部知っていたら私以外の女の子と話さないはずです」
四葉のこの行動が最適解かどうかは置いておいて、彼女がどうして壁に自分の写真を貼っているのかは分かった。これはつまるところ他の女の子と話すなという四葉からの警告なのだ。
「まぁなんとなく言いたいことは伝わったが、それでもやりすぎじゃないか?」
そう、これはいくら何でもやり過ぎだ。世間一般で考えても普通ではない。しかし四葉は分かっていないとでも言うふうに首を横に振る。
「いえ、これくらいが丁度いいんです」
「そうなのか?」
本当にそうなのかな? 違うんじゃないかな?
「そうです、絶対」
「分かった……」
そうだと信じきっている四葉の目にはもう何も映っていない。疑問が残る部分も多々あるが、とりあえず部屋についてはあまり触れない方が良いのだろう。そもそも俺には四葉の部屋をとやかく言う資格などないのだ。ここは黙って部屋にお邪魔するに限る。
「ではどうぞ入ってください」
「ああ」
部屋に入ってすぐ俺の腕を掴んだ四葉に引かれるがまま部屋の中を移動し、立ち止まったのは彼女が普段使っているであろうベッドの前だった。
「すみません、部屋に椅子がなくて」
「いや、俺は全然地べたでも大丈夫だぞ?」
「駄目です。凛君はお客さんなんですから」
正直言うと地べたの方が気持ち的な問題で楽なのだが、四葉にそこまで言われてしまうと断るわけにもいかない。
それにしても本当に座ってしまっても良いのだろうか。普通なら女の子の部屋で女の子のベッドに座るなど嫌がられそうなものであるが。
「失礼します」
「では私も隣に失礼しますね」
何故隣に座るのかと思ったのも一瞬、すぐに部屋の中に椅子がないことを思い出す。座るところといったらベッドぐらいしかないのだろう。
それからどれくらい経っただろうか、自然にそんなことが気になってしまうほどお互い無言の時間が続いていた。流石に気まずくなって周りを見るも周りには四葉の写真しかない。
「凛君、もしかして緊張してるんですか?」
そんな部屋の中を静寂が支配する中で四葉が突然そう呟く。彼女は一見毅然に振る舞っているように見えるが、言葉のところどころで声が震えていた。きっと彼女も緊張しているのだろう。
「まぁそれなりには緊張してる」
「そうですか……実は私も緊張してます。いつも一緒にいるのに変ですよね」
四葉はなんというか何かを気にしているような、そんな感じだった。一体何を気にしているのだろうと彼女の顔を見ると彼女は意を決したように口を開く。
「こんなことを聞くのは変かもしれませんが、男の子ってこういうときはその……え、えっちなことを考えたりするんですか?」
「えっ!?」
いきなりだった。いきなりすぎて声を上げてしまった。
もしかして聞き間違いなのだろうか?
そう思って四葉の方を見るも彼女は顔を逸らす。この反応はどうやら聞き間違いではないらしい。
この状況が彼女をおかしくしてしまったのか、それとも彼女がこの状況をおかしくしてしまったのか。どういうことだか自分でも分からなくなっていた。
「すまん、四葉。俺そういえば洗濯物を外に干しっぱなしだった。早く取り込まないと夕方から雨が降るからな。ということでまた今度な」
「り、凛君? 今日は雨降りませんよ!」
ベッドから立ち上がった後は四葉の言葉に耳を貸さずに勢い良く部屋を出る。逃げ出してどうするんだとも正直思ったが今の俺にはこうすることしか出来なかった。というかあの状況で何をどう答えればいいんだ? 素直に考えるとでも答えればいいのだろうか?
「あら、もう帰るの?」
階段を下り、玄関で靴を履き終えた時点で洗濯かごを持った四葉の母親に声を掛けられる。そこで洗濯物を取り込み行くことを伝えるが彼女は何故か不敵な笑みを浮かべていた。
「もしかして四葉ちゃんと何かあったの?」
「いえそんなことはないです!」
明らかに怪しい返事だと自分でも思うが、今は一刻も早くこの家を出たかった。
「あらあら、青春ね」
家を出る直前、背後からそんな楽しそうな声が俺の耳に届いていた。
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