25.早朝の侵入者

 最近良く思う。四葉の不幸体質はどこへ行ったのかと。というのもここ最近は彼女が不幸な目に遭う姿を見てもいないし聞いてもいない。もしかしたら俺の知らないところで人知れず不幸な目に遭っているのかもしれないが、それでも不幸に愛されていた少し前と比べればだいぶ改善したと言えるだろう。


 そう、彼女に関して言えば不幸体質は改善した。だが何故だろう、元々彼女のものだったその不幸が俺に降り注いでいる感じがしなくもないと感じるのは……。


 週半ばの水曜日の朝、教室で自分の席に座っていた俺の目の前には満面の笑みを浮かべた四葉がいた。彼女がそんな表情のときは決まっている。俺に何かをお願い──という名を借りた直接的な命令をするときだ。


「凛君、膝を貸して下さい」

「ああ、分かった」


 つい最近からこういったお願いも人目を気にしなくなった魔王様に言われるがまま膝を貸し出す。しかしこれはまだ可愛い方、当然クラスメイト達の注目は集まるものの、既にクラスメイト達も慣れているのかあまり長い時間は注目されない。というか女の子を膝の上に乗せるだけなら俺にとってはご褒美だった。

 あれ、こんな考えになるってなんか四葉に毒されてない? と思ったものの、そんなことはないとすぐに自分に言い聞かせる。自分が毒されていないと思うのならきっと毒されていないのだ。


「やっぱり凛君の膝は温かいですね。私の方はどうですか?」

「私の方って?」

「私の体温に決まってるじゃないですか」

「それはまぁ温かいけど」


 温かさというよりは女の子特有の柔らかさとか良い香りの方が感じるのだが、それを言ったら流石に引かれかねない。


「そうですか、凛君も私と同じ気持ちなんですね。良かったです」

「そうだな」

「はい、こんなに温かいんだったら私専用の暖房器具としてお家に持って帰りたい気分です」

「面白い冗談だな」


 一種の冗談だと思って笑うが、一方の四葉は後ろからだと全く笑っていないように見えた。これ本当に冗談だよね?

 そんな心の中の疑問に答えるようなタイミングで彼女は振り向き様こちらに質問してくる。


「冗談だと思いますか?」


 四葉は本当に笑っていなかった。まるで本当に俺を暖房器具にしようとしているような彼女の表情に背筋がスッと冷たくなるのを感じる。あまりの恐怖に何も言えずにいると彼女は途端に笑みを見せた。


「冗談ですよ。本気にしないで下さい」

「そうだよな、冗談だよな」


 あはは、と乾いた笑いが自分の口から出たのを感じながら心の中ではホッと息を吐く。


「ところで今のとは関係ないですが、凛君私の家に来たことないですよね? 良かったら家に来ませんか? そろそろお母さんとお父さんにも紹介したいですし」

「家にか?」


 家というと祝家にということなのだろうか。まぁ普通に考えてそれ以外ない。それにしても俺のことをなんて紹介するつもりなのだろうか。少しばかり気になってしまう。


「はいそうです、嫌でしたか?」

「いやちょっと心の準備がな」


 主に四葉に監禁されたときの心の準備であるが、本人に言えるはずはない。一先ずは感づかれないようになんとか笑って誤魔化す。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。お母さんは優しいですし、お父さんも凛君のこときっと気に入ると思います」

「ああ」

「じゃあ今度の土曜日にお家に来て下さいね」


 なんか流れで四葉の家に行くことになってしまったが大丈夫だろうか。これは言わば敵陣に突撃……というのは少し言い過ぎかもしれないが、それに似た行為ではある。まぁなるようにしかならないだろう。どうせ断ろうとしても断れないのは目に見えている。自分で言うのは悲しいが俺はただ五体満足で自分の家に帰れればそれで十分だった。


◆◆◆


 そして問題の土曜日の朝、自室にあるベッドから起き上がるとベッド横に置かれた低めのテーブルで四葉が静かにお茶を飲んでいた。これはあれですか、幻と呼ばれる類いのものでしょうか?


「ようやく起きましたね、凛君。意外と可愛い寝顔でしたよ」


 だが現実は悲しきかな、幻ではない。目の前にいるのは紛れもなく四葉だった。

 というかそもそもどうやって家の中に入ったのか、それが気になった。


「四葉、これは一体どういう状況なんだ?」

「どういう状況? ……えーと凛君は今さっき起きて、私はその間お茶を飲んでいました」

「いやそういうことじゃなくてどうして四葉がここにいるんだ? 鍵かかってただろ?」

「なるほどそのことですか。それならこの間のデートのときに鍵を見つけまして、次の日にスペアキーを作ったんです。あ、こちらの鍵はお返ししますね」


 スペアキー? お返しします? あれおかしいな、聞き間違いかな? なんか今四葉がすごい犯罪チックなことを言っていたような気がする。


「どうも……一応どうやって家に入ったのか聞いても良いか?」

「はい、普通に作ったスペアキーで入りました。それにしても鍵って作るのに意外とお金がかかるんですね」


 どうやら聞き間違えではなかったようだ。ということはなんだ、もしかして俺にはもうプライバシーな空間がないということなのか? 今の四葉の発言が本当ならそういうことだろう。というか今この部屋にいる時点で本当でないということはないのだが。


「まぁ色々言いたいことはあるが一旦は置いておこう。それでこんな朝早くにどうしたんだ?」


 ま、まぁ一先ず鍵についてはこのままでも良いかもしれない。四葉の行動は別に悪事を働こうとか、そういうことが目的でないのは分かっている。彼女の中にあるのは純粋な気持ち、それは普段の行動を見ていればよく分かる。ただ今はそれが空回っているというか、過剰過ぎるというか、制御出来ていないだけなのだ。これは今まで人とコミュニケーションを取らなかったことの弊害なのか分からないが、彼女も日々学んでいる。俺が何もしなくてもいつかきっと作ったスペアキーを返却しに来るはずである……多分。


 それよりと彼女がここにいる理由を尋ねれば、彼女は優しげな笑顔で答えた。


「もちろん凛君と一緒に朝ごはんを食べるためですよ」


 四葉の言葉で自分のお腹が唸りを上げていることに気づいた俺はすぐさま言葉を発する。


「ちょっと準備するから先に一階に行っててくれ」

「はい分かりました。では先にリビングで待ってますね」


 笑顔を浮かべながら部屋を出ていく四葉。彼女のそんな表情にどうしてだかこれから向かう祝家で何かが起こりそうな、それに加えて今日の朝ごはんは絶対美味しいような、そんな予感がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る