第86話 初めての共同作業



「さて。お互いの力は把握できたことだろうし、これからは思い思いに力を振ろうと思う」



 作戦会議と言う名の内緒話から戻ってきたクロウさん達は自信に満ち溢れた顔でそんなことを言ってきました。

 その上で「お互いをカバー出来るように周りを見て行動しよう」と付け足します。


 いよいよ共同作業と言うわけですね。

 今までのクロウさんは自分一人で解決するか、やってみろと言わんばかりに全部任せてくるかのどちらかでしたけど、ジドさんとの意見交換で何か考え方を変えてくれたのでしょうね。

 ちょっと意外な言葉に思わずローズさんと顔を見合わせてしまいました。

 彼女もまた、意外だと思っているようですね。でも、ようやく望んだ形になれて少し嬉しく思っているようです。見ていれば分かりますよ。いつもより心ここに在らずな顔してましたからね。



 ローズさんが鞭打ちで一匹引き寄せて、そこへジドさんが罠作成からの設置、作動で前足を封印。作戦した罠は落とし穴ですね。

 何がすごいって、駆け出したチャージシープの速度に合わせて設置した手腕です。その空間把握速度たるや私が精霊の時と同じ領域なのですから心から称賛しまくりです。

 そこで前足を地面に埋め込んだチャージシープにクロウさんが肉薄。顔前にいたはずなのに、高い敏捷で気づけば後ろ脚の位置に。


 そこで身を隠すでヘイトを消し、不意打ち攻撃を発動。バックアタック+不意打ち+筋力50から繰り出される一閃は多くの補正を受けて、チャージシープの後ろ脚を一つ行動不能にしました。



「ユミ! もう一つ頼む!」



 もう一つの後ろ脚の事でしょうかね。気持ち塩コショウを振りまして……切断した後回収します。


 実はこのタコ糸は私の手の延長線として使えるんですよね。切り取りラインで削り取ったお肉は言わずもがな加工肉にすり替わります。加工されたお肉はいわばアイテム。アイテムを手で触れるとバッグに収納しますか? と選択肢が出てくるんですよ。それをイエスにするだけであら不思議。バッグに収納されます。もちろん圧縮加工を施して。

 脚一本だけでも5Mしますから、一体どういう肉体構成なんでしょうね、この羊は。


 クロウさんは私の予想以上の仕事に驚きを隠せないといった感じにしばらく硬直していましたが、すぐに立て直して少しずつ急所攻撃をしていきました。


 少し危ない場面もありましたけど、ローズさんが鞭打ちでヘイトを消失させ、再びジドさんの罠作動で難を逃れてました。これぞチームプレイというやつですよね。


 私も地味にタコ糸で応戦していたんですよ? 急に直線攻撃がぶれたり、何かに引っ張られたりしたのは私の支援攻撃。

 それが何かもわからないまま、ジドさんもクロウさんもその隙をチャンスとばかりに利用して討伐を果たしてました。


 疲れたらもちろん休憩も入れて。

 バッグにはちょうど新しいお肉も手に入った事ですし、ある程度の大きさに切りそろえたらスープにでもしましょうか。

 あの図体を支えている後ろ足ですからね。さぞかし身がしっかり引き締まっている事でしょう。


 ジドさんもクロウさんもローズさんさえも美味しい美味しいと言ってくれて私も満足です。

 結構な量を作ったのですが、怒涛のお代わりラッシュで残りも少なくなってしまいます。


 確かに美味しいですけど、それ以外に何か秘密があるかもしれませんね。

 みんなの瞳を見れば一目瞭然。ローズさんはただ美味しいから。しかし旦那様方は何かの達成感さえ感じさせるような焦りを感じました。

 それとなく理由を聞いてみますと、それは付与されたバフ効果にあるようでした。


 [食後30分間、全てのステータスが2%上昇する。※この効果は重複する]


 これですね。このお代わりラッシュの正体は。私達女性陣はステータスに関係ない戦闘スタイルですのでそこまで食い気味になりませんが、男性陣……特にクロウさんはその影響を結構受けようとしていたようです。

 ちょっとしたLV上昇効果も加味された感じなのでしょう。希望を聞いてみると後5杯は欲しいとのこと。ジドさんも同じく。

 ローズさんはお腹いっぱいと言ってその場にグデっと寝転がってました。……牛ですね。何がとは言いませんがジドさんからの視線がすごいことになってましたよ。

 直ぐ横でクロウさんが勝ち誇ってました。相変わらず仲良いですね。



 そのあとは食後の運動を少々。バフ効果を十分すぎるほど受けた私達の行動は、一方的な蹂躙に他なりませんでした。


 クロウさんは基本的に「身を隠す+抜刀攻撃」で不意打ち補正を受けた攻撃手段で固定するようですね。

 流石前作プレイヤーというだけはありますね。その動きに無駄はなく、閃く剣線の後には分断されたMOBが転がっていました。本来ならここまでの威力はないはずですが、あの料理効果でしょうか? 先ほどよりも生き生きとした表情で圧倒してました。

 足も速いので攻撃はまず当たりませんし、一方的ですね。

 危ない時はローズさんが間に入って鞭打ちしてことなきを得ていました。ナイスですよローズさん。あとで大盛りお肉を贈呈しましょう。彼女はお肉さえ与えておけば言うこと聞いてくれるので扱いやすくて好きです。


 ホーク肉のスモークチキンを食べながら圧縮保存でたまに分断した加工肉をゲットしてローズさんに渡すことで彼女もまた仕事を始めます。

 使役する際に同種族のお肉は食いつきが悪いと思ったのですが、頭がついてない状態ではどのMOBかわからないみたいですね。ガツガツ食いついてはローズさんの下僕に成り果てていました。そこからはもう、エリア2を彷彿させるほどの乱戦が繰り広げられました。


 ジドさんもジドさんで罠作成の幅を増やしていきます。多分作るたびにMPを使うんでしょうね。そして落とし穴は私の塩コショウと同じく消費が軽いのでしょう。

 ただし工夫の仕方が若干おかしいです。

 流石クロウさんのご友人を名乗るだけはありますね。私が精霊の時のトラップ作成に通ずる何かを感じ取りました。

 話し方はチャラくて苦手でしたけど、もしかしたらこの人もまたすごい人なのかもしれません。ローズさんが自慢したくなるのもわかりますね。


 そんな光景を見ながら私は私で分断加工でお肉を調達し、クッキングタイム♪

 疲れたら休憩しに帰ってくる旦那様達を迎え入れ、必要とされてる各々の料理を用意して置いておきます。

 そこへバフ効果を提示し、どの食事が自分に合うのか一目瞭然にしておきます。

 クロウさんはステータス上昇料理を、ジドさんはMP回復料理を、ローズさん特に関係ないのでメニュー右から左へ純粋に味を楽しんでいました。その事をジドさんに突っ込まれてましたが、彼女に罪はありませんよ。今ぐらいはいいじゃないですかと微笑んでおきます。



「ローズさんは働かない割によく食べますね」

「まーね♪」

「いや、威張んないでよ」

「実際美味しいからさ。ローズが夢中になるのもわかるよ」

「うむ。これに米があれば最高なんだが……」



 やはり……クロウさんはそう言いますよね。

 しかし未だ日本米に匹敵する米の発見はされていません。料理掲示板でもその事を追求しているグループがありましたし、発見を待ちましょうと添えておきます。



「おい、無いもんを強請るなよ。今は愛妻の料理を食えて満足しとけ。ユミちゃん俯いちゃったじゃねーか」

「むぅ、すまんユミ」

「いえ、私も独自のルートで探してるんですがなかなか見つからなくて……」

「そうなのか?」



 探していると聞いてクロウさんは少し表情を明るくさせてました。

 出すならここですね。

 私はアイテムバッグから小さめの壺を取り出してきゅうりに似た果実を出しました。加工とは別に買い付けた塩と、炊くのには適しませんでしたが日本酒の試作段階として発売されていたものともろみを少し足しまして塩麹漬けをオリジナルで試作したものになります。

 これを千切りにしまして器に盛り、肉料理とスープに舌鼓を打つ男性陣の前にお出ししました。



「お、これは?」

「まだ試作ですがきゅうり塩麹漬けです」

「食べていいの?」

「はい。味見をしていただきたく準備してました。忌憚ない意見をお聞かせくださいね」



 そう言って木工職人に削り出してもらったお箸を一膳づつ渡します。

 まずはじめに口をつけたのはジドさん。

 ホーク肉の唐揚げを食べた後に口に入れ、シャキシャキ感とほんのりとしたアルコール感が口の中に広がったのか酩酊状態になりながら「うまい!」と言ってくれました。クロウさんもそれに続いて一口。

 彼は結構こだわり屋で味に妥協を許さない人なので合格点をもらえるかは微妙なところです。シャクシャクと口の中で堪能して飲み干し、無言のまま箸を伸ばしました。

 行動のたびに一喜一憂する私を見て察したのか、ジドさんがクロウさんの胸を手の甲で叩きました。



「おい、おい」

「なんだ、食事中に。またユミにどやされるぞ?」

「うまいのならせめて感想をいえ。ユミちゃんに悪いだろ?」

「ああ、そうか。うまいぞ、ユミ。……これでいいか?」

「ありがとうございます」

「おま、もう少し言い方ってもんがあるだろ?」

「ウチにはウチの流儀がある。余所モンが口を挟むな」

「んだよ、それー。そういやさローズ」

「なに?」



 気を回してくれたのでしょうけど無駄足でしたね。クロウさんはリアルでも食に関しては妥協しない人なのです。ですので箸を止めてくれないだけでも好感触なんですよ。それでもジドさんは少し気に食わないようで、ムスッとしながらローズさんに話を振ってました。



「ローズもユミちゃん見習って料理がんばってみない?」

「無理!」

「即答だな」

「だってできた料理をリアさんと比べるでしょ?」

「いや……うん」

「だから無理。このレベルをあたしに求められても要望にお応えできませーん」

「いやいや、もうちょっとやる気を見せてくれてもいいだろうに」



 取りつく島もなし。ローズさんはジドさんの要望に耳を貸しませんでした。肉じゃがですらアレですからね。

 こちらからいくらでも教えると言ってるんですがここで食べれる手前、リアルで比べられるのは余程ストレスが溜まるのでしょう。

 今はお互いにストレスを溜め込みやすい時期ですからね。それにしたって即答は流石に……まぁ気持ちはわかりますけどね。



「ユミ、腕を上げたな」

「いえ、まだ理想には遠く及びません」

「君は理想を求めすぎる。いや、僕も君のことは言えないか。とても美味しかったよ。直ぐにその感想を添えられなくて悪かった」

「用意した側としては、残さず食べてくれるだけでとても嬉しいものなのですよ? でもそうですね、言ってもらえて嬉しいのは確かです。ありがとうございます」



 私はニコニコしながら答えましたが、それが少しクロウさんには思うところがあるようでした。先ほどまでの柔らかい口調はなりを潜め、まっすぐと瞳を射抜かれてしまいます。ちょっと緊張してしまいますね。



「もしかして……いや、もしかしなくても僕は、君を追い込んでいたのではないか。そう思っていた。そう考えていた。その事をジドにも指摘されたよ」

「私は、それを苦とは捉えてません。それはあくまで過程です。踏み台です。私は両親にそう教えられてきました」

「君は強いな。僕はその強さに甘えていたのかもしれない」

「いえ、強くなどありませんよ。これは強さではなく強がりです。今でもまだ不安で押しつぶされてしまいそうです。自分は失敗はしてないか。取り返しのつかないことはしていないか。ミスを起こしていないか。要らぬことで不安を招いて、そして勝手に心配している……私はそういう、めんどくさい女なのです」

「僕は君に苦労ばかりかけているな。そんなことにも気づけないで、気にかけないで。馬鹿みたいだ。軽蔑しただろう? 僕は自分勝手で、自分が中心になって世界を回していると本気で思っている。その思い上がりが、君を傷つけていた事に今気付かされたよ」

「そんな事……ないです。少なくとも私はクロウさんに出会ってなかったら、ここまで人を信頼することは出来ていませんでした。だから私はあなたの事を……ううん、あなただけが私の救いなのです。だからあまり自分をそのように追い込まないでください。それは、私の望みではありません」



 クロウさんはそのあと何も言いませんでした。けれど何かを決意したように私に手を差し伸べました。手を取り、引き上げてもらい、そして……

 本当の意味での共同戦線が幕を開けたのです。


 今までのどこかよそよそしい一歩引いた関係性ではなく、これからは共に手を繋ぎ、同じ目標に向かって意識を共にするように。


 この人にだったら私の全てをバラしてしまってもいい。そんな風に覚悟を決めた瞬間でした。

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