第84話 ダブルデート開始
休憩を終えた私達は準備運動を兼ねてエリア2を目指します。
ここでは早速立ちはだかる壁とでもいうべきか、圧倒的なサイズ差により、旦那様方の猛攻は影を潜め、口々に不満を載せていました。
「だめだ、剣が刺さらなくてカスダメしか入らない」
「こっちもだ。対象がデカすぎてトラップごと持っていかれちまう」
クロウさん達は試してみたはいいものの、早々に愚痴が漏れていました。仕方ありませんね。
でもどこか楽しそうでもあります。
「それに体表も剣が滑って上手く差し込めない。厄介な相手だ」
「そうだな。このゲームは今までやってたのと同じと見ない方がいい。さっきのウサギ共も簡単には殺(と)らせてはくれなかったしな。それこそ想像力を武器にしろって言わんばかりだ」
「そのようだ。タイトル回収をこんな序盤から仕掛けてくるあたり、ここのメーカーも相変わらずで安心したよ。な、クロウ?」
「ああ……そうだな」
おや?
何か聞き捨てならないことが聞こえましたよ?
「あら、クロウはここのメーカーのゲームをご存知でしたか?」
「こう見えて学生時代はゲーム三昧でな。コイツと一緒に電脳世界を駆け回ったもんさ」
ジドさんの肩を叩きながら、クロウさんは昔を思い出したように笑う。
「こいつなんて昔から時代劇が好きでな、よく二刀流とか武士の真似事ばかりしてたんだぜ?」
「あ、それで今回二刀流なんですね。よくお似合いですよ。普段スーツ姿しか拝見する機会がないのですごく新鮮です」
「ははは。まぁ、そういうことでな。普段見せない姿をこれから見せていく予定だ。期待しててくれ」
「期待しております」
「そんなかたっ苦しい態度はナシナシ。今は同じ時間を楽しもうぜ、ユミちゃん」
「はい、そうですね」
「でもこうも厄介な相手だとどう対処したもんかな……」
二人がうーむと頭を悩ませているところで、ローズさんがその場で立ち上がり手を叩く。
「はいはーい。こう言う時こそあたしの出番よ!」
「大丈夫か、ローズ? オレ達にいい顔見せようとして無理してないか?」
「むきー、ダーリンはいい加減にあたしを信用してよ!」
「悪い悪い。信用していない訳じゃないんだが、なぁ?」
「ああ、少し心配だ」
男性陣の視線はローズさんの胸部装甲に釘付けです。やっぱり大きい方が良いのでしょうか?
自分の胸を見下ろし、ため息を漏らします。ローズさんにジトッとした視線を送っていると目が合った。
何やらウィンクをビシビシ送られました。言わんとしてることはわからなくもないですけど……
「こうなったらリアさん、あれをやるよ!」
「思わせぶりな視線を送って来てますけど、私お肉持ってませんよ?」
「じゃあ、今すぐ取ってきて!」
出鼻をくじかれたローズさんが吠える。
若干涙目だ。
「はいはい、仕方ありませんね。ではお二人方、指名が入りましたので私は少しばかり運動をしてまいります」
「ユミ、あまり無理はするなよ?」
「はい、大丈夫です。私やローズの戦闘スタイルはクロウ達と違ってあまり動き回るものではありませんから、そこまで危険なものではないんですよ?」
「そうか。でも心配だけはさせてくれ。気をつけてな?」
「お気持ちだけ受け取っておきます。では」
二人の姿を後にして、パパっと対象を塩コショウで味付け。MPが4減ります。これで加工の準備はOK。
更に抜刀の構えで腰のポーチ装備している包丁に手をかけて切り取りラインを視認してっと。
最長810メートルまで伸びるタコ糸を操って距離20メートル先の個体に狙いをつけて……このラインがいい感じですね。丁度まっすぐの位置にラインが被り、そこを一直線に切断。その切断によって個体はバランスを崩し、自重で潰れてしまいました。ついでに呼吸器官にもダメージを与えておきましたので放っておけば……はい、戦闘終了です。お肉はバッチリバッグに入ってます。
そのままアイテム譲渡でローズさんに渡してお仕事終了。お疲れ様でした。
しかしローズさんは固まった状態でギギギと首だけ回してこっちを向きました。
「リアさん……今の何?」
いつになく面白い顔です。危うく吹き出すところだったじゃないですか。やめてくださいよ、もー。
「何って……ああ。ローズさんがいない時に発見したんですけどね、遠距離から切断が可能になりました。
支えを失ってしまえばあとはカエル自身の重さで、ギュッと潰れてしまいます。便利ですよ?」
「うん……あ、いや。そうじゃなくて……え、どういう原理であんな真似を?」
いつになく察しが悪いですね。
仕方がありません、詳しく説明しますか。
「えっとですね、私がタコ糸を操れるのは知ってますよね? それはもうぐるぐる巻き付けたり、締め付けたり」
「うん。リアさんの得意分野だね」
「包丁を握ると切り取りラインが出るのも知ってますよね?」
「あの包丁でズバズバ切るやつね。仕組みがわからないけど便利だよね、アレ」
「そうです、めちゃくちゃ便利なんです」
「うん? それでどうやって切るの? なんの説明にもなってないじゃない」
「実はですね。切り取りラインは包丁を握るだけで目視できますし、そのラインはタコ糸でなぞるだけでも切断可能なんです」
「へー……ってぶっ壊れスキルじゃない!!」
そうですよね。やっぱりそう思いますか。
「ふふふ、これは下方修正案待った無しですね。鞭のヘイト消失と合わせて修正来そうです」
「いやぁああああ、鞭は見逃してー。あれなくなったら本当に寄生しかできなくなるから!」
「あはは、お互いに死活問題ですからねー」
「リアさんは加工があるからいーじゃん! あたしの使役はお肉がないと無駄スキルなんだからね?」
「でも糸はゲンさんも使えるし?」
「あー、でも加工を覚えてからはサボってそうじゃない? もう二度やりたくないって顔してたし」
「むむむ、修行が足りませんね。ズルしないでもっとビシバシしておけばよかったです」
「あはは、それ絶対投げ出してるパターンだ」
「そうかもしれませんね、ふふ」
私達がひと笑いしていると、何やら考え込んでいた様子のジドさんが声をかけてきました。
「ユミちゃん。ちょっと良いかな?」
「はいはい、構いませんよ」
ローズさんとの会話を中断してジドさんに向き合います。
さて、私に何の御用でしょうか? ローズさんはちょっとそわそわとしているようでした。取らないから、そんな心配そうな顔しないでくださいよ。
「もしかしなくてもユミちゃんて結構強い?」
あ、そういう……
どうやって返しましょうか?
まさか昔英雄やってたなんていえませんし、適当に当たり障りない感じで返しておきますか。
「どうでしょうか? 弱くはないと思いますけど、どこを基準にして良いかがわかりませんので正しい答えは出せませんが……」
「あ、うん。変なこと聞いてごめんね」
「いえ」
なんだったのでしょうか?
ジドさんはその足でクロウさんのもとに帰ると何やら焦った様子でヒソヒソと内緒話を始めてしまいました。
ローズさんはカエルを呼び寄せて使役の準備中です。いいところを見せるんだと張り切ってますね。ドシンドシンと近寄ってきたMOBに餌やりをしながら鞭打ち。
鞭さばきも様になってきましたね。
それにしてもさっきからヒソヒソと……もしかしたら私、やりすぎちゃったかな?
いえいえ、これぐらい普通ですって。
なにせココちゃんやカザネから見てもちょっとびっくりした程度でしたし。ふふ、悪い方向に考えてしまうのは私の悪い癖ですね。
もっと楽しい事を考えませんと。せっかくみんなで集まってこうやって遊ぶ機会もできたのですから。
どうやらローズさんの準備も出来たみたいですね。
◇side.旦那連合
「……おい、クロウ。ユミちゃん滅茶苦茶つえーじゃねーか! アレのどこが初心者だ。下手すりゃオレ達が全力を出しても届くかどうかだぞ?」
「……確かに昔ゲームをやっていたと聞いていたが、それを鵜呑みにしたってここまでのやり手だと思うわけないだろ。それにお前ユミのプライベート姿を見てアレを想像できるか?」
「……無理だな」
「……だろ? オレは悪くない。お前のところのは大丈夫だと思うが」
「まーな、あいつ生産特化だし」
「だといいがな」
「ダーリン、あたしの準備できたよー」
「……おっと、マイハニーがお呼びだ。この話はまた後でな」
「……そうだな、ローズが一般的である事を祈ろう」
◇side.ユミリア
「それじゃあ行くよ。見ててねダーリン、それとクロウさん。そーれ、行ってこーい」
ローズさんがばしーんと鞭を振り、餌付けに成功したカエル×2が水辺に沈み込もうとしている隙だらけの個体に強襲を仕掛ける。
無防備を晒していた個体の土手っ腹にいいダメージが入ります。そこへもう一匹がジャンピングからのボディプレスで追撃。
5分間の攻防の末、無傷とは行きませんでしたが勝利を勝ち取ります。
ここで私のアイテムバッグに加工肉がどさり。先ほど討伐した個体のお肉が確率の波を乗り越えて加工されたようですね。人差し指と親指で輪っかを作り、加工肉ゲットのサインをローズさんに送ります。ローズさんも同じサインを送り返し、アイテム譲渡で引き渡し。
ですが加工してしまうとパーティに経験値は入りません。だけど最初の一手は布石なのです。なにせ低確率で加工処理が付与されるおまけ付きですからね。
今はローズさんの番なので加工処理は塩コショウだけに留め、バッグの許容量が許す限り圧縮保存無しで投入します。
「好調なようですね、ローズさん」
「うん。今日はいつになくリスポーンが早いからね。回転率上げられそうだよ」
「目標は?」
「平均LV6かな?」
「それじゃあ加工回数も増やす感じですかね?」
「うーん、それは様子を見て。欲しかったらアイテム譲渡送るね」
「分かりました。でもこうやって見てるだけというのも暇ですね」
「ねー、ゲンさん達がいた時はBBQしてたから気にならなかったけど、こう余裕あると手持ち無沙汰になるよね?」
「分かります。あ、そういえばこの間仕入れたお茶受けに美味しいのがあるんですよ。良かったら少しティーブレイクしていきません?」
「良いね。早速頂こうか」
ローズさんは二つ返事で了承しました。
せっかくですので男性陣もお呼びしてティータイムと洒落込みましょう。これでもうちょっと景色が良かったら良いのですが。
いきなりテーブルセットをアイテムバッグから取り出した時はクロウさんもジドさんも大層驚いてました。
「なっ!? アイテムバッグの何処にそんなサイズのものが!?」
「あ、コレですか? 私のジョブじゃないと持ち運ぶのが大変なんですよね」
「そういう事じゃなく……いや、いい。ユミはオレ達の想像を軽く超えてくるからびっくりしてしまうんだ。次からは出す前に一言断ってくれると嬉しい。心の準備ができるからね」
「まぁ、それはごめんなさい。最近はこれが普通になってきたんですよ。ね、ローズさん?」
「つってもリアさんにとっての普通だけどね」
「まぁ酷い。みんなして私をいじめるんですね」
そんな雑談を交えながら、目標LVに到達するまでのんべんだらりと楽しい時間を過ごしていました。
最初こそ驚きっぱなしの様子でしたが、感覚が麻痺してきたのかいまでは普通のことと捉えてくれるようです。
「いや、ははは……疑っていたわけじゃないが、うん、凄いな。こちらも負けてられん。いくぞ、ジド!」
「おうよ、旦那の威信を取り返しにいくぞ!」
負けていられない、と言った表情で男性陣はリスポーンしたカエルに躍り掛かって行きました。戦法は先ほどと一緒。
ですが動きは見違えるほどに良くなっています。伊達に前衛職を名乗っていませんね。足取りから立ち位置、回避のタイミングが最近までゲームをしていなかったとは思えない動きです。
つまりそれだけこのゲーム……いえ、前作をやり込んでいたと言うことでしょう。さぞ名のある冒険者だったのでしょうね。英雄……は変人揃いでしたので、勇者か強者でしょうね。
当時はどんなプレイヤーだったのでしょうか? 意識をあさっての方向へ飛ばしているところへ声をかけられます。
「どう? うちのダーリン結構強いでしょ?」
ローズさんは私の隣にちょこんと座り、早速惚気始める。上等です。こちらも惚気返してやりましょう。
「いえいえ。クロウさんの動きだって凄いですよ。もしかしたら名のあるプレイヤーだったと思います」
「でも前作で名のあるって言ったら英雄じゃない?」
「そこなんですよね。強くあってほしいと思う反面で、英雄じゃないと良いなって言う矛盾が……」
「あはは、英雄って変人しかいないもんね」
「そうなんですよ。因みにそれは私も入ってるんでしょうか? 返答次第によってはこれからのローズさんのご飯の提供に影響が出ますが?」
「そりゃ入ってるよ。もちろんあたしもね? だからユミリア様、どうかご飯の件は何卒、何卒~」
「まぁいいです。今回は不問としましょう」
「やったー。ありがとうリアさん、愛してる!」
「それはジドさんに言ってあげて。それとあの動き……本当に久しぶりの復帰なんですか? とてもじゃないですが先程とは別人過ぎます」
「うん? 単純にゲームとの相性が良いだけだと思うケド。あたしと初めて出会った時も格闘タイプのジョブについててグイグイ引っ張っててくれたし」
「ふふ。良かったですねローズ。幸せいっぱいな顔してますよ?」
笑顔から一転、しんみりとした表情を浮かべ、ローズさんが言葉を改める。
「うん、嬉しい……リアさんばかりずるいって言ってようやくだもん。一緒に遊ぶのなんて何年振りかな?
ありがとね、リアさん。クロウがダーリンと幼馴染で良かった。そしてあたしがリアさんと親友で良かった。こうやって一緒に遊べる時間を大切にするよ。そのためにもまた協力してね?」
「もちろん。これは私達のためだけじゃなく、生まれてくる子供達のためにも必要なことです。なんといっても共通の趣味ですからね」
「うん、そうだね、そうだ。あたし達お母さんになるんだった」
「もぉ、忘れてたんですか?」
「てへへ、苦しいばかりで実感湧かなくて」
「ダメですよー。今は赤ちゃんが伸び伸びとお腹の中で過ごせるように体が適応している時期なんですから」
「うむぅ、難しい事はわかんないよ……」
「なら赤ちゃんのためだと思って我慢すれば良いかも」
「そっか、そだね。そう思っとけばいいなら分かりやすいかも! あ、ダーリン達帰ってくるよ。出迎えてあげなきゃ」
「そうですね。ちゃんと揚げ足を取らないで褒めてあげてくださいね。ローズと違って適当な感じじゃダメなんですから。結構傷つきやすそうな心を持ってそうですから」
「ちょっとー、それどういう意味? 流石にずっと一緒にいるんだから対応ぐらいわかるよ! それじゃあリアさんも上手くやってね」
「はいはい」
お互いに茶化しあって、お互いの王子様を迎えに行く。英雄かどうかは今は関係ない。
今はただ……側にいて、それだけでありがたい。そう思える現状に精一杯感謝して、私はクロウさんへと声をかける。
お疲れ様です。カッコ良かったですよ?
言葉を受け取った彼は、少し照れ臭そうに笑い、そのまま普段通り私の腰に手を伸ばしてそっと抱き寄せてくれた。
ほんのりと泥水と草の匂いが香る湿原で、少しばかりの二人の時間を楽しむ。
こうしていると今までの不安がスッと消えて行くようで……頭を預けるようにして精一杯甘える。
あとちょっと、もう少しだけ。
この時間が続くといいなと思いながら……
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