第77話 どうも私、人質みたいです

 人質という言葉通り、黙って捕まれば特に何もされる事はないのでしょう。

 しかし好き好んでプレイヤーキラーをするような人が、ただの人質なんか取るわけがなく、脅すための手段として痛め付けておくなんて事は良くある事です。

 しかし困りました。


 チラリと相手を覗き込む。


 この人……というかこの精霊、隙だらけなんですよね。それに私の何を見て能力を把握したのかは知りませんが、誰が物理攻撃が無効だからといって諦めると言ったのでしょうか?

 腕が立つ、と言ってもこの程度の手合いにあまり時間はかけて要られませんね。

 しかし片付けるのは簡単でも、その目的を聞き出しませんと。又いつ同じ目に合うか分かったものじゃありませんしね。なるべくなら厄介ごととは無縁でありたいものです。

 今なら相手も油断してくれています。

 では交渉と行きましょうか。



「つかぬ事をお聞きしますが……」

『なんだ?』

「私は一体誰に対しての人質なのでしょうか?」

『は? ……お前それ本気で言っているのか?』

「はい」

『お前の妹だ。よもやココットについて何も知らんとでも言うつもりではないだろうな?』

「ココちゃんがですか?」



 呆れたような私の視線と言葉に、闇精霊は心底つまらないものを見る目でこちらを覗き込んでくる。

 こういうところが隙だらけなんですよね。


 私に何も期待してないの。だから全然警戒していない。

 油断といえばそうですが、逆にいえばそれだけ対処が容易いのだと思い込んでしまっているのですね。まぁその方が私的に楽でいいのですけど。



『いいか、良く聞け。お前の妹にはとある組織から莫大な賞金がかけられているんだ。俺たちは言わばバウンティハンター。賞金稼ぎなんだよ。

 だがそれらの討伐によって得られるのは金じゃない。力あるものを打ち倒す名誉だ! 名声だ!

 まぁ女にゃ分からん世界だろうがな』

「まぁ、そうなのですか……残念です」

『チッ、お前と話していると調子が狂う。いいから黙ってついてこい』

「そのようなことを言われましても……」



 至近距離でのやり取り。

 ですがそこは既に私の能力行使エリアなんですよね。知ってました?


 武器が包丁なのは確かですけど、誰も包丁が攻撃手段だとは申してませんからね。それは向こうの勝手な思い込み。

 そしてその距離が5メートルまで近づく事で私の方から仕掛けていきます。

 私が大根役者じゃないことを見せてあげるんですからね! 見て欲しい人が居ないのはこの際無視です。



「それ以上近づかないで! 近づくならこの包丁で斬りつけますよ!」

『ハハハハハ、先ほどの言葉を聞いてなかったのか? オレに物理攻撃は無効だ』



 包丁を持つ手をブルブルと震わせて後退る。相手は完全に悪役のノリで隙を見せつけながらも軽妙な足取りで詰め寄ってきます。

 精霊の癖に歩く動作が出来るとはなかなかやりますね。ですがその動きこそ計算通り!

 思わずにやけてしまいそうな口角を食いしばり、迫真の演技で包丁を震わせました。そして——

 闇精霊は私の警告を無視して私のデッドリーゾーンへ侵入を果たす。



「あーあ、警告したのに近づいちゃった」



 先ほどまでとは打って変わって雰囲気と声質をガラリと変えた私に、闇精霊は初めて訝しげな反応を示した。



『なんだ? 恐怖で気でも触れたか?』

「別にぃ、どう思おうと勝手ですけどぉ、そこは既に私のテリトリー。今更どうなっても知りませんからね?」

『ふん、やるだけやってみろ』

「ではお言葉に甘えまして……」



 既に巻きつけていたタコ糸を手繰り寄せ、包丁を握る事で見えている切り取りラインをなぞった。

 相手には何をしているかは全くわからないだろう。なにせタコ糸には攻撃力が無い。攻撃力がなければ危機察知に反応せず、そして切り取りラインはバトルコックにしか見えない。

 それらがもたらす効果は絶大!

 そして思った通り、包丁によって見える切り取りラインは精霊に対しても有効だった。

 対してタコ糸は魔力の塊なので物理攻撃ですら無い。

 導き出される結論は……



『グァアアア!!』



 余裕綽々も精霊体をあっさりと切り裂いた。

 精霊とはその属性の魔力を力づくで束ねて従える統率者の総称。

 闇の精霊と言うだけでその特性を晒していますもんね。彼(彼女?)の属性は闇と陰影。

 束ねている場所はだいたいドス黒く渦巻いてますのでそこへちょっと切り込みを入れるだけで取り込んだ闇は風船から空気が抜けるように霧散していきます。

 精霊って取り込んだ属性で強くなっていきますからね。しかし取り込み過ぎれば体に毒。今回はダイエットのお手伝いをしてあげた形です。感謝してくれてもいいんですよ? ぷぷぷ。


 結局このゲームは想像力が豊かな人が勝つんです。そこにステータスやレベル、種族は関係ありません。

 あんなものは大きな数字を並べて揃えるだけのただの自己満足に過ぎません。

 目に見えない努力を繰り返し行使した人が一等賞。実にシンプルでわかりやすいでしょ?


 そこでようやく私を敵として認めたのか、闇の精霊様は先ほどまでの余裕ある態度を一変、激昂した様子で立ちふさがりました。もう許さないぞって感じです。

 ですが許さないのはこちらも同じ。

 誰が黙って妹の為の人質なんぞになってたまりますかっての。

 そんなのは私に勝ってからほざいてください。

 威嚇の意味で軽く欠伸をしていますと、大声をあげて飛びかかってきました。単純ですね。動きが丸見えですよ?



『キサマァアアアッ!!』



 まぁ怖い。

 大振りの攻撃を回避などはせずに<切り取りライン+タコ糸>の切断コンボで射程を縮め、脅威を取り除きます。

 勢いで叩きつけられた風圧はそのままですが、アイテムバッグの重さでカバー。

 圧縮保存で総重量を誤魔化してますけど、実は物理演算ではその重さもトータルされてるっぽいんですよね。ですので如何に貧弱がウリのヒューマンとは言え、吹けば飛ぶ訳にもいかないんですよ。参っちゃいますね。



『クソが! クソがー!!』



 攻撃を回避されたことがとても悔しいご様子です。今までどれだけ格下相手に戦ってきたのか丸わかりですね。

 もっとそこは努力しましょうよ。


 無駄な努力、もとい大振りの攻撃を容易く無力化していますと、相手もバカではなかったようです。その間に闇を集めてとても大きな腕を作り上げていました。それを振り上げて……



『ぺしゃんこになれ!』



 可愛らしい言葉とは裏腹に殺意の高いプレス攻撃。回避は間に合わない。

 ですがここからはバトルコックの妙技が光ります。

 このゲームは特性の足し算、又は掛け算をした人が有利になる仕組み。

 単純な強いだけの攻撃とかいくらでも対処が可能です。

 あの重量が私の場所に着弾するまでおよそ10秒。それだけあれば……


 後手に包丁を握り、抜刀のスタイル。

 しかしこれは相手に次の行動を予測させないためのミスリード。

 私に剣術のスキルはありません。

 そんなのは精霊特有の鑑定技能<精霊眼+魔法解析>で筒抜けですからね。

 包丁を握り込む事で現れる切り取りラインこそが本命であり、相手の作り出した腕にもそのラインはあるある……御誂え向きに狙いやすい位置に一本、少し離れてもう一本。



「勝機!」



 問題があるとすればその距離くらいでしょうか。抜刀をしても刃先の短い家庭用の包丁では到底届かない。

 それは誰が見ても明らかです。

 でもこちらには自在に操れる<タコ糸>があります。

 そしてその長さは最大MPに依存する。

 私のMPは450! その長さは450メートルまで対応してますよー!

 最長450メートルの見えない刃! その身に受けよ! ……なんちゃって。


 それを巧みに操り、巻きつけ、ラインに沿って流していく。

 そしてその必殺の一撃を容易く無力化。


 正直言ってこの<切り取りライン+タコ糸>のコンボは強過ぎますね。

 弱体化されないか今からヒヤヒヤものですよ。

 今ならローズさんの気持ちがわかります。

 便利過ぎますもんね、あの鞭スキル。

 なんですか、ヘイト消滅って。チートですよチート。ボスに効くかどうかまではわかりませんが、強過ぎますって。



『何が起きた!? そんなスキルなんてステータスからは見えなかったのに! まさかアイテムか?』



 格下と見誤ったその油断が命取り。

 そして隙だらけですよ?

 思い立ったら即行動。動き回ります。



『ッ! 逃すか!』



 半歩後退したのを回避と見たのか闇精霊が慌ただしげに声を荒げてました。

 完全に私の術中にはまりましたね。

 直線的な攻撃だけでは私に擦りすらしませんよ? ほらほら、こっちですよー。







 ◇side.闇精霊グロウ


 おかしい。

 先程から手加減しているとはいえ、全ての攻撃がいなされている事に闇精霊のグロウは混乱していた。


 精霊という種族で虐げられていたあの頃とは今はもう違う。

 オレは力を手に入れた!

 あの人の背中には遠く及ばないが、大いなる一歩を踏み出したんだ!

 だからこんなところで躓く訳にはいかないんだ!


 相棒が新入りのお目付け役なんてつまらない任務を受けた時はとうとう日和ったかと心配したが、そこで出会った存在に大きく心を揺らされた。

 ココット!

 闇精霊よりも巧みに闇を扱う事で有名なある意味超危険人物。

 かつての伝説は今では色褪せてしまったが、その首にかけられている賞金額は非常に魅力的なものだった。

 他人に興味のなかったアサシンのアシッドが目の色を変えるのも頷ける。

 これはチャンスだ。

 そのための人質獲得に梃子摺る訳には……くそっ、また躱された。何度目だ?

 こんな雑魚にかまけている暇などないのに。

 なのに何故当たらないんだ?

 非力ゆえに初速の早い精霊の攻撃が尽く躱され続けている。

 まるで高LVのモグラ叩きでもしている気分だ。

 もしやこちらの攻撃が読まれているのか?

 そんなバカな事があるわけがない。

 闇精霊の作り出す闇は実体のない魔力の塊だ! たかがヒューマンに見破られるわけがないんだ。


 一撃は確かに軽いが、敏捷に1すら振ってないヒューマンに躱され続けることに納得がいかない。

 まるで真夏に集ってくる鬱陶しいハエのように、攻撃を躱しては纏わり付いて来るようだった。

 なかなか成果の出ない攻撃結果に、攻撃パターンを変えてみる。

 だがそれすらも欠伸交じりに躱され続けた。

 オレは一体何をやっているんだ?

 つまらない仕事のちょっとしたお使いだったはずだ。

 気づけばMPも結構使わされて、HPも減らされている。

 本来ならここまで梃子摺る仕事ではない。だからほんのちょっと小石に躓いた事に苛立ちを隠せないでいる。


 声を荒げる。金切り声も持っていけ。


 なぜ当たらないのか。もうそのことすらどうでもいい。今は既に楽に捕まえられるなんて思ってない。

 こいつはオレを心底おちょくっているんだ。

 だから消す。

 プレイヤキラーは舐められたら終わりだ。

 もう人質として丁重に扱ってやるのはやめだ。オレを怒らせたことを教会あの世で後悔し続けろーー!



『ヌゥウ……ァアアアアアアア!!』



 もうヤケクソだった。ヒューマン如きに使うようなスキルではないことは理解している。が、それでも最大奥義で叩き伏せてやらなければ気が済まない。

 そう、これはオレのわがままだ。

 組織とか知ったことか!


 すぅううううう——


 息を吸い込むような動作で、取り込むのは森林フィールド全体に潜む闇の因子。許容量を上回る量を取り込む事によって膨れ上がる身体と魔力の総量。

 本来なら自爆技でメリットよりもデメリットの方が上回る諸刃の剣。

 だが試してみたくなった。

 ここから先は意地の張り合いだ。

 精霊にスタミナはない! どこまで回避し切れるか見ものだなぁ!!


 しかしそれを見上げる事しか出来ないちっぽけな存在は……

 いつのまにか取り出した椅子に腰掛け、優雅にティータイムを決め込んでいたのだ。これ以上ないほどの煽り行為。

 それをこのタイミングにやってのける度胸。


 プッツーンと頭の中で何かが切れる音がした。いや、厳密にはそんな音はしていない。だが堪忍袋の尾はズタズタに引き裂かれていた事だろう。見なくてもわかる。

 これほどバカにされた事は今まで一度もなかった。

 相手にとことん力の差を思い知らせてやらなければ気が済まない。


 怒り心頭のまま、最大パワーの一撃をその場に叩き込んだ!

 その場所を中心に土煙が立ち昇る。

 上空15メートルからの質量を持った一撃だ。確かな手応えがあった。

 たかがヒューマン。最早生きてはいまい。それを確信した時、胸の中のモヤモヤがスーッと抜けていった。

 しかしそれと同時に相棒にどう言い訳をしようか悩まされる。



『思った以上に強くて全力を出さざるを得なかった?』



 いや、ダメだな。鼻で笑われそうだ。あいつは昔からそういうやつだからな。この話をネタに脅してきそうだ。

 そこまで考えた時、ようやく土煙が晴れた。爆心地には大きなクレーターができている。

 大地はめくれ上がり、その力の奔流はフィールド破壊そのもの。



『チッこれからって時にうまくいかないもんだぜ。このままじゃGMコールからの垢凍結の流れまで見えてくる』



 …………



『やり過ぎたか? でも後悔はしていない。アイツはこのぐらいしなきゃ勝てなかった。それだけだ』



 誰に問いかけるでもなく、誰もいないはずのその空間に言い訳がましく声をかける。

 ここに相棒がいたら「独り言とか恥ずかしいやつだな」と笑われることだろう。

 しかしその言葉にすぐ近くから返事が返ってくる。



「この程度の破壊活動で垢凍結を気にしている……そんな人がよくプレイヤーキラーなんて出来ますね。あ、一杯どうですか? このお茶受けも結構美味しいですよ?」



 そこには変わらぬ格好で優雅に紅茶を啜る捕獲対象が佇んでいた。

 その時、初めて自分が何を相手にしているかわからなくなった。

 オレは……一体何と戦わされていた?

 ヒューマンの女は、人質にすべき女は、ただこちらへ手招きを続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る