第75話 ここで一息つきませんか?

 要約すると、ココットの言葉にならない不満の原因は、どうやら私にあるようでした。

 彼女はリアルで不甲斐ない分、ゲームの中で先行プレイヤーの特権を駆使してなんとかリアルでお世話になった分のお返しができないかと色々と計画したようでした。

 ジョブを聞いた時はどうなるか心配だった反面、内心ガッツポーズだったらしいですよ?


 しかし私達が意外にも優秀で、早速企画が頓挫、イライラが募ってしまったようです。

 それを私に当てられても……と思わなくもないですが、妊娠中の母体が心配なのは本当らしく、本人以上に気を使ってくれているようでした。


 もともとぼっちだった私は結婚と同時にずっと欲しかった妹が出来て舞い上がり、色々と頑張りすぎた結果、彼女の気持ちを考えていませんでした。

 そこが盲点でしたね。

 彼女は私のペットではありません。ちゃんと感情のある人間です。

 そういう意味では私、彼女のことをちゃんと見てあげなかったのです。

 彼女にはいろいろと教えられてばかり。ダメなお姉さんでごめんね、これからはちゃんと甘えられるように頑張るから!


 そうと分かれば話は早い。

 私は着せ替え人形を買って出て、彼女達のセンスに感心しながらその日は買い物だけして過ごしました。

 内心はいつも真っ黒い服で染めてるからちょっと心配だったんですよね。

 でもそれは杞憂でした。彼女は好き好んで黒い服を着ているわけじゃなかったみたいです。ロールプレイでしたっけ?

 なりきる事で性能が上がる面倒臭いスキルが沢山あるとかで、それに合わせているうちに、その格好で落ち着いたらしいですよ。

 人のプレイヤーにも歴史あり、という事が垣間見えた一日でした。

 今はまだ、私の歴史を語ることは叶いませんが、この絆がもっと強固なものに変わったら、いつかみんなに打ち明けようと思います。ですがまだ、この幸せな家庭を失いたくない後ろめたさから、本音を隠している弱い姉を許してね、琴子ちゃん。


 ◇


 ログアウト後は二人を部屋に招いて作戦会議です。

 要するに予定を立てるわけですね。本心を語るよりも、妹達のやりたいことをやらせつつ、自分のやりたいことをついでにやる事へシフトしていきます。

 プレイヤーキラーの事も気になりますが、今は姉妹仲を強固にする事に神経を注ぎましょうか。

 再ログイン時間までテレビなどを見て時間を潰し、再度ゲームの中で落ち合います。

 ログアウト場所が同じでしたので、ログインエリアもおんなじです。



「それじゃあ早速行きましょうか?」

「待って、ユミさん」



 先行しようとする私に後ろからカザネが呼び止める。



「その前に、はいこれ」

「これは?」

「良いから。使ってみてください。さっきちゃちゃっと作ってきましたので」



 手渡されたのは香水の瓶。

 なんと自作のようですよ。瓶の上に天使を模した細工がされていてかわいいですね。私がこういうデザインが好きって知っててくれたのでしょうか?

 瓶の上にあるゴム状の膨らみを指でつまんで押しこむと、適量の霧ががプシュ、と吹きかかりました。

 あら良い香り。何かアロマ的な効果でもあるんでしょうか?

 メニューからステータスを確認すると、

「耐毒」「耐痺」「耐乱」「耐幻」

 と出ていました。どうやら森林フィールドで快適に過ごす為のもののようですね。一応お礼をしておきましょう。ありがとうございます、寧々ちゃん。



 完全にココット任せにしての行軍は圧巻の一言。いつになくやる気を見せた彼女は向かう所敵なしと言った感じで爆進して行きました。

 パーティを組んでいても、LV差がありすぎて経験値は入ってきてませんがそれは彼女達も同じようですね。ただ力を見せつけると言うよりも、邪魔な障害物を払っているような感覚。

 LV差激しいですもんね、納得です。



 草原のエリア2から森林フィールド前キャンプ地に入ります。

 ここら辺はβの頃と変わり無しですね。

 ただしキャンプ場とは名ばかりで、小規模の村にまで発展していました。

 品揃えはキャンプ地にしてはなかなかです。あれ? ここ本当に中継地点ですか? と言うぐらいに充実してました。



「ここは賑やかで良いですね。今からどんな冒険が待ち受けているか楽しみです」

「あははー、ユミさんはマイペースだなぁ」

「それが姉さんの良いところよ」

「だね」



 ココットの案内によって私達一行は素材買取屋出張所で新素材が出ていないか眺め、私は欲しいものがあったので買い足していきます。今日に私は完全にお荷物になる予定ですからね。加工は後回しにして調理に専念しましょうか。

 テーブルクロスも新調して……あ、この茶器も良いですね。この茶葉と、お茶受けも買っていきましょうか。

 支払いはカードで、と言ったところでココットに「ここの支払いはあたしに任せて、姉さん」なんて頼もしい言葉で遮られました。なんかちょっとかっこいい感じですね。やはり彼の妹さんですね。血の繋がりを感じます。


 買い物を終えて、早速冒険開始です。

 カザネとお揃いの香水をプシュと振りかけてからいざ。

 カザネ曰く効果時間が短いようなので頻繁に振りかけないとダメなんですって。

 何から何までありがとうございます、と礼を添えて第一歩目。エリア1へと足を踏み入れました。

 鼻をくすぐるのは濃縮された木々の香りと湿度の高い蒸し暑さ、それと土の香り。

 ヒューマンはこういう風に感じるんですね。なんだか感慨深いです。



「姉さん、そこぬかるんでいるから気をつけて」

「あら、ありがとうココちゃん。危うく踏み込むところでした」

「だと思った。姉さんはバッグが相当重量あるからうっかりハマると抜け出せなくなっちゃうからね」

「まぁ、そんな仕掛けがあるんですね。これからは用心しませんと」



 少し歩き、前方から剣戟が響いてきます。カザネもそれに気づいたのでしょう。せわしなく動いては耳を傾けて、制止の声を上げてきました。



「ユミさん、ストップ。少し先で誰かが戦ってるよ。これ以上進むと乱入しちゃうよ」



 横殴りはNGですね。はいはい存じておりますよ。



「ではこちらに腰掛けて観戦しましょうか」



 アイテムバッグからサッとテーブルセットを出しまして、先ほど買い足したテーブルクロスをフワリと掛けます。続いて茶器に手鍋に水を沸騰させた熱湯を注ぎ、揺らしながら数分。

 カップに注いでみんなに手渡しました。

 ついでにお茶受けも出して試食してしまいましょう。

 草原でも出しましたのでお二人は特に何も言わずに席に着きました。慣れって怖いですね。ふふ。



「いや~。ユミさんいるとスタミナ気にしなくて良いから楽チンだよねー。あ、いただきまーす」

「そうね。でも何もこんな場所でお茶会を開かなくても。もっと良い景観の場所もあるでしょうに」

「私は逆にどんな場所でも自分のペースを守りたいと思ってますから。あら、これ結構美味しいですね」

「どれどれ~? あ、ほんと。この紅茶に合う~。へー、今こんなの売ってるんだ。後でウチの子に情報渡さないと」

「カザネちゃんも何処かのクランに在籍しているのですか?」

「ふふーん、こう見えて調薬クランのリーダーなのだ!」



 おぉ。なんとなくノリでパチパチと手を叩いてしまいます。合いの手と言いましょうか、彼女も乗り気で褒めて褒めてと踏ん反り返っていました。

 それを横目にココットはカザネの頭を伸ばした影でスパンと叩きました。

 お調子者がいるとツッコミが大変ですね。その気持ち、よくわかりますとも。


 お茶受けに買ったドライフルーツはさっぱりとした甘味と酸味で渋味の強いストレートの紅茶によく合いました。

 ココットもカザネも気に入ったようで、結構飲み進んでました。

 ここまで美味しいとは思いませんでした。これは帰りに買い足しておきませんとね。


 お茶を啜りながらお茶受けを頂き、目の前で繰り広げられている戦闘を評していきます。

 気分は闘技場の観戦者ですね。

 ここだけはまるで安全地帯とばかりにのほほんとした雰囲気に包まれています。

 立派に戦闘エリアですけどね。私以外のプレイヤーのLVが高すぎて、余裕すら感じさせます。王者の風格でしょうか?

 頼もしいですね。








 ◇side.迷い込んだルーキー


 今日は種族LVが10に至り、草原では旨味が少なくなったからフルパーティで森林探索に臨んでいた。



「リーダー、本当に森林なんかにきて大丈夫だったのか?」



 頭からヒツジの角を生やした青色の肌の異形『イービル』の女性が不満の声を漏らす。

 リーダーと呼ばれた男は赤褐色の頭部をボリボリと掻いて「みんなでさっき決めたことだろう」と答えた。



「LV的には大丈夫なはずだ。あとは警戒をしてだな……マーリン、感知に反応は?」

「全然ないっす。五分前も同じこと聞いてきて、もしかしてリーダーってビビりっすか?」



 見た目小学生ぐらいにしか見えないエルフの女性がニヤリと笑ってリーダーに笑いかける。



「ビビりで悪いか。こういうのは慎重な奴ほど生き残るんだ」

「ビビリザード……ぷぷっ」

「イザーク!」

「あっぶね! フレンドリーファイアが無いとはいえ、武器ぶん回すのは無しだぜリーダー」



 イザークと呼ばれた『バード』は羽ばたき、大振りの攻撃を余裕を持って回避した。



「ったく」



 今日は厄日だ。そんなことを考えながらリーダーと呼ばれたリザードは前を歩いていた。



「ギャッ!」



 すぐ近くからは甲高い、悲鳴のような声が聞こえた。武器を構えて戦闘態勢に入るが、敵影は無し。振り返って仲間に確認を取るも、そんな声は聞こえなかったと答えてきた。

 またもビビり虫だのとなじられるも、それを無視し、前を警戒しながら歩いた。



「ヴルルルル……」

「キャンキャンッ」

「囲まれたか?」



 エリア2で出てくるMOBはウルフのみ。LV的にはそれ程脅威でもなく、連携攻撃で難なく対処出来た。

 だがしかし、それが途切れなく襲ってくる場合は話が別だった。

 一番最初に狙われたのはエルフのレンジャーだった。どこに敵が潜んでいるか判断するべきの『目』を潰された。

 次いでイービルのヒーラーが、バードのマジシャンが、遠距離を潰されていく。



「くっ、よもやここまでか!」



 残されたのは死に体のタンクのレオパルドと武器の耐久度を気にしているアタッカーのリーダー、そしてアイテム係のヒューマンだった。

 たかが獣と侮ったツケが目の前で展開されていた。

 悔やんでも悔やみきれない!

 だが、このまま負け帰る訳にもいかなかった。

 せめてどうにかして逃げて合流しないと。

 追いかけてくる個体数は五匹。

 いや、姿は見えずともおそらく数十匹以上入るはずだ。

 スタミナを無視して走った先で、開けた場所に出た。そこは袋小路になっていた。



「行き止まりか!」

「おい、あれ」

「なんだ、あれ? あたし幻覚でも見えてるのかな?」



 進退窮まった影響だろうか。

 目の前では優雅にお茶をしている三人組が写り込んだ。必死に逃げろと叫んだ。

 だが特に気にした様子もなく、再びお茶を啜っていた。もしかしなくても幻だろう。そう決め込む。



「くそ、こんな幻影まであるとは! このエリアにこんな情報なんてなかったぞ!」

「リーダー、今は逃げることだけ考えよう!」

「ああ。リッジ、スタミナは回復したか?」

「全力は出せんが、逃げるくらいなら」

「よし、お前の足が頼みだぜ」



 リーダーはニヤリと笑い、『レオパルド』の獣人の背中を守るように一歩前に出た。



「生き残れよ」

「お前こそ、勝手に死ぬのは許さんからな」



 そう笑い合いながら、死線を超えるべく精一杯の軽口を叩き合う。

 しかしそこへ大きな声でヒューマンの、アーシャの声が響いた。



「リーダー、この人たち幻じゃないよー」



 その言葉にリーダーとリッジは顔を見合わせ、距離を詰めてくるウルフに対して武器を構えながら距離を測っていった。

 直後、足元に黒い水たまりが出来ていた。さっきまでこんなものなかったはずだが? リーダーは訝しむも、危機感知が最大限に反応したため距離を取ると同時にその水たまりが大きく膨らみ、弾けた。


 音はない。ただここはそんなに薄暗かっただろうかと疑うほどの濃密な闇の霧が広がり、それが晴れる頃にはウルフの群れはどこにも見当たらなかった。

 何が起きたのかわからない。

 だが、あとで話を聞いて腑に落ちる。

 今まさに、上位ランカーの力を垣間見た。生き残ったプレイヤーにはその事実だけで十分だった。

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