第60話 レッツクッキング


「それでは早速あの子に仕掛けてみたいと思います」



 草を食んでいるホワイトラビットを指差して宣言します。



「え、ここのMOBは弱いけど弱くないっていうか……」

「危なくなったらココちゃんが助けてくれるんですよね?」

「も、もちろんです!」



 ココットは元気な返事をくれました。

 ローズさんは好きにやんなよ、とばかりに相槌を打ちます。もっと興味を持って! とはいいません。彼女は行動したくても出来ない理由があったのですから……



「では!」



 いざ尋常に勝負です。



「怖くないですよー、怖くないですよーえいっ!」



 恐る恐る近づいて、ぎゅっと抱きつきます。相変わらずふかふかしてて抱き心地は最高。

 さてここからタコ糸で目、鼻、口を塞ぎます。その上で塩コショウをパッパと振りかけます。

 凄いですね。使おうと思考したらパッと手元に現れました。それを適量ふりかけてっと。



「姉さん、それは何をしてるの?」

「塩コショウですよ。料理の基本ですね」

「まだ動いてますよ? そういうのは素材に使うものじゃ?」

「いえ、これがバトルコックの手法のようなので。こらこら、暴れないでください。よしよし、いい子いい子」

「凄い……手懐けてる……」



 残念。タコ糸で手足を拘束しただけです。兎さんは呼吸困難で今思いっきり衰弱してますよ。

 糸使いと同様に攻撃力が0なのでヘイトは一切向かないのは凄いですね。

 そして討伐完了です。アイテムは自動的にバッグの中へ。確認したらちゃんと入ってました。



「終わりました~。みんなの所へは行きました?」

「ないよ」

「来てません」

「あれ? もしかしてこれ……」

「バトルコックのスキルを使って討伐されたMOBは確定で肉素材になって、本人にしか行かない仕組みだね。不人気な仕組みはここかも。でもリアさんのところにはバッチリ入ったと?」

「はい。バッチリきました」

「そうなんですか? 見せていただいても?」



 取り出して状態を見せると驚かれます。

 なんといっても丸々一羽〆た状態での入手ですからね。びっくりされるのも無理はありません。

 さらに面白いことに、下拵えされたお肉は加工品扱いになり、ヘイトを取らないのだとか。



「それじゃあ街に戻りましょうか?」

「え、あの。まだ日も高いですしレベリングのお手伝いしますよ?」

「まぁまぁココちゃん、そういうのは後でも出来るよ。それよりもリアさん、目標は?」

「それも込みで色々試行してみましょう。ココちゃん、調理施設がある場所まで案内していただいても?」

「え、あっはい!」



 こうして私達は悪目立ちすることを避け、いそいそと帰路につきました。

 場所は変わって冒険者組合酒場、その調理場に来ていました。



「という事でゲン兄、こっちがうちのユミリア姉さん。その隣が姉さんの友達のローズさん」

「いやはや、こんな別嬪なお姉さんがいるとは。今紹介に預かった通り、俺の名はゲン。本名がゲンさんであだ名がゲンだ。紛らわしいと思うが許してくれ」

「ふふ、面白い方ですね。はじめまして、ココちゃんの姉のユミリアと申します。妹共々よろしくお願いしますね」

「おう、もっと気楽にしてくれていいんだぜ?」

「あらごめんなさいね、こっちが素なの」

「ならしょうがねぇか」

「んで、あたしがローズさんだよ!」



 ローズさんは胸をばるん、と揺らしてピースした右手をビシッと前へ突きつけます。左手は腰に当て、上体を逸らして偉そうなポーズ。これがマリー時代の彼女の挨拶。



「こっちはこっちで元気だなー」

「よく言われる」



 にゃははと元気いっぱいに笑い、すぐにゲンさんと仲良くなりました。彼女の取り柄の一つですね。最初っから知り合いでしたけど、こっちの姿では初めてですので、早速フレンド登録をしてました。素早い!



「それでココットはわざわざ紹介するために調理場に来たのか? 丁度空いているとは言えここは包丁とかあって危険だぞ?」

「まっさか。今日は姉さんが料理を振舞ってくれるって事で調理施設に案内したのよ。現状ここ以上に調理器具が揃ってる場所なんてそうそうないでしょ?」

「へぇ。失礼だがユミリアさん、素材はあるか? 包丁や魔導ガス代、鉄板ぐらいは貸してやれるが素材は別だ。こっちも商売でな。商売道具を貸し出すというわけにもいかん」

「はい。そちらは抜かりなく。素材を手に入れましたので調理施設を探してましたので」



 そう言って仕留めたばかりのホワイトラビットをバッグから取り出します。



「驚いた! まさか一羽丸ごととは! まさかバトルコックか!?」

「はい」

「使い手が現れるとはな。良かったら組合を通さずウチへ直接持って来てくれたら色付けて買い取るが?」

「あら、それは大変助かります。ですがその前に調理場をお貸しいただいてもよろしいですか? 友人が先程からよだれを垂らして待っていますので」



 カウンター席で忙しない様子でローズさんが食器をかちゃかちゃと鳴らして待っている。その様子はどう見てもお腹を空かせた子供特有のそれだ。とてもこれから一児の母になる女性とは思えない。

 それを見てゲンさんも呆れたように「そうだな」と頷いてました。



「分かった。いや、そうだよな。調理をしに来たんだった。悪い、素材に目が眩んだ。ここからは好きに使ってくれ」

「ではこちらの包丁とまな板、鉄板と油脂を使わせていただきます」

「おう、お手並み拝見させて貰うぜ」



 まずはお肉を捌いていきます。

 頭……は要りませんね。

 包丁を持つと切るべき線が薄っすら見えるのが面白いです。もしかして専用武器は包丁だったり? まさかですね。

 手順に沿って首を落としていきます。

 血抜きはされているのか手が汚れることはありませんでした。不用品はアイテムバッグへポイ。


 では胴体の切り分けに移行します。

 お腹に切れ目を入れまして、内臓を取り分けます。これどうしましょうか。

 こういう時は職人さんに相談して見ましょう。



「すいません、少しよろしいですか?」

「どうした、手でも切ったか?」

「その程度ではお呼びしません。兎の内臓をこちらで扱えないかと思って。なにぶんお料理教室では扱うことのない素材ですので」

「なに!? 内臓(ワタ)もあるのか! 是非見せて欲しい」

「どうぞ……」



 そう言ってアイテムを譲渡します。

 するとゲンさんは驚きの反応を見せました。



「貰っていいのか?」

「私では扱いきれませんので、ここはプロの方へお任せしたいかと」

「分かった。後で色々と試してみよう」

「では調理に戻ります」

「ああ、気をつけてな」



 これからは臓物の処理はゲンさんに任せましょう。

 胸を開いて適当な大きさ……ここはがっつり一羽ならではのサイズで行きましょうか。なんせ入手は容易ですからね。

 腕をつけたまま胸肉の一枚肉を大きく切り取ります。思考するだけで切り取り線がランダムで出てくるのはいいですね。

 そのままお肉もいろんな形へ切り分けていきましょう。要らない部位もアイテムバッグへポポイのポイ。


 うちには食いしん坊がいるので味見役は彼女に任せましょう。生食でもむせび泣いてくれること請け合いです。


 火をつけて鉄板に満遍なく熱を通します。脂身で鉄板に油を敷いて、パチパチと音がするまで加熱。

 よし、いい頃合いですね。

 兎の手と胸肉の一枚肉を鉄板に乗せます。この時は強火で一気に表面を焼いてしまいましょう。

 兎の手を持ち手にして器用にひっくり返し、もう片面も火入れ。

 後は内側を蒸し焼きにするように中火にして内蓋を……

 無いですね。仕方がないので毛皮を被せますか。お肉を切り分けた時に出てしまったんですよね。どこかで捨てようかと思ってたんですが、いい機会ですので利用しました。

 そのまま3分。更に火を消して5分。

 木串を拝借して焼け具合を確認。

 後は毒味役の出番ですね。



「ローズさん、おまたせ。ホワイトラビットの贅沢ステーキです」

「ひょー!! なにこれ美味しそう! もう食べていいの?」

「どうぞ、召し上がれ」

「いっただっきまー。むぐむぐ、うんみゃい! りあひゃん、おいひいよ!」

「はいはい。大げさなんですから。ココちゃんの分は小さめに焼きますので少しお待ちくださいね」

「はい、出来ればホットサンドで食べてみたいです」

「まぁ、急にそのようなことを申されましても」



 ちらっとゲンさんの方を見やる……



「パンならあるぞ」



 そう言ってアイテム譲渡で頂いてしまいました。



「よろしいのですか?」

「さっき貴重な素材をもらったしな。これでおあいこだ。気にすんな」

「ではお言葉に甘えまして……良かったですね、ココちゃん」

「うん! ありがと、ゲン兄」

「よせやい、照れるぜ」



 ココットとゲンさんの仲睦まじい様子はさておき、調理に戻りましょう。


 工程は一枚肉の時と全く一緒ですが、大きさが違うのである程度たくさん出来ました。

 切った分肉が小さくなってしまいましたので火入れは早いくらいですね。

 それを鉄板で焼いたパンの上に乗せて、もう一つのパンで挟み、上からまな板で押し付けて馴染ませます。


 少し時間をおいてから食べやすい大きさにカット。



「ココちゃん、おまたせしました。ホワイトラビットのホットサンドですよー」

「わーい。ありがとう、姉さん」

「どういたしまして。多めに作ったので皆さんもどうですか? こんな物でしかお返しできませんけど」

「いいのか? じゃあ一つ」

「うん、普通にうめぇ」

「あー、これ照り焼きにしてぇな。そんでタルタルソースと絡めんの」

「なにそれ絶対美味しいやつじゃん!」



 調理人達の雑談にローズさんが興奮気味に混ざる。

 あーこの流れ知ってます。

 作れってやつだ。



「作ってリアさん!」



 ですよねー。

 でも素材がないので諦めてください、そう言おうとした時に話を聞いていたシグルドさんが奥から何かの入ったボウルを複数持ってきました。

 この流れはマズイですね。



「ほい、エール、酢、砂糖、醤油。あと卵と玉ねぎとマヨネーズもどきだ。他になんかいるか? パセリに似たやつはなくてな、諦めてくれ」



 それだけあればバッチリですぅ。

 で、問題はそれに使う肉素材がないのでいそいそと草原に赴き、バッバと素材確保、みんなへ振舞ったところ大好評で早速酒場の定番メニューになってました。良いのでしょうか? そんな簡単に決めて。一応うちの子達には好評でしたので良しとしますか。


 酒場では私がログインした時限定の幻のメニューって事で契約してます。

 それで得た売り上げの2割を頂けることになりました。あ、お肉の方は別ですよ? あれは現状私しか入手不可ですから。売値は一律で一羽5000G。

 普通に仕入れるブロック肉よりもだいぶ高いのは一頭分がほぼ無傷で手に入るから。

 バトルコックに取って、ジョブレベルを上げるためにはお肉の数が必須です

 大まかに言いますと、次のLVになるまでに(1/10)となっています。これって戦闘回数じゃなくて、確定でお肉にした回数ですね。

 ですので、当分はこれで稼げそうです。

 初めからいい出だしですね。

 ですがもちろんいいことばかりではなく、問題もあります。


 人気になり過ぎたら私一人で賄うことになるわけですから、負担がすごく大きいことに……

 誰か……他にもバトルコックする人いませんかねぇ?

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