僕は勇者、最大の敵はカミナリ
大地を真っ二つに引き裂くような音が、天から容赦なく鳴り響く。
怖い。
とにかく怖い。
「……もうイヤだああああああああああっ!」
空から襲いかかる音はおどろおどろしく、僕は今、地獄のどん底でうずくまっていた。
「ちょっと、アンタ、何してるのよ!プレアデス軍のリーダーはアンタなのよ!ほら、ほかのメンバーはシャドウ軍とガッツリやりあってるし!」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、状況わかってる?」
「それはこっちの台詞よ」
ディアナ・レイ=メイフィールドが呆れたように僕をたしなめているけど、今はそれどころじゃない。
「お願い、話しかけないでくれる?」
僕がそう言った直後にディアナは正面から僕の頭を両手でつかみ上げた。
「ここでシャドウ軍に負けたらどうなるかわかっているの!?」
ディアナが苛立った様子で僕を怒鳴りつけてきた。
「だ、だ、だ、だって……!」
「アンタが今戦うべき相手は、この人たちなのよ!」
ディアナが僕の後ろに立ち位置を変えると、そこには威風堂々とした立ち姿で、半ば僕を小馬鹿にした様子で、口角をかすかに上げた奴の姿があった。周囲で白い戦闘服のプレアデス軍と、黒ずくめのシャドウ軍がそこかしこで魔法をぶつけ合う騒乱の最中でも、ソイツは妙に凛としていた。
そう、奴こそがシャドウ軍のリーダー、アンドリュー・クリーヴス。
僕は自分の役割を再確認した。ブリアノ国の支配権を守るため、無法な侵略を図る奴らを追い返すんだ。
しかし、天空でほとばしる壮絶な閃光が、僕にさらに大切なことを再確認させた。
まさに、地獄から舞い降りた、光の怪物。
その名も……。
「カミナリイイイイイイイイイイッ!」
僕が再び地面で丸まった瞬間に、それこそブリアノ国全体を焼き尽くす炎のようなとどろきが、僕に容赦なく襲いかかった。
すみません、もうギブアップしていいですか?
そう思っていたらディアナが再び僕の頭をつかみ上げて立たせた。正直、僕は雷の光も見たくないし音も聞きたくないから、地面に目をくっつけたまま離したくないのに、なぜかディアナがそれを許さない。
「レオナルド・シェルビー=ベッドフォードのおバカタレ!」
それどころかディアナは謎のビンタをぶちかましてきた。
「アンタ、今まで何のためにプレアデス軍を率いてきたのよ!ブリアノ国の平和を命かけて守るためでしょ!それが何で雷ごときにビビッてるのよ!」
「だって、雷マジで怖いんだもん!」
僕は泣く寸前の声でディアナに訴えた。
「シャドウ軍やっつけることも大切だけど、シャドウ軍の何倍もヤベエ敵がここで暴れてんだって!雷だよ?知ってる?サンダーだよ?ライトニングだよ?それこそラスボスの域を超えた最大のラスボスだよ!そこらのドラゴンよりも雷が……!」
そこまでまくし立てたところで、僕はとうとう、見てはいけないものを見てしまった!
アンドリューのはるか後ろに並び立っていた森の木々に、黒々とした悪魔の光線が空から降りかかった。その瞬間あたりはこの世の終わりを告げるような壮絶なフラッシュに包まれた。僕は絶望のあまりに腰を抜かしてしまった。
「もうダメです。異世界に転生させてください」
死んでも受け入れがたい現実に、滝のような雨が注ぎはじめた。
「どうやらこの雨は、お前たちに死を告げにきたようだ」
仁王立ちのアンドリューが、満を持してという様子で、杖を天に掲げた。僕はアンドリューを呆然と見ながら、目の前の奴に殺されるか、天空からの暗殺者に撃たれるかどちらかしか道はないのかと思った。
「こんな奴がプレアデス軍のリーダーとか笑わせる。この戦いはあと10秒もかからないな」
見下した口調で語るアンドリューの杖の先端に、漆黒のエネルギーが集まる。悪魔的に黒々とした波導が、奴の杖の先で膨らんでいく。
僕も気がつけば、杖を持つ右手が前に出ていた。
「行け! ブラック・メテオ・グレネード!」
「やめろ! アップバリアー!」
アンドリューが人の頭の2倍ほどに膨れ上がったエネルギーを放った瞬間に、僕は防御魔法を放った。僕の目の前で、草原の下から大きくて清廉な白い矢印が上を向いて現れる。僕の身長よりもわずかに大きな矢印の向こう側で、人の魂を粉々に砕くような衝撃音が響いた。雷よりは聞きなれたものだが、それでも鈍くて、当たれば体力の半分以上は一気に削られそうな感じだった。
でも矢印が守ってくれている。僕は雷の閃光を見たくないあまりに、矢印を凝視しながら、地獄の時をしのごうとしていた。
矢印の向こうで感じていた重々しい気配が、上に逃げていった気がした。アップバリアーは相手の攻撃を防ぐだけじゃない。その攻撃は上へ逃げる。今のアンドリューが放ったような高威力の攻撃なら、雲をも切り裂くかもしれなかった。
上空でけたたましい衝撃音が鳴る。それは雷とは一味違ったおどろおどろしさで、僕は思わず地面に顔を伏せた。まるで下から隕石が空にぶつかり、爆風で雲を吹き飛ばしたようだった。
全身を濡らしていた雨がだんだんと勢いを失っていくのを感じた。どうやら雷のピークは過ぎた。自然にそうなったのか、それとも僕のバリアーのおかげなのか。
陰鬱な雰囲気に包まれていた周囲が、だんだんと明るさを取り戻していく。僕はまさかと思い、矢印の陰でまわりを見渡した。戦いの舞台である草原が、日なたに包まれて始めている。 天を見上げれば、大きな穴が広がる雲の隙間から太陽が差していた。
僕が見上げた空から、急速に雲が逃げていく。どうやら天空の悪魔も突然のアクシデントに恐れをなして逃げ去ったようだ。
最大の敵が消えた。
矢印が消え、僕は立ち上がった。アンドリューは突然の出来事をまだ理解しきれていないようで、戸惑った顔をしている。
「何だコイツは、急に元気を取り戻しやがった」
「雷が消えればこっちのもんだよ」
「うるせえ!ノワール・ショット!」
怒ったアンドリューが杖から黒くギサギザに歪んだ光線を打ったが、僕は慣れた身のこなしで横に転がってかわした。
「スターショック!」
僕はアンドリューの足元めがけて、杖から放った星状のエネルギーを3つ飛ばした。アンドリューのスネに3つの星が当たり、奴はもんどりうって顔面を草地に打ちつけながら倒れた。
「くう……生意気な奴め!」
すぐさま立ち上がるアンドリュー。僕も応戦して、奴とこれでもかと魔法をぶつけあった。雷という敵が消え去った今、僕の最大の使命は、生まれ育った国を、全身と魂をかけて守ることだった。
何度もアンドリューと魔法を打ち合った末、僕はアンドロメダ・アローという矢の形をした魔法エネルギーを飛ばし、奴のヒザに突き刺した。エネルギーをつかんで必死に引き抜こうとするアンドリュー。僕はそのスキに、太陽に杖をかざし、魔法の力を先端のコアに凝縮させた。その大きさは、僕の頭の3倍あまりにまで膨らんだ。
「ユナイテッド・サン・スピリット・バースト!」
僕が放った必殺魔法は、アンドロメダ・アローを引き抜けずに悶えるアンドリューをダイレクトにとらえた。壮絶な爆発音が、光と闇の軍団による縄張り争いに終止符を打った。
こうして僕は、ブリアノ国のリアル・サーガ・ヒーローとして、国王からアーサーズ・メダルを授かり、一国の今をときめく勇者となった。
王室の建物の前で、僕は手前の階段の下から見上げるプレアデス軍の仲間や国民たちに、仁王立ちでメダルを示した。特にディアナは最前列のど真ん中で僕を誇らしく見つめていた。街中を包み込むような大歓声がいつまでもあたりに響き、僕の心を晴れやかにした。
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