第36話1.36 孵化2
それから1時間ほど雑談をしながら卵を見ている。
「まだ孵りませんね。こんなに時間が掛かるものなのですか?」
「そうですね。私も詳しくは知らないのですが、魔獣の種類によって異なるようですよ。それでも、最大で半日程度だと聞きましたけど。あと、主人が近くにいると早くなるとも聞いた事があります」
何にしてもすぐには孵化し無さそうだ。
「まだかかりそうですし、カリン先生はここまでで帰っていただいても良いですよ?」
「いえ、最後までいますよ。魔獣の孵化なんてそうそう見られるものではありませんからね」
ずっと、卵見ているのも退屈だろうしと思って提案してみたのだが、結構楽しみなようだった。
なのでそのまま雑談を続けた。
途中でアズキがお茶とお菓子を持ってきてのんびりと卵を見ている。
その間にカリン先生が魔獣について教えてくれた。
魔獣は一般家庭には縁のないもののようだ。
孵化後、一月は主人がべったり付いていないといけないらしく、専門で魔獣の調教をしている人か貴族の子供ぐらいしか育てる事が出来ないそうだ。
ちなみに、その一月に主人が離れると直ぐに野生化してしまい、人を襲う魔物になってしまうらしい。
過去に何度か失敗した人がいて街中で魔物が暴れる騒ぎがあったとのこと。
特に飛竜で失敗した時などは、多数の死者が出る被害があったらしい。
「なので、トモマサ君、今日からはずっと側にいる事。良いね」
カリン先生に念を押されてしまった。
魔獣屋のおっさんは何も言ってなかったのにとか思ったが、「常識ですよ」とカリン先生に言われてしまっては全く反論出来ない。
苦笑いしながら聞くしかなかった。
そんな魔獣の話を聞いていると少し卵が動いた気がする。
「お、動き出しましたよ」
俺の言葉に、カリン先生はかぶりついて卵を見ている。
微笑ましく見ていると隣のアズキもかぶりついて見ていた。
黙って座っているが、実はアズキもすごく興味があるようだった。
「ところで、魔獣の種類は何ですか?」
「そう言えば聞いていませんね。何の魔獣なのでしょう?」
俺の答えにカリン先生が訝しげな顔でこちらを見ている。
「いや露店のクジで当てたのですが、種類を聞かずに帰って来ましたので……」
「はぁー、本当に何というか。大物ですねトモマサ君は。調べようともしなかったのですか?」
「はい……」
カリン先生、完全に呆れ顔だ。
「まぁ、大きさから言って竜系でない事は確かでしょうね。馬系でももう少し大きいでしょうし、鳥系ならもっと小さいかな? 多分、犬系か猫系辺りではないでしょうか? 他にも爬虫類系もあるのですが、この辺りでは冬に動けませんし流石に無いと思いますので」
魔獣も結構種類があるようだ。
どんな種類でも良いけど、やっぱり冬に動けない爬虫類は困るかな? そんなことを思っていると、卵にヒビが入りだした。
「トモマサ君、助けてはダメですよ。強い子に成りませんからね」
ひよこが生まれる時と同じ事を言っている。
魔獣でも同じなのだな。と思っているうちに卵のヒビが大きくなり、少し中が見えるようになって来た。
毛が生えた足が見える。
爬虫類系や鳥系では無いようだ。
しばらくして出て来たのは、瑠璃色の短毛を持つ小さな猫だった。尻尾が2本ある……。
「猫系ですね。尻尾が2本あります。可愛いですねぇ」
カリン先生がデレデレである。
もちろん隣のアズキも、デレっとした顔で食い入るように見ている。
全く美人は得だ。
そんな顔でも見惚れてしまうのだから。
出て来た魔獣は、「みぃみぃ」言いながら、まだ目が見えないようなのに俺の方によたよた歩いてくる。
主人が分かるようだ。
机の端から落ちそうなので抱き上げてあげると気持ち良いのか目を細めてじっとしている。
そこで更にカリン先生が近くに来て魔獣の頭を撫でるものだから落ち着いたのか眠りだした。
気持ち良さそうな魔獣とは裏腹に俺は緊張していた。
何ってカリン先生とアズキが物凄く近いからだ。
両隣から女性特有の甘い香りがしてくる。
思わず俺は顔を寄せて匂いを嗅ぎそうになるのを我慢した。
アズキはまだしもカリン先生に顔近付けて匂い嗅いだ日には、完全に変態ではないか。
俺は魔獣に注目する事で2人の女性から何とか興味を逸らしていた。
それからもしばらく頭を撫でていたカリン先生だが、意を決したように動きだした。
「ずっと見ていたいですが授業時間も終わりですし、今日は帰ります。ちゃんと、魔素コントロールの訓練だけはしておいて下さいよ。そして、その子の名前も考えてあげて下さい」
挨拶をして授業は終了となった。
玄関まで送ろうとしたのだが、
「その子を寒いところに連れて来てはいけません」
と断られてしまった。
過保護な婆さんのようだ。
言ったら怒られるので、黙っていたが。
夕食時に食堂に連れて行くと、ヤヨイが既に来ていて産まれたばかりの魔獣の子をじっと見ている。
周りには、いつも以上にたくさんのメイドがいてこちらを伺っている。
魔獣の子を見たいようだ。
魔獣の子をテーブルの上に置くと、魔獣の子の方もたくさんの人がいるのが気になるのか、起き上がって周りをキョロキョロしている。
「ロシアンブルーみたいな感じだけど、尻尾が2本あるし猫又ね。成長すると優秀なハンターになれるわよ」
そうかハンターになれるのか。
成長したら一緒に狩りに行きたいな。
「どれぐらいで大きくなる?」
「そうね、大体半年ぐらいしたら体の成長は止まると思うわ。それまでは、しっかり躾してね。王城に行けば、魔獣の厩もあるからわからない事は、そこで相談すると良いわ」
半年で成体か。夏頃には狩りに行けるな。楽しみだな。などと考えていると声がした。
「名前は決めたの?」
「種族も分からなかったし、まだ決めてない」
「そう。猫又の雌ね。それらしい名前をつけてあげて」
ヤヨイは魔獣を両手で持ち上げて性別を確認していた。
俺は、それらしい名前ね。と、よちよち歩く猫又を見ながら考える。
「うーん、タマはベタだし、色から取って、ルリはどうだろうか? どうだ、ルリ」
俺が話しかけるとキョロキョロしていた首を止めて、「みゃー」とまるで肯定しているかのような声が聞こえた。
「お、気に入ったか。今日からルリだ。よろしくな」
よたよたと俺の方に寄ってくるので抱いてあげると、また「みゃー」と言って目を閉じた。
気持ちよさげに眠りだしたルリを膝に置いて食事を終わらせて部屋に戻った。
部屋のベッドの上には、いつの間にかルリの寝床が用意されていた。
アズキが早々に用意したらしい。
よく眠っているルリをそこに置いて俺は風呂に行く。
いつもは入り口までついてくるアズキも今日は部屋で待っているようだ。
何だか子供が生まれて妻が子供にかかりっきりになった時のようで少し寂しいが仕方がない。
素早く風呂に入り部屋に戻ると、アズキが幸せそうにルリを撫でていた。
「アズキもルリが気に入ったかい?」
「はい、トモマサ様の魔獣です。立派に育てて見せます」
育てるのは主人の俺なのだが、まぁ、アズキのも世話になるだろうしと思って「よろしく」とお願いしておいた。
その後、俺がベッドで横になるとアズキがいつものように匂いを嗅いで来るので、魔素コントロールの訓練をして気を紛らわす。
こうしておけば、どんなハニートラップに掛っても魔法が使えそうな気がする。
そんな事を考えているうちにアズキは、一通り終わったようで挨拶をして部屋を出て行った。
俺もルリが寝ているのを確認してから眠りについた。
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