五話 攻略への鍵
どうやら俺は放課後に殺されるようだ。
何故こうなったのかは明白。
この世界の銀条和也が飛村詩織とした約束が原因だ。
「はぁぁああ」
「なんだよため息なんかついて」
俺は机に突っ伏す。
親友の桂木がいつもと変らない飄々とした態度で声をかけてくる。
「お前には俺の気持ちが分からないよなぁ」
もう一度ため息をついて弁当箱を取り出した。
「そりゃあ分かるわけないだろ。他人だし。つーか弁当なんて今まで持ってきたことなかっただろ、どうしたんだよそれ」
「自分で作ったに決まっているだろう。誰がしてくれると言うんだ」
「へ、お前料理できたのか?」
「当然だ。伊達に二十八年間独身していない」
「二十八年??」
それはそうとゲーム世界でも腹は減る。
腹が減っては戦はできんからな。
「かず君、あの……」
いつの間にか詩織が近くにいた。
彼女はピンクの包みを持ったままモジモジしている。
この雰囲気、察するに一緒に食べたいのだろうか?
「一緒に食べるか?」
「うんっ!」
こうしてみるとどこにでもいる可愛らしい少女だ。
腰にある刀さえなければ……はぁ。
「お邪魔するね桂木君」
「は、はい!」
詩織は桂木にお辞儀する。礼儀も正しく所作も美しい。
やはり何度でも思ってしまう。なぜこの子がと。
何故この子が俺を殺そうとするのか。
「うわぁ、かず君のお弁当綺麗!」
「マジかよ。料理人が作ったみたいだぜ」
「フッ、エリートたるもの弁当でも手を抜きはしない」
「「エリート?」」
少し恥ずかしくなってうつむいてしまった。
うっかり口を滑らせてしまったな。
少々気が緩んでいたようだ。
「ところでそのお弁当誰が作ったの?」
「俺に決まっているだろう」
「ふぇぇっ!? かず君家事できたの!?」
「当然だ。だが詩織もなかなかの弁当だな」
「うう、あまり見ないで……私も自作だから……」
詩織の弁当箱は可愛らしかった。俗に言うキャラ弁というのだろう。
動物を模したおにぎりやおかずが考えて配置されている。色彩や栄養バランスも考えられているようでなかなかレベルの高い弁当だ。
特に厚焼き卵が目をひく。色、形は最高得点を付けてもいい。
「あ!?」
ヒョイと詩織の弁当から厚焼き卵を奪う。
うむ、味もやはり文句の付けようがない。悔しいが料理の腕は詩織の方が上のようだ。
代わりにと俺は唐揚げを一つ彼女にあげた。
「かず君の唐揚げ……ごくり」
「なぁ和也、俺にも何かくれよ」
「お前にはやらん。地味な弁当め」
「地味とか言うな! 母ちゃんが作ってくれたんだぞ!」
「ならば一人で愛情を受け止めろ」
詩織は唐揚げを最後に食べる。どうやら彼女は美味しいものは取っておくタイプのようだ。
しかし唐揚げくらいであんなにも興奮して食べなくとも良いと思うのだが。
あっという間に放課後となった。
俺はここに至るまでに必死でどう避けるべきか考え続けていた。
飛村詩織が目的としていることは俺と付き合うことだ。
ならばそれを果たしてやれば殺されずに済むのではと考えた。
というか好きな相手を殺してどうすると言いたい、お前は幽霊と交際を始めるつもりなのか。もはやゲームのジャンルがホラーになっているぞ。
俺は呼び出された屋上へ向かう。
やはりゲームだからなのだろう、学生が屋上に出るなど普通はない。
大体の学校は鍵がかかっていて立ち入り禁止だ。主役やヒロインが和気藹々と屋上で会話をしているのは創作あるある。もし屋上に出られる学校があるとしても、圧倒的少数なのだ。
だからだろう屋上に出た途端、変な感じだった。
ああ、やはりここはゲームなのだなと思った。
飛村詩織はすでにいた。
「かず君と付き合うためにかず君を斬る」
しゃりんと詩織が刀を抜く。
やはり彼女の言い分は矛盾している。
「まぁ待て。一つ聞くが俺を殺してどう付き合うつもりだ」
「え? うんと、あのね……どうするんだろう?」
「質問を質問で返すな!」
お前は催眠術でもかかっているのか。
なぜ殺した先が見えていない。サイコパスなのか。
「だったら答えははっきりしている。俺と付き合え詩織」
「いいの? 私、かず君と付き合って?」
「ああ、俺と付き合うんだ」
人間というのは命の危険にさらされると精神的抵抗を簡単に突破してしまうようだ。今回のことで俺は誰かと付き合うと言うのは簡単なのだと理解した。そう、俺が踏み出せないだけだったのだ。
――飛村詩織を除いては。
「約束は絶対だよ! かず君と指切りげんまんしたんだから!」
「ぐげぇぇええええ!!」
袈裟斬りに血しぶきが宙を舞う。
俺は倒れ、詩織は馬乗りで俺の胸に刀を何度も刺した。
「かず君と付き合うの! かず君とずっと一緒になるの!」
俺は意識が途切れた。
【YOU DIED】
◇◇◇
なんなんだこのゲーム!
まったくクリアできる気がしない!
俺は白い部屋でゴロゴロ転がる。
分からん。ますます分からん。俺には女心が分からない。
異性を理解できない。飛村詩織を理解できない。
「どうしたら良かったんだ!? どうすればクリアできる!??」
「落ち着くキュイ」
「これが落ち着けるか! 未だ二日目から進められないんだぞ! あと二十八日間どこ行った!? それは実在するのか!?? このゲームにクリアはあるのか!?」
役に立たない青いイルカに怒りをぶつける。
だいたいヘルプのくせにヘルプしてくれないじゃないか。貴様は所詮宙に漂っているだけのマスコット。どうか消えてくれ、ヘルプはあくまで必要な情報を提供してくれれば良いだけで、視界の端に常に表示されるようなことは誰も望んじゃいない。
「ヒント三:主人公の持ち物を確認せよ」
「……なんだって?」
突然出されたヒントに俺は自分の身体を確認する。だがすぐに今の自分が二十八の大人だと気が付いた。主人公の持ち物はゲームが始まってからでなければ確認できない。
「持ち物を確認すればこの状況を抜け出せるんだな」
「あくまでヒントキュイ。どうするのかは銀条和也次第」
「いいだろう、だがそう言ったことはもっと早く教えろ」
「無理だキュイ。オイラはプログラムに従って発言しているキュイ」
俺が追い詰められないとヒントを出せないと言いたいのか。
くそっ、やはりこのゲームを作った奴らは碌でもないな。
俺はスタートを押した。
ゲーム開始から早々に家の中を漁る。
最初は自室それから台所にダイニングとリビングを捜索した。
俺自身、何を探しているのかも分からない。それが見て分かるものなのか分からないものなのかも不明。この現状を打破できるものなどまるで想像が付かない。
風呂場を覗いて確認、それらしい物はない。
トイレにも空き部屋にもなし。
どこだ、どこにある。
今度は庭に出て家をぐるりと一周する。
あるのは物置だけだ。
……物置。
それはやけに頑丈に作られた金属製の物置だった。
一見するとどこにでもあるそれだが、よくよく見れば不自然な点がいくつも見受けられた。
簡易の物置というのはほとんどがそこに置くだけのタイプだ。なのにこれは完全に下部が地下に埋められている。
加えて鍵が光彩認証式。倉庫にしては厳重すぎるだろう。さらに地面に残された無数の足跡。恐らくこの世界の銀条和也のものと思われる。俺はたびたびここへ訪れていたと言うことだ。
見えた。俺の探している物はここにある。
倉庫の鍵を鍵穴に差し込み光彩認証をクリアする。
グリーンのライトが灯ると鍵をひねり施錠を解いた。
がららっ。扉を開ける。
ビンゴだ。やはり倉庫の中には階段があり地下へと繋がっていた。
地上部の倉庫はただのカバーのようだ。地下に俺の求める何かがあるのだろう。
青い光が灯る階段を下る。
階段を下りきったところで再び金属製の扉に阻まれた。
どうやらこっちは鍵はかかっていないらしい。
がちゃり。
扉を開けると人影に反応して部屋にライトが点けられた。
中を見て俺は思わず驚きの声を漏らす。
そこはかなりのスペースを有した打ちっぱなしのコンクリートの部屋だった。
右側の壁には数台のデスクトップ型のPCが並べられ、左側には刀と銃が置かれている。部屋の中央には未来的なデザインの黒い大型二輪が存在感を放っていた。
まるで秘密基地だな。
一応ここにはトイレも風呂もあるようだ。
おまけに洗濯機や冷蔵庫まで。それに寝室もある。
冷蔵庫を開けてみればコーラの瓶が数本、とりあえず取り出して栓を開けた。
「ふぅ、ここが俺の求めるものなのか? しかし秘密基地が飛村詩織に通用するとはとても思えんが……」
ふと、刀に目が行く。
ずいぶんと業物のように思われた。
漆塗りの光沢のある黒い鞘。
引き抜くと美しい刃文が目に入る。
詩織の刀は
柄の色は黒。芸術的な美しさを有しながらも使い込まれていることで風格もこの刀は放っていた。
恐ろしく手になじむ。まるで俺の身体の一部のようにすら思える。
刀をまっすぐ振り上げてみれば、自然とどのような動きをすればいいか身体が思い出す感じがあった。だがこれは剣道で鍛えた技術とは違う。殺しを前提とした実践の剣術。刀を扱う技だ。
なぜ俺がそんなことを知っている。
俺はそのような技術を学んだ覚えはないぞ。
だがしかし、これがあれば詩織の攻撃を防げるのは事実だろう。
そう、俺が探していたのはこれなのだ。
次に黒い拳銃に目が行った。
「M1911……本物なのか」
持ってみるが想像よりも重量があった。
マガジンを抜いてみれば32㎜の弾丸が収められている。
本物のコルト・ガバメントに興奮してしまう。
なぜ俺がこんなにも詳しいのか。実は刀と銃が好きなのだ。
もちろん実物を持ったこともなければ撃ったこともない。
あくまで興味があり調べていたというだけ。
「ん?」
不思議なことに気が付いた。マガジンに収められている弾丸が通常の物と違うのだ。
薬莢部分は他と変わりないのだが、弾丸の部分に六芒星が刻まれていた。
よく見れば拳銃の方にも通常にはない表示がされている。
金の筆記体でなにやら綴られているのだ。
ラテン語……だろうか? だが俺には読むことはできない。
だが、これを所有していると言うことは、どこかで使うタイミングがあると言うことなのだろう。もしかしたら角倉向けの武器かもしれない。
俺は装着したショルダーホルスターに拳銃を収め、それから腰に刀を帯びて重量を確認する。総重量はなかなかのものだが今の俺には特に気にならない。むしろしっくりくるくらいで妙な感覚だった。
刀の技術といいこの世界の銀条和也に肉体が調整されているようだ。
「ヒロインと戦う恋愛ゲームか……ひどいな」
「一応言っておくけど殺したらゲームオーバーだキュイ」
「それは白い部屋に戻るという意味か?」
「そうだキュイ」
殺されてもダメ、殺してもダメ、なんなんだこのゲーム。俺にどうしろというのだ。
まぁゲームとは言え人殺しはするつもりはないが……やはり理不尽だな。
「もう一度聞く。このゲームはクリア可能なんだな」
「可能だキュイ。むしろ難易度は最低に設定されているキュイ」
「いやだ! そんな話は聞きたくなかった!」
「耳を押さえても無駄だキュイ」
ゲームの企画者も開発者も頭がおかしい。どうかしている。
目的は分からないがもっとやり方があっただろう。
あえてはっきり言っておいてやる。お前達は選択を間違っていると。
なぜ死にゲーなんてジャンルを突っ込んだ。こんなリアルなゲームに。
ふぅ、落ち着くんだ銀条和也。こんなところで興奮しても意味はない。
結果が全てだ。クリアして脱出することだけを考えろ。
己を見失うな。胸に刻め希望の選択肢は常に存在しているのだと。
「遅刻だキュイ」
「なんだと!?」
時刻は八時を過ぎている。しまった捜索に時間をかけすぎたか。
急いで家に戻り鞄を掴むと玄関を飛び出す。
次の瞬間、すさまじい衝撃が俺を弾き飛ばした。
見えるのはトラック。
急な飛び出しは禁物だったな。
うっかりしていた。
十メートルほど吹っ飛んで意識が途絶えた。
【YOU DIED】
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