第139話 宰相マテウス=フランドルの憂鬱1

 プレス達一行が小規模ダンジョンへと到着した頃…。


 ここは港湾国家カシーラスの首都ヴァテントゥール。秋晴れに見舞われたこの日も港では多くの商船が到着し賑わいを見せている。今日は特に三大大河の最も東に位置する大河ミネルバを下る船が多く到着したらしい。内陸部で作られた農作物が市場や商店へ次々と並べられそれを目当てに多くの人々が訪れ大層な活気を成していた。


 五年前…、かつて大河ミネルバを渡った東に五つの国があった頃と比べると、交易が生む利益は確かに減少した。しかし、後の東側にできた小国家群や他国、他大陸との交易は活発であり最西端のリドカル程ではないにしても堅実に発展を遂げているというところがヴァテントゥールの現状である。


 全体として港湾国家カシーラスは見事なまでの発展を持続的に続けていると言えた。


「ふむ…。なんとかなったようだな…」


 そんなこの国の内政を一手に担う宰相マテウス=フランドルは久しぶりの休日をヴァテントゥールに建てられた屋敷の書斎において過ごしており、届けられた書状を読みながらここ数か月続いた頭痛と胃痛が収まるのを感じていた。


 マテウスは今年六十歳に手が届く。もともと優秀な文官であったが四十代前半のとき急死した父の跡を継いで宰相代理に任命された。その後、見事な政治手腕を遺憾なく発揮し正式に宰相に任ぜられてより十五年、この国の発展の中心として活躍してきた傑物である。


 ここ数か月における彼の悩みの種は娘であるマリア=フランドルがもたらした冒険者の情報であった。あれはまだ夏が始まったばかりの頃、マテウスは開催される夏祭りとそれに合わせて訪れる他国の貴族たちへの対応のため宰相家の本拠地と言えるリドカルへと戻っていた。夏の日差しを楽しむ余裕すらなく他国の貴族達との政治的駆け引きに気を配る…、そんな状況を慌ただしく過ごしていたマテウスに驚くべき内容が報告される。


 なんと娘であるマリアの乗っていた船がリヴァイアサンに襲われたというのだ。そしてそれをたった二人の冒険者が退けたという。それを娘から直接聞いたマテウスは直後にその冒険者を囲い込むための指示をギルドへと出した。決闘云々の報告も受けたが詳細を聞くこともなく係わった冒険者に問題はなかったと即断した。


 リヴァイアサンはおよそ人族がどうにかできるような魔物ではない。それをたった二人で退けることが出来る冒険者。この国の一端を預かる宰相としてはなんとしても味方に引き入れるべき人材である。まかり間違ってこの国へ敵意を持たれては目も当てられない。彼は冒険者の持つ力を侮ってはいない。それ以上に常に魔物の危険に脅かされるこの世界において国を発展させるためには冒険者達の力を適切に使用することが必要であると強く認識していたのだ。


 そうしてギルドからの報告を待っていたのだが、二人の冒険者はその後ギルドを訪れなかった。じりじりと待つ日々はマテウスの胃痛と頭痛のタネとなったが二人の冒険者がギルドを訪れることはなくマテウスは失意と共に全てを娘に託しヴァテントゥールへと戻ることになったのだった。他の者に任さなかったのはある程度、情報を持つ者を少なくしたかったことと、将来は文官を目指すという娘のさらなる成長を望んでのことだ。


 そのマテウスに娘のマリアからの書状が届いたのがつい先ほどのことである。その内容はくだんの冒険者達が見つかったため護衛として雇いヴァテントゥールに向かうというものだった。そしてその護衛の仕事はギルドを通した正式な依頼という形で契約したのだという。


「よくやった…」


 思わず顔を綻ばせてそんな言葉を呟く。上手く事を運んだようで、そんな娘の成長が彼にはことのほか喜ばしかった。途中ダンジョンを探索すると書状にはしたためてあったが問題はあるまい。冒険者二人はこの屋敷まで無事に到着するだろう。あとは自分が説得すればよい。


 何時になく清々しい気持ちを味わっていた宰相は直後に駆け込んできた執事の切迫した言葉に急遽現実へと引き戻されることになるのだった。

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