第105話 リヴァイアサンの話を聞こう

 凍り付いた大河オーティスが、リヴァイアサンの頭を叩きつけられた衝撃によって砕ける。激しい揺れとともに巨大な氷の塊が押し寄せてきたがプレスの結界は二隻の船を守り続けた。通常ではありえない防御魔法の展開に驚愕した視線が集まるがプレスは気にしないことにする。


「そこまで難しい魔法じゃないけどね…」


 そんな呟きが漏れる。いまプレスが張っている絶対防壁シールド・オブ・ヘリオスはそれほど難しい魔法ではない。しかし現在においてこの魔法を習得している者は殆どいなかった。理由は使い勝手が悪すぎるから。極めて強固な結界を張ることができるが、自分を中心に包み込むような形でしか展開できない上に、張られた障壁はこちらの攻撃を通さない。そして魔力の消費が極めて高く、自分自身を少しの時間でも覆うことができればかなりの魔力量と言われる。つまり戦闘で使用しても短時間だけオブジェと化し魔力を無駄遣いするだけで何も貢献できない魔法と言われ誰も習得しなくなった防御魔法なのだ。


 しかし、ティアという強力な遊撃を行えるパートナーがいて長時間にわたり中型船二隻を包み込めるほどに展開できる場合は話が違ってくる。リヴァイアサンを被害ゼロで大人しくさせることができるくらいは有用なのだ。魔法は使い方次第なのである。


 徐々に押し寄せる氷が少なくなり、大河オーティスが元の姿に戻り始めるのを確認してプレスは結界を解いた。傍らにティアが降り立つ。


「ティア!流石だよ。助かった!」

「ふふふふ。もっと褒めてよいのだぞ?主殿?」

「よしよし…」

「にゃは…」


 楽しそうにハイタッチを交わしてじゃれ合う二人。助かった船員たちは遠い目をしている。


「なー。C級冒険者ってこんなに強かったっけ?」

「リヴァイアサンを殴り倒すって…」

「夢だ、きっと夢だ…」

「すげー美人だし、あの姉ちゃんを口説こうと思ってたけど…」

「やめとけ…命が危ない…」

「あの兄ちゃんも多分…」

「ああ、ヤバいだろうな…」


 そんな船員たちを見ながら船長のカールが声を掛けてくる。


「兄さん、リヴァイアサンを討伐したのか?」


「いや、気絶させただけだよ。こいつは海の魔物を統べるような存在だからね。討伐すると後々どんな影響が出るか分からない。それにこれで落ち着けば話を聞けると思って…」


「話を聞く…?」


「ああ。どうしてあんなに怒っていたのか確かめたくてね…」


「そ、そんなことできるのか?」


「まあね、冒険者の秘密ってやつさ…」


「分かった。それはいいとしてリンドバル号の船長から乗っている貴族様が感謝の気持ちを伝えたいと仰っているから船に来てほしいと言われたんだが…。どうする?冒険者としてはあまり関わりたくないか?」


 この世界では冒険者と貴族は基本的に折り合いが悪い。自由を愛する冒険者を野良犬のように考える貴族や王族がいるため冒険者達の多くはギルドを通した正式な依頼以外では貴族を避けることが多かった。カールはそのことを気にしてくれたのだ。


「気を使ってくれて感謝するよ。おれはそんなに気にしないから、挨拶ぐらいはするさ。だけどその前にリヴァイアサンと話をさせてくれ!」


「こっちは助けられた側だ。もちろん兄さんたちの都合を優先してくれ。待ってもらうように言ってくる」


 そう言ってカールはリンドバル号へと走って行った。


「さてと…」


 プレスは気を失って川面に浮いている巨大な魔物に念話と飛ばす。


「聞こえるかい?」


 ちょっと強めに念話を飛ばすと、魔物の体が震えその巨大な眼が開かれる。ざわつく船員たちに心配ないと言いながらプレスは再度、念話を飛ばす。


「聞こえたかな?」


 それに反応したのか首をもたげてこちらを見るリヴァイアサン。


「えーっと、あなたは…、は、はじめまして…、って、あれ??なんでわたし…ここはオーティス??なんでわたしこんなところに…」


 ぱちぱちと瞬く目と驚いたように周囲を確認する表情と共に伝わってきた念話はとても穏やかな声色でプレスは安堵の表情を浮かべるのだった。

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