第31話 直契の依頼
「ごほっ!げほっ!げほっ!」
「どうしたのだ?」
「い…いや…何でもない。紅茶が変なところに…。続けてくれ…。げほげほ…」
自分の偽物が登場しているらしい。だがプレスはまだ知らないふりを続けている。
「うむ。我々としても御前試合の話を聞いた時から代理人を立てたいと考えていたのだ。当初は私が代理人となればよいと考えたが、騎士には代理人になることは許さないとの命令が下った。街の道場では騎士の私に並ぶようなものはいない。そこで冒険者を雇うことを考えた。しかし代理人の依頼をギルドへ出した場合、トーマス殿下の陣営に人材がないと宣伝するようなもののためそれはできない。さらに我らは冒険者達からあまりよく思われてはいないため直契は難しい…。ほとほと困っていたのだ…」
貴族にとって体面や体裁は重要なものである。名誉のためにも人材不足と思われるような事態は避けたいだろう。
また自由を愛する冒険者を野良犬のように考える貴族や王族もいたため冒険者達の多くはギルドを通した正式な依頼以外では貴族を避けることが多かった。
依頼者が誰であっても直契それ自体が嫌がられることも多い。貴族からの直契では受ける冒険者は少ないだろう。
「なるほど…」
事態に理解を示すプレス。
「そこで私の幼馴染であり、出入りの商人を務めるガーネットに強い冒険者を探して貰おうとしたのだ。ガーネットから街を出ると聞いたのが十五日前のことだ。そのガーネットが離宮近くにいた我らの前に現れたのだから驚いたぞ…」
「そういえば結局…なぜおれが刺客に間違われたのかな?」
「トーマス殿下と私がこの離宮にいることは表向き体調を崩したトーマス殿下の療養のためとしている。しかし実際は離宮を拠点にして森の中でトーマス殿下の訓練を行うためだ。もし相応しい代理人が探せなかった場合でも勝利を得る可能性を少しでも上げるためにな…。そしてそのことを知っているのはこの三人だけなのだ」
「そうか…。その秘密の訓練現場に現れたおれは『ガーネットを捕まえて訓練場所を吐かせ、例えばトムに試合出場が不可能となる手傷を負わせようと画策する刺客』とみなされたか…」
「そういうことになる。すまなかった」
頭を下げるサファイア。それに合わせてトーマスも首を垂れる。プレスは改めて状況に納得した。
「ガーネットによると直契で依頼したのは直契に抵抗のある冒険者かを確かめるためで、森に行ったのは腕を見るためだと。あれほどの猪に遭遇するとは思っていなかったらしいがな…」
「あんな冒険者探しがあるかよ…。結構無謀だと思うけどな…。あんな感じのことを十五日間もしていたのかい?」
ガーネットは顔を真っ赤にしながら弁明する。
「ち、違います。最初はカーマインの街で冒険者に直契で依頼しようとしていました!だけど、街に入る少し前にカーマインの街から逃げてくる冒険者達に会ったのです」
どうやらガーネットはその冒険者達から厄災級の事態が発生していることを聞きカーマインの街に入ることを断念したらしい。それで苦し紛れにあんな方法に出たとのことであった。しかし殆ど全ての冒険者に直契を断られ途方に暮れていたところにプレスが現れたらしい。
「カーマインの街からの移動時間を考えると五日間はやっていたかな?」
「そ、そうですけど…」
しどろもどろになるガーネットを遮ってサファイアが口を開いた。
「結果としてガーネットはよくやってくれたと思っている。貴公に会えたわけだからな。貴公には私を圧倒し、あの巨大な猪の魔物を斃す力がある。これを僥倖とし貴公に代理人として試合に出て頂きたいのだ。そして祭典期間中のトーマス殿下の護衛も併せてお願いしたい」
「そういうことね…。質問だけど、その御前試合ってのはいつ頃かな?」
プレスの問いにサファイアが答える。
「昨日、件の冒険者が到着したことで十日後に祭典が始まることが決まったとの連絡を受けた。御前試合は祭典の三日目に行われる」
「護衛を併せて依頼するってことは祭典の期間中は騎士の仕事が多くなるからかな?」
「うむ。私も騎士団として街の警備に出されることになるだろう」
「……わかったけど、頼みがある。今日から五日間待ってもらえるかな?」
「「「五日間?」」」
「ああ。ハプスクラインについて知りたいし、それにちょっと気になることもあってね…。でも今聞いた話が真実であるなら五日後ここに戻ってきて依頼を受けるから心配しなくていいよ」
トーマスが代表して答える。
「分かりました。それで構いません。サファイアの話が真実であることはこのトーマスが誇りにかけて証明するところです。プレスさん、あなたのお帰りを待っています」
「ではこれで失礼するね」
そう言ったプレスは離宮を後にする。ハプスクラインに夕日が差し込み始める中、プレスはとりあえず冒険者ギルドを目指すことにした。
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