第四話

 ヒューは、見つからないように、こっそり店を出ると、急いで森へ駆け出す。

道行く人が

「なんだ?今なんか、走り

抜けなかったか?」と驚いている。


ヒューは、急ぐ。月が昇るまでに、人目の

付かない所へ行かなければ。

ハっハっと、息が上がるが、猛スピードで

走り抜ける。

そして、森にたどり着いた。

しばらく、じっとしていると、闇が濃くなり

月がヒューを照らし出す。

キラキラと輝き始めると、ヒューは人の

姿へと変わる。

「間に合ったか.....」と、ラッセルは呟く。

ヒューは、この国の第一皇太子

ラッセル・バロン・ウォルフだった。


ラッセルには弟レオがおり、レオは側室から

生まれた子供であるが為に、兄の事を疎んでいるふしがあった。

それは、レオの母からの影響でもあったのだが

レオの母シーラは、レオを王位継承者にさせたくて必死になっていた。

ラッセルは、子供の頃から、常に命を狙われており、毒を盛られる事もしばしばあった。


そんな事もあり、ラッセルとレオは心を通わせる事が無く、殆ど話す事も無かった。

レオは成長すると共に、心は歪んで行き、

いつしか、兄さえ居なければ、幸せになれると思い込んで行くようになる。


「おい、アンブラ、お前はどんな魔法でも

使えるのか?」

レオは、西の魔女に尋ねる。

「生意気な、口聞くねぇ。私に出来ない事は

無いよ」

「ふ~ん。そうか。なら俺の望みも

聞けるか?」

「事にもよるね」

「兄、ラッセルを消す事は出来るか?」

「そんな事だろうと、思ったよ。残念だね。

今も、契約で縛られてるから

王家の者には手出しは出来ないよ」

「これの事か?」

レオは、古ぼけた箱から、一枚の紙を

取り出す。

「どこでそれをっ!」

「厳重にしまってあったが、

俺にとっては何て事ない」

「それを、こっちにお渡しっ」

「ただじゃ、ダメだ。交換条件だ。まずは新しい契約書を作る。お前は決して俺には手出しは出来ない。そして、俺の望みは必ず叶える。

これだけだ。どうする?」

「ひねくれた奴がやっと現れたんだね。

面白しろそうじゃないかい。何百年も悪さが出来なくて、退屈してた所さ」

アンブラは、契約書を出すと、その内容が

浮かび上がる。

「これに、あんたの血と私の血を垂らせば

契約成立さ」

レオは、契約書を確認する。

「間違いないな」

レオはナイフで指の先を少し切り契約書に

血を垂らす。そしてアンブラも血を垂らす。

「これで契約成立さ」

レオは、古い契約書をアンブラに渡す。 

指の先から青い火を出すと契約書は、ボッと燃え一瞬で灰になる。

「それで、第一皇太子を消すんだっけ?」

「そうだ」

「ただ消すだけじゃ、つまらないねぇ。

呪いをかけようじゃないかい」

「どんな、呪いだ」

「犬に変えるってのは、どうだい?」

レオは少し考え

「苦悩を与えるのも悪くない......殺すのは

いつでも出来るからな」

「決まりだね。けけけけけ」

アンブラは煙と共に消える。


ラッセルの元に、煙と共にアンブラが現れる。

「お前は、西の魔女、アンブラか」

ごくりと、ラッセルの喉が鳴る。

「あんたに、恨みは無いんだけどねぇ。

契約しちまったから、しょうがない」

「確か、王家には手出しは出来ないのでは」

「昔はね、だけど今変わったんだよ」

そう言うと、アンブラは、ラッセルに向けて

手をかざすと、ラッセルは煙に包まれる。

「な、なにをするっ!」

煙が徐々に消えると、真っ白な大きな犬に

姿が変わる。

「う~、わんっ、わんっ」

「あはははっ、可愛いいじゃないかい。

恨むなら、レオを恨みな。

特別に、私は優しいから

呪いをとく方法を教えてあげるよ。

犬の姿のまま、あんたを心から

愛する人を見つけられれば、呪いは解ける。

できっこないけどね。

犬を本気で愛する奴なんか、いない

だろうからねぇ。けけけけけ。それと、

満月の日にだけは、人に戻してあげるよ」

「う~」

ラッセルは唸り声をあげ、バルコニーから

飛び出し、森へ向かう。

「面白くなってきたねぇ」

アンブラはニヤニヤしながら呟く。


ラッセルは、森へ向かう。今日は

満月のはずだ。

一旦冷静に考える為に森へ急ぐ。

森へ到着すると、夜は更けていき、

月が顔を出す。

すると、アンブラが言っていたように

人の姿へと戻る。

「くそっ、レオのやつ、俺は

どうすればいいんだ....」

すると遠くから、ガサガサと人の歩く音が

聞こえる。

「誰だ?こんな夜更け、それも満月の日に....」

ラッセルは茂みに隠れる。

月が雲に隠れ、また犬の姿に戻る。

月の光で、人に変わるのか......


じっと、茂みで様子を伺ってると

ボロボロの女が、フラフラと歩いて

来るのが見える。

そして、膝を抱えてうずくまる。


ケガをしているのか?

女は、うっすらと笑い声をあげる。

ラッセルは、じっとしていたのだが

その姿が、あまりにも酷い様子で、

見ていられなくなって、思わず女の前に出る。

驚いた女は、目を見開いていたが

くぅ~ん。と鳴くと

「お前も、一人で、淋しいの?」と

聞いてきた。足を見ると、ケガをして

血が出ているようだ。

ペロペロと血を舐めると、くすぐったいと

笑顔を見せ、抱きついてきた。

その女はサラと言った。

そして、「温ったかい」と言って涙を流す。


いったい、サラに何があったのか?

その瞳は、悲しみに雲っていたが

瞳の奥には、キラキラと輝くものが見える。

姿はボロボロでギスギスしていたのだが、

ラッセルはその笑顔に一瞬で心を奪われる。


なんとか、しなければ.....

自分の事もままならいのに。もどかしが募る。


すると、ヒューを抱き締めていた

サラは、落ち着いてきたのか、眠りに落ちる。

雲が過ぎ去り、月が顔を出す。

ラッセルは、人の姿に戻りサラを抱きしめる。

「こんなに、ボロボロで...それでも

笑顔を見せるのか.....」


ラッセルは、夜が明けるまでサラを

抱きしめ続けるのだった。

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