第28話 魔術師殺し
「状況を説明してくれ、ルイーズ。なぜ異端審問官に襲われている!?」
鬱蒼とした森の中で、カソック姿の神父──恐らくは異端審問官──を仕留めたエドガー。
安堵の表情すら見せているルイーズに対し、彼は焦燥感に駆られながら質問する。
ルイーズが《異端魔術》を教わっていたことが発覚してしまい、魔女狩りの対象になったのかもしれない。
もしそうなれば、魔術を教えたエドガーにも責任がある。
エドガーは極度の緊張状態に陥りつつもルイーズに問うと、意外な答えが返ってきた。
「あいつらは『アリスが魔女だ』って言ってたわ!」
「何だと!?」
「正確には『《魔女》の妹』ね。そういえばエドガー先生、あなたはアリスのお姉さんと知り合いなんでしょ? 何か知ってるの!?」
「──それは私から説明しましょう」
聞き覚えのある女の声が突如として、エドガーとルイーズの会話に割り込む形で聞こえてきた。
その声の方を見やると、そこには剣を構えた護衛隊副隊長レティシアと、そして腰に手を回されたベアトリスが立っていた。
「嘘……ベアトリス!」
「な、なんでレティシアさんが……こんなことを……」
レティシアとベアトリスはまさに、残忍なテロリストと哀れな人質の姿と酷似している。
ベアトリスはとても怯えていたが、しかし何故か助けを求めようとはしない。
クラスメイトであるルイーズ・アリスの二人は、驚愕と警戒の表情を見せていた。
「動けばベアトリスさんの命はありません。ですがアリス、あなたが我ら教会に従うというのなら、この子は解放します」
「教会関係者か……君、聖騎士だったというのは嘘だったのか」
「それは本当です。まあ、聖騎士はどちらかというと副業みたいなものですが。本業は異端審問官なのですよ」
レティシアは淡々と、自分の来歴を明かす。
恐らく彼女は自分の実力に相当の自信があるのだろうと、エドガーは察した。
一方、レティシアの真の目的たるアリスは、頭を抱えていた。
自分の命を守るか、自分を犠牲にして他人を救うか、悩んでいるのだろう。
レティシアは剣を持ちながらアリスを指差し、エドガーたちに向けて語りかける。
「そこのアリスの姉──『前』聖女カトリーヌは、教会や魔女狩りに関する不正を暴こうとしました。ですが当然、清く正しい教会組織に不正なんてあるわけがない」
《聖女》とは、数多い女性聖職者の中で特に優れた者に、教皇によって与えられる称号である。
《魔術師殺し》の異名を持つ異端審問官エドガーは、その聖女カトリーヌと同じ建物で一緒に働いていた。
ある時から、エドガーとカトリーヌは教会組織の腐敗に気づき、協力して調査していた。
その調査の結果、魔女狩りの真の目的が救世ではなく「魔術理論の独占」だったことが分かった。
その狙いは魔術の衰退と他国の軍事力低下、そして教会や教皇が治める《教国》による大陸支配にある。
これを他国にリークする直前に情報漏えいしてしまい、カトリーヌは「魔女」として密告されてしまったのだ。
次期聖女の座を狙う、敵対勢力によって──
「──結局カトリーヌは魔女として処刑されました。しかし彼女が持っていた情報はすべて、アリスに引き継がれたと聞いています」
「あ……う……」
アリスは完全に怯えきっており、震えが止まらなくなっている。
エドガーもまさか、聖女カトリーヌの妹であるアリスが狙われているとは思ってもみなかった。
レティシアは恍惚とした表情で人質ベアトリスを抱きしめ、猫撫で声でアリスに呼びかける。
「さあアリスちゃん、私と一緒に教会に行きましょう? そうしたら、ベアトリスちゃんはちゃんと生きて帰ってこれます──心優しいあなたなら、どうするべきか分かっていますよね?」
「──言いたいことはそれだけか」
「ッ! なんですって?」
「『あの聖女はここがバカだった』とか、『あの魔女につきまとっていた男はもっとバカだった』とか。色々言うことがあるだろ? 俺に聞かせてくれよ。君の素直な気持ちを」
「一体何が言いたいのですッ!?」
教会が何処まで知っているのかを探るため、エドガーはレティシアに問いかけた。
しかしレティシアは挑発行為だと思ったのか、眉間にシワを寄せている。
彼女の反応を見て、エドガーは確信した。
少なくともこの女は何も知らない。
生かしておいても、有益な情報を吐くことはない、と。
エドガーは無詠唱で、かつ予備動作なしで光の矢を放つ。
「あっ──!? う……」
エドガーが放った光線はレティシアの頭に命中し、彼女は大きく後ろに倒れた。
それを光景を見て、ルイーズたちは驚きの表情を見せている。
レティシアは絶望しきった表情で、震え声で問いかける。
「まさか、きさま……まじゅつし……ごろし……!? やっぱり……ほんものだったの、ね……」
「フッ、違うな。俺はただの、C級魔術教師だよ」
──いまさら気づいても遅い。
《魔術師殺し》エドガーはそう思いながら、レティシアに向けて小さく呟いた。
レティシアは目を大きく開けたまま息絶える。
エドガーは念の為、彼女の身体を魔術で火葬した。
その後彼は、放心状態で立っているベアトリスに声をかける。
「大丈夫か、ベアトリス!?」
「あ……ありがとうございます、せんせー……みんなぶじでよかっ、た……」
ベアトリスは気が緩んだのか、失神した。
エドガーは彼女を抱きかかえ、ルイーズとアリスに呼びかける。
「合宿所に戻るぞ!」
「はい!」
エドガーと教え子たちは駆け出した。
◇ ◇ ◇
その後、校外学習は中止となり、エドガーと生徒たちは急いで魔術学院に帰還した。
道中は平穏そのもので、誰からも襲われることはなかった。
そして今は夕方。
魔術学院に到着したエドガーは早速、学長から直々に呼び出された。
早馬を使って事前に伝令を差し向けていたので、学長は事件の概要を把握している。
学長の案内に従い学長室に入ると、そこには意外な人物が座って待っていた。
「待っていたよ、エドガー君──ルイーズたちを助けてくれたそうだね。ありがとう」
エドガーに挨拶をしてきた一人の男。
彼はこの王国を収める君主であり、ルイーズの父親でもあるシャルルである。
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